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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
続編 涼視点
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12 意外な素顔





 楽しかった夢のようなデートから、数日が経った。

 また一緒に出かけたい。授業中いろんな事を思い出しては、にやけそうになるのを我慢し窓の外を見る。振り向けば隣には栞がいるし。ほんと幸せだ。


 と、永遠に続くと思われた幸せが、一気に打ち砕かれた。

 おいおいおいおい! 一体何なんだよ、これは!


 今日、一人心の中で全力で拒否していた席替えが行なわれた。で、今こういう事になっている。俺は廊下側の席の前から三番目。そして俺の前には相沢、その横に……栞。


 俺は斜め後方を、ぎっと睨みながら振り返る。

 またお前の仕業か! 俺と目が合った原は、肩をビクッとさせて首をぶんぶん横に振った。じゃあ、やっぱし……お前か! さらにその向こうに座っている高野を睨みつける。しかし高野も片手を顔の前で左右に振って、自分じゃないと必死に目で訴えていた。


 じゃなに、ナチュラルにこんなんなったの? もう、マジで勘弁してくれよおお! ……でもまあ、二人が隣同士で俺だけ離れた席ってのも、それはそれでかなり嫌だからな。まだいいか。そうだ、ポジティブにいこう、ポジティブに。


 斜め前の栞を見て俺がため息を吐いた時、彼女が消しゴムを落とした。しかも相沢の方に。急いで椅子から立ち上がって、何とかその消しゴムをゲットする。

「はい」

「え? あ、涼? ありがとう」

 間に合ったか。よし。ホッと一息吐いて椅子に座ろうとした時だった。

「あ……」

 こつんと相沢が定規を落とした。定規て! お前そんなもん使うな! 慌てて拾ってやる。

「ほら」

「あ、ああどうも」

 ったく、落とすんじゃねえよ。気い抜けないな。椅子に座る前に、ちらりと相沢のノートを見た。す、すげ……。何だこれ。遠目なのに、文字が教科書みたいにきちんと揃ってた。もっとよく見てみたいなアレ。俺もちょっと真似したらもっと頭良くなるかな。


 と、座って油断してた時だった。また相沢の野郎が今度はシャーペンを落として転がした。しかも栞の足下! うおお! 駄目だ駄目だ、俺が拾う! よーしゲットしたぞ。ん? せ、狭っ!

「りょ、涼、ちょっと……」

 顔を上げると栞の太腿が目の前にあった。や、やべ……。勢いで栞の机の下に頭を入れていた。何やってんだ俺は。栞はスカートを抑えて足を寄せている。

「ご、ごめん……」

 だーっ! 恥ずかしい! って栞の方が恥ずかしいか。ほんとゴメン。しゃがんだまま振り向いて顔を上げると、相沢が口に手を当てて笑うのを必死で堪えていた。く、くそ、お前まさかわざとやってんじゃねーだろうな?!


「ほら! 落とすなよ!」

「あ、ああ。悪い悪い……」

 肩を揺らしてくっくっと笑ってる。相沢ってこんなに笑う奴だったっけ?

「席、替わってやろうか?」

 突然相沢が後ろを振り向いた。

「え、い、いいよ」

「いちいち拾うの大変だろ?」

 相沢が笑顔で言った。何だよ、普段笑ってない奴が笑うと、何かその、いいじゃん。しかし、負けたと思われたくない。

「……ちょっかい出すなよ?」

 俺がぼそっと言うと、突然相沢は前を向き何かを書き始め、その紙を俺に渡した。

「これ」

「?」


『鈴鹿さんは、もう俺なんか眼中ないよ。俺も鈴鹿さんは嫌いじゃないけど、元々恋愛感情ないし。俺、今彼女とラブラブだし』


 ラ、ラブラブって……! お前そんな単語使う奴だったのかよ、意外だな。


「……もっと、自信持っていいんじゃないの」

 相沢は俺にそう一言いって、また黒板の方を向いた。

「……」

 お前に言われるとは思わなかったぜ。


 休み時間になり、高野が来た。

「涼、お前さ」

「何だよ、またお前らの仕業じゃないんだろうな!」

 俺が睨みつけると、高野の傍に原も来た。

「今回それは絶対ないって! それよりさ」

 ……わかってるよ、みっともない真似やめろって言うんだろ。

「お前、おもしろいからもっとやれ」

「さっきのスライディング、ナイスすぎ!」

 二人が大笑いした。お、お前らはああ!

「俺は真剣なんだよ!」

「だよな、じゃなかったらできねーって」

「真剣って……!」

 また二人がゲラゲラ笑った。

「いやあ、うちの吉田が迷惑かけてすまないね、相沢くん」

 高野の言葉に相沢が振り返って言った。

「ほんと、どうにかしてくんない?」

「俺が何か言ってどうにかなるんなら、とっくに直ってるって」

「だろうな」

 何故か二人で笑っている。何だよ、いつの間に仲良くなってんだお前らは。


「涼」

 大好きな栞の声が届いた。

「売店行かない?」

「うん行く」

 俺即答。当たり前だよ、断るわけないじゃん。

「ごめんね? いい?」

 栞は高野に言った。いいから、こいつには全っ然気使わなくていいから。

「ど、どうぞどうぞ! 行ってらっしゃい」

 高野、何でいつも栞にデレ顔なんだ、お前は。


 栞は俺の前をさっさと歩き、廊下へ出た。

「何買うの?」

 俺が声をかけると、栞は振り向いて言った。

「なにも」

「え?」

「何も買わないよ」

「え……でも」

「二人になってお礼が言いたかっただけ。さっき、ありがとう」

「う、うん」

「でもあの、ちょっと恥ずかしかったから、机の中は来ないでね?」

「あれはごめん! ほんとに」

 謝る俺に栞がくすっと笑った。

「もう相沢くんのことは、何とも思ってないから」

「……」

「あたしには……涼がいるし」

 栞が俺と交換したネクタイを触って言った。栞にしては珍しい言い方が、言葉には出せなかったけどすごく嬉しかった。相沢が言った様に、自信持っていいんだよな?


 昇降口の自販機へ行き、俺はコーヒー、栞は紅茶を買って飲んだ。

「あったまるね」

 栞が紅茶を手で包み込むようにして握って言った。


 でもやっぱりさ、この笑顔は俺にだけ向けてて欲しいよ。二人で出掛けた時みたいに。

 他の男にはそんな顔見せて欲しくない、なんて……栞の事知れば知るほど、どんどん我侭になっていくみたいで、いつもは美味しく感じる熱いコーヒーが、今日は口に入れる度に苦く胸に沁みていった。






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