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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
続編 涼視点
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25 優しい雨(1)





 昨日降っていた雪は家に着く頃には雨に変わり、今日も朝から冷たくて細かい雨がしとしと降り続いていた。


「だから呼べっつうのー!」

「自分で呼び出してやってくりゃいいじゃん」


 薄い湿布を頬に貼っている俺の顔を見て、高野が喚いた。

「どうしてお前は、いつも俺を呼んでくれないわけ? ……さぞかし楽しかったんだろうな、おい?」

 椅子に座り、鞄から教科書を出している俺の机の前で高野が睨みつけてくる。俺の横で原も話を聞いていた。

「俺は一切手出してないから、別に楽しくもなんともねーよ」

「何、マジで?」


「そうだよ」

 俺たちの会話を聞いていたのか、栞が振り向き、高野の横に立った。

「カッコよかったよ、すごく」

 カ、カッコいいって……。栞の言葉に俺の顔が赤くなる。

「あれ? 鈴鹿さん……ってことは」

 高野は栞と俺の顔を交互に見た。

「何だよ、仲直りしたのか! ま、そういうことなら、行っちゃいけなかったよな」

「へへ」

 栞が高野に笑いかけた。おいおい、そんな可愛い顔見せちゃ駄目だっての。

「へへへー。良かったね」

 出たよ、高野のデレ顔。

「何で手出さなかったんだよ? やられたんだろ?」

「栞の前で殴るつもりもなかったし、避けてたんだけどさ……避けるなって言われたんだよ、桜井に。栞から逃げないでちゃんと向き合えって。その通りだって思ったから避けんのもやめて、殴られた。それに栞にひどい事言ったんだから、こんくらい受けるべきかなってさ」

 俺の言葉に高野は何故か栞の方を向いた。

「そうなのかー」

 お前、俺に質問してたんじゃないのかよ。だからその顔やめろっての。栞にデレデレしすぎなんだよ、お前は!

「涼が睨んでるから、俺も気をつけないとな」

「お前は栞がいても、関係なくボコボコにしてやるから安心しとけ」


「涼、高野くんはね」

 栞が俺に言った。

「あたしが落ち込んでるの見て、気にかけてくれてたんだよ」

「え?」

「原くんも」

 原と栞が、ねーって顔を見合わせている。

「え……いつ?」

 俺が聞くと高野が答えた。

「朝、下駄箱で桜井と涼が喧嘩になりそうになった時あったじゃん。お前が教室来る前、鈴鹿さんの様子がおかしかったからさ、ちょっと聞いたんだよ」

 空いていた俺の隣の席に座って、原も話し始めた。

「涼と喧嘩して冬休みも逢ってない、どうしようって鈴鹿さんが言うからお前の様子見に行ったんだよ。そこに偶然桜井がいたんだけど」

 何だよ、それであそこにいたのか。

「お前に上手くいってんのか聞いても答えようとしないから、鈴鹿さんから少し話し聞いてさ、その後だよ、お前が俺んち来たのは」

 俺の知らない所でそんな風にしてくれてたのか。

「……なんか、ほんとありがとな」

 そう言って顔を上げると、高野と原は栞と楽しそうに話していて、こっちなんか見ちゃいねー! 俺の話を聞け! 完全に独り言かよ。

「涼、何拗ねてんだよ」

 黙り込んで頬杖をつく俺を見て高野が言った。

「別に……」

「あーアレか。ほら得意のヤキモチ、」

 無言で高野の太腿に一発入れた。

「いっ!!」

 高野は脚を抑えて片足で跳ねている。そのままあっち行ってろ、お前は。

「涼、今度何か奢れよ」

「ああ」

 笑って言う原の言葉に頷く。まあ仕方ない、二人には迷惑かけたからな。


 授業が始まり、相沢が前から回ってきたプリントを持って振り返った。

「痛そうだな」

 さっきの話を聞いていたのか、俺の顔を見て相変わらず無愛想に言った。

「……いてーよ」

「……俺には無理」

 ぼそっと言って俺にプリントを渡した後、相沢は何故かこっちを振り向いたまま、じっと見ている。

「な、何だよ」

「抵抗しなかったんだろ?」

「……しねえよ」

「声とかあげんの?」

「覚えてねーよ」

「あのさ……」

「?」

「そんなに好きなら、鈴鹿さんと結婚すれば?」

「なっ何言ってんの?! お前は!!」

 俺は大声を出して立ち上がった。


 ……あ、やべ。授業中じゃん。みんながこっちを見て、どっと笑う。

「どしたー吉田」

 ひいい! 現社の安藤だった。こいつに目つけられると面倒くさいんだよ。

「……すんません」

 どかっと椅子に座って前を見ると、相沢が前を向いて肩を揺らしてる。また絶対笑ってんだろ、この野郎は。後ろから相沢の椅子を蹴ってやった。……まだ笑ってるよ。俺はノートを破り、書き殴って相沢に渡した。


『俺が桜井の所に行かないで、栞になんかあったらどうするつもりだったんだよ』

『俺と朋美で行こうとしてたけど、多分必要ないって思ってたから』


「なんで」

 俺が声をかけると相沢が振り向いた。

「お前が行かないわけないし」

「……」

「俺、鈴鹿さんはその場で絶対桜井のこと断るのわかってたし」

「……」

 何だよ、その自信満々な言い方は。……ちょっと嬉しいじゃん。

「ね?」

 相沢が栞に笑いかけ、その言葉に栞が振り向いた。

「え……? 何?」

「何でも」

「?」

 二人が俺の目の前で見つめあう。相沢、なんだよその優しい顔は! 杉村さんに言うぞ、コラ! 思わず椅子から低い姿勢で立ち上がり、自分の教科書で二人の間を遮った。相沢が俺の教科書を押さえる。

「だから、結婚しろって」

「! う、うるせーな、離せよ」

「いやだ」

 俺が教科書を引っ張っても相沢が離さない。破れんだろーが!

「ちょ、離せっての……!」

「はい」

「!!」

 相沢が急に離すから、俺は自分の椅子に大きな音を立てて、ひっくり返りそうになって戻った。

「吉田」

 安藤にさらに睨まれて、周りからもまた笑われた。相沢なんて机に突っ伏したまま、なかなか起き上がれないでいる。お前最近イメージ全然違うな。寧ろイメチェンか。殻破りたいのか。いい加減笑うのやめとけ。



 栞と二人だけなら、余計な事考えなくて済んで、何もかも上手くいくんじゃないかって思ってた。でもそうじゃない。周りがいてくれてさ、俺一人じゃ何もできなかった事とか、わかった事もたくさんあったんだ。


 放課後、昇降口へ向かう廊下を歩きながら、栞の隣でそんなことを考えていると、外から雨の音と湿った匂いが届いた。





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