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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
続編 涼視点
90/91

29 全部あげる





 栞にキスした。2回目だ。

 ゆっくり離れてそっと目を開けると、栞も静かに瞼を上げて何故か俺からその瞳を逸らした。


「……涼」

「ん?」

「やっぱり寒いの?」

「え、なんで」

「だって……涼、アイスみたい」

「へ?」

「すごく冷たかったよ?」


 アイスって……。そうか、そういう事言うのか。俺今ものすごい緊張してたんだけど。まだすっごくドキドキしてるんだけど。栞のことで頭が一杯で、そんなこと考える余裕なんて全然なかったんだけど。

 栞の目を黙ってじっと見つめたまま、握っていた両手もまだ離さないで、さっきよりももう少しだけ力をこめる。

「な、何?」

 焦る栞に向かって、ちょっとだけ意地悪言いたくなった。


「じゃあ……」

「?」

「もっと食べる?」

「え……」

 返事を待たずに、もう一度キスした。栞が俺の事以外何も考える余裕なんて持てないように。いっつも俺ばっかりあたふたしてると思ったら、大間違いなんだからなー!

 って思ってたけど、いつの間にかやっぱり栞の事以外は考えられなくなって、夢中になって余裕がないのは俺の方になっていた……気がする。


 もう一度お互い目を開けると、栞の目から涙が零れた。え! ど、どうしよう。泣くほど嫌だったのか?! 思いきり動揺しまくって彼女の手を離し、両肩を掴んで顔を覗きこむ。

「ごめん、嫌だった?!」

 俺の言葉に栞は頭を横に振って、小さな声で言った。

「……あたしだって」

「?」

「言わなかったけど、ほんとは……」

 栞はそこで黙ってしまった。

「……」

「……」

 やばい、また胸がズキズキしてきた。彼女の沈黙が痛くてたまらない。

「……ほんとは、何?」

「いい。何でもない」

「言って、欲しいんだけど」

「じゃあ顔見ないでね……絶対」

「え、あ、うん」


 何だろう。ほんとは……何だ? ほんとは……好きじゃない、とかだったらどうしよう。いででで、心臓が。いやいやいや、だからそれは考えすぎだって。今更それはないだろ。ほんとはキスしたくなかったとか。それは……マズイ。そんなこと言われたら、多分この場でぶっ倒れて即救急車だよ俺。でも、それも多分大丈夫だ。さっき横に頭振ってたし。

 動揺しすぎて心臓だけじゃなくて頭も痛くなって、久しぶりに恋わずらいのあの症状が出てきた。両思いなのに恋わずらいって……自分に突っ込んで、情けなくなる。


「……ほんとは、あたしもヤキモチ妬いてた」


 え? 


 耳に届いた彼女の言葉は、俺の予想とはあまりにもかけ離れていて、上手く理解することができない。

「ほんとは、あたしだけ見てて欲しいって思ってたし、元カノと仲良くして欲しくないって思ってた」

「……」

「涼に触って欲しくなかったし、でも……」

 栞の声がだんだん小さくなっていく。

「でもそんなの我侭だし、涼に嫌われるのは嫌だったし、元カノだって皆いい子だから嫌いにはなれないし、だから上手く言えないけど、あたしもヤキモチ妬いてたから」

「……」

「冬休みも、もしかしたらすぐにでも涼に振られて、元カノの所に行っちゃうんじゃないかって。それとも告白してきた女の子と付き合っちゃうかもしれないって、馬鹿みたいだけどそんな事毎日考える自分がすごく嫌だった」

「……栞」

「本当は不安だったの……すごく」

 栞の肩が小さく震えていた。俯いてる彼女の頬に手を当てて涙を拭う。

「……見ないでって、言ったのに」

 栞は自分で目をごしごし擦って、俺から顔を逸らした。

「……ごめん」

 本当に俺自分の事ばっかりで、栞の気持ちなんて少しも思ってやれてなかった。高野に言われた通りだ。栞は我慢して表に出さなかっただけなんだ。

「嫌いになった……?」

 栞が珍しく自信なさそうに、消え入りそうな声で言った。

「嫌いになんてなるわけない」

 俺なんかもっとひどかったんだし。目の前の彼女をうんと強く抱き締めた。


「嬉しいって言ったら、変?」

「え……」

「栞のその気持ちが嬉しいって言ったら、おかしい?」

 栞が顔を上げた。目がまだ潤んでる。そっと濡れた睫に触れた。

「何でヤキモチ妬いたか言って?」

 すごい事聞いてるぞ、俺。

「何でって」

「どうして、ヤキモチ妬いたの?」

「それは……」

 栞が目を逸らす。でも駄目だ。どうしても聞きたい。逸らした目を追いかけて、栞の顔を覗きこむ。

「……涼が」

「うん」

「涼のことが大好き、だから」

 よっしゃあああ! 大好きって言ってくれた! 告白の時以来だ! 

「涼、今日意地悪だよ」

 彼女は顔を赤くして口を尖らせる。

「栞だって意地悪じゃん」

「え、なんで?」

「だって、アイスみたいとか……俺そんなこと考える余裕なかったし」

「怒った?」

「怒ってないけどさ」

「恥ずかしかったの、ああ言わないと。ほんとは涼の事で一杯で、あたしだって他の事考える余裕なんてなかったよ」


 ……栞ってさ、何というか冷静に見えるし、淡々としてるし、俺と同じこと考えてるなんて想像もつかなかったんだけど、本当はそうでもないんだよな。きっとまだ俺の知らない栞がたくさんいる。もっと知りたい。それで俺の気持ちも、もっと知って欲しい。


「もっと我侭言っていいんだよ? この前栞が言ったみたいに栞も言ってくれないとわからない。俺も言うから」

「……うん」

 腕の中の栞を見つめる。言うぞ? 俺の気持ち。

「俺が栞に夢中なのわかる?」

「え……」

「片思いの時よりも、もっともっと好きになってるの伝わってる?」

「……」

「ヤキモチ妬かれるのもすごく嬉しいけど、妬く必要ないよ。栞しか見えてないから俺」

 栞は口を結んで、じっと俺の言葉に耳を傾けている。

「比べるつもりないけど、今まで付き合った子とは全然……違うんだ。信じて欲しい」

 彼女の目に、涙が浮かんできた。泣かせちゃうかな。でも言いたいんだ。

「栞が俺の事好きっていうよりも、俺の方がずっと栞を好きだって知ってた?」

「……知らない」

「じゃあ……知って」


 胸が苦しくなって痛くなって、誰よりも一緒にいたくて、辛くなったり、何もいらなくなるほど嬉しくなったり、哀しくないのに涙が出たり、そういうの全部栞が教えてくれた。

 だから今度は俺があげる番なんだ。好きっていう気持ちと、胸の奥から湧き上がる愛しいって気持ちと、うんと幸せな気持ち。


 全部、あげる。


 栞に何度もキスして伝えた。今やっと栞に近づけた気がする。


 空には星がたくさん輝いて、辺りは波の音だけが響いてた。







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