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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
続編 涼視点
79/91

18 知らない涙





 冬休みも終わり、今日から学校が始まった。

 栞に偶然逢ってしまうのが怖くて、少し遅めに登校した。重い足取りで昇降口に入る。もう人も少ない。


 下駄箱の扉を開け、革靴を履き替えた時だった。


「また取り替えるのかよ」

 ふいに声を掛けられ、振り返る。そこには、不機嫌な顔をして俺を見ている男がいた。

 桜井、だ。

「!」

 俺はヘッドホンを耳から抜き、音楽を止めた。

「また取り替えるのかって聞いてんだよ」

 何だよこいつ。取り替える? いきなり何わけわかんない事言ってんだよ。

「え、何?」

「女、また取り替えるんだろ? もう飽きたのかよ」

 その言葉に、頭がかっとなった。

「あ? 何の話してんだよ」

「鈴鹿の事に決まってんだろ。俺の言った通りだったじゃん。何泣かしてんだって言ってんだよ」

「……泣かした?」

 どういうことだよそれ。知らない。栞が泣いた?

「そんな事も知らないで、彼氏ヅラしてんのか」

 桜井は、ふんと鼻で笑った。

「お前に関係ないだろ」

 俺が睨みつけて、下駄箱の扉を力を入れて閉めると、すぐに桜井は言い返してきた。

「関係あるんだよ。お前みたいな奴と付き合ってるってわかったら、ほっとけないだろ」

「どういう意味だよ」

「鈴鹿に飽きたらまた他の女に行くんだろ? そういう奴とは付き合わせたくないんだよ」

 桜井が一歩前に出た。

「栞には絶対そんなことしない」

 こいつの挑発に乗るなよ、涼。掌を握り締めて堪える。


「俺、まだあいつのこと好きだから」

「!」

「中学ん時は、よくわかんなくて何にもしてやれなかったけど、今ならうまくやっていける自信あるし」

 はああああ?! 何言ってんだよこいつは!!

「自然消滅だったんだけどさ、意味わかるよな?」

「何が」

「嫌いで別れたってわけじゃないんだよ。俺も……鈴鹿も」

 咄嗟に桜井の胸倉を掴んだ。いつもなら絶対に自分から手なんか出さないのに、もう我慢できなかった。

 桜井は掴まれたまま、俺の顔を見て口の端を上げた。

「……ほんとのこと言われたからって、キレてんなよ」

「ほんとのこと?」

「俺たちの方が上手くいきそうだろ。お前なんかと一緒にいるより」

 思わず桜井を掴んでる左手に力を入れた。今度は桜井がその左手を思い切り掴んでくる。鞄を下に落として、拳に変えた右手をそいつに向けようとした時だった。


「はいはいはい~そこまで。っつーか仲間に入れて?」

 振り向くと高野と原がいた。

「楽しそうじゃん、涼」

「楽しくもなんともねーよ」

 急に馬鹿馬鹿しくなって、桜井を掴んでいた胸倉を乱暴に離した。

「桜井じゃん。どうしたんだよ?」

 原が話しかける。

「別に……」

 答えると桜井はその場を去った。


「珍しいじゃん涼」

 高野が顔を覗きこんできた。

「……何で、ここにいんだよ」

「何でってそりゃ、す」

「高野!」

 原が珍しく大きな声を出した。そう言えば今……。鞄を拾って原に向き直る。

「原、桜井と知り合い?」

「一年の時、一緒だったけど」

「……あいつ、前に栞と付き合ってたって知ってる?」

「え! いや、全然」

「……今俺と栞が付き合ってるのが、気に食わないみたいなんだよ」

「あー、ああなるほどね。そうだと思うよ、それは」

「何で?」

 廊下を歩きながら、高野の問いに原が答える。

「桜井ってさ、真面目で正義感が強いっていうのかな。涼がいろんな女の子と付き合ってて、その女の子達から相談されたりもしてたからさ、涼のこと勘違いしてんじゃないかな。相当悪者、みたいな」

「へえ……。だからって涼につっかかるのも何だよなあ。別に今は関係ないじゃん」

 関係、大有りなんだよ。

「……栞の事、まだ好きだって言ってた」

 俺が言うと二人が大声を出した。

「マジで?!」

「……」

「でもま、お前が鈴鹿さんと上手くいってんなら何の問題もないじゃん。だろ?」

 黙り込む俺の肩を、高野がいつもみたいに叩いた。

「そうそう。高野の言う通り上手くいってるんだろ?」

「……」

 二人の問いに答えられずにまた口を閉じる。全然、上手くなんていってない。だから桜井に言われてこんなに動揺してるんだ、俺。泣かせたとか、自然消滅だとか、また聞きたくないような話を聞いて気持ちがグラついてる。


 教室に入ると、栞が席に着いていた。久しぶりに見る彼女の背中に、胸がズキッと痛む。

 本当はすぐに駆け寄って話がしたい。栞の笑顔が見たい。大好きなその声が聞きたい。なのに、さっきの桜井に言われた事が引っかかって素直になれない。それに、もしかしたらもう嫌われて今日にでも振られてしまうのかもしれない。

 頭の中に浮かんだいろんなものを振り払うように、俺はわざと大きな音を立てて、鞄を机の上に置いた。



 その音に気がついて、振り向いた栞が席を立ち……俺の傍に来た。





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