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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
続編 涼視点
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10 赤レンガ (2)





 冬の夕暮れは、あっという間に夜に近付いていく。


 赤レンガ倉庫から外に出ると、もう辺りは随分暗かった。

 倉庫周辺は明かりが灯ってはいるけれど、海に向かうと隣にいる栞の顔がやっと見えるくらいの明るさだった。


 大きなフェリーがまたゆっくりとやって来た。その向こうにはベイブリッジが見える。

「綺麗だね」

 栞が海を見つめて言った。黒い海は波に揺れて、フェリーの灯りを水面に映している。振り返ると、オレンジ色に照明が当てられた赤レンガ倉庫が浮かび上がって見えた。


「寒い?」

 海からの風が冷たい。栞の髪が潮風に揺れている。

「ちょっとだけ」

「手、出して」

 栞の手を取り、自分のコートのポケットに入れた。

「あったかい」

「栞ってさ、いつも手袋してないね」

「……うん」

「好きじゃないの?」

「ううん。そんなことないよ。……涼は、マフラーしないよね」

「え、」

「学校行く時、寒くない?」

「寒い、けど」

「嫌いなの?」

「嫌いじゃないよ。今は……持ってないだけ」

 そう言うと、栞は俺の顔を覗きこんだ。


「涼、暗いの平気?」

「? 何で?」

「だって、文化祭の時……」

 う……それか。忘れてなかったのか。

「ここが、そういう所じゃないってわかってれば全然平気」

 最初から、おばけ屋敷とか、そういうスポットだとか言われなければ大丈夫。うん、大丈夫だ。……大丈夫だけど、念の為周りを確認する。よし、何もないな。いや、あるわけないんだけど。


 ポケットに栞と繋いだ手を入れたまま、直ぐ傍にあるシーバス乗り場に向かった。ここはみなとみらいと、山下公園の中間地点だからどっちに向かってもいいんだけど、帰りの事を考えて山下公園に行くことにした。


 切符を買い、シーバスに乗り込むと栞が言った。

「ね、外に出たいな。寒いかな?」

「寒いと思うけど、いいよ。綺麗だろうし」

「ありがと」

 デッキに出ると、珍しく人がいなかった。というか本当に寒い。だから誰もいないのか。

「寒ーい!!」

 栞は縮こまって、寒そうに海を眺めた。けど何だか嬉しそうだ。少し離れたみなとみらいも、ベイブリッジも良く見えた。

「綺麗……!」

「うん」

 潮風が結構な強さで吹いている。栞が寒そうに小さくなって立っていたから、思わず後ろからそーっと抱き締めるように腕を回した。ほんとにそっとだ。栞に裏庭で告白された時みたいに。

「まだ……寒い?」

「……」

 栞は黙って顔を横に振る。


 どうしよう。そーっとすぎかな。もっと力入れてもいいんだろうか。それに、この体制からこの先どうすればいいんだ。このままでもいいのかな。あー、もう……! 栞が相手だとどうして俺ってこうなんだろ。今までどうやって女の子に触ってたのか、もうすっかりわかんなくなってるよ。

 急にもぞもぞと栞が動き始めた。あ、いやだったのかな。腕を栞から離そうかと思った時、彼女がくるっとこっちを向いて顔を上げた。

「こうすれば、涼もあったかいかな」

 え……、えええ! 栞が俺の腰に両手を回して、ぎゅっと抱きついてきた。ちょ、ちょっと……。一気に顔に血が上る。それに緊張しすぎて、栞の顔が見れない。かなり怪しい奴になってるぞ、俺。

「寒い?」

 栞の言葉に何とか彼女に顔を向ける。

「え……う、ううん。あったかい、と思う」

 思うって何だよ。思うどころか、極寒の筈なのに汗が出てきそうだよ。顔も身体も熱くて、心臓も馬鹿みたいに音を立てている。聞こえちゃいそうだ。俺の返事に満足したように、栞が微笑んだ。


 これは……これはチャンスでは? 

 遠くからフェリーの汽笛が聞こえた。栞の瞳を見つめて、その髪に指で触れる。

「……髪、伸びたね」

「短い方が好き?」

「どっちも……好き」


 いい雰囲気だ。いけ、涼……!


「おかーさーん!! 人いたよー!」

 うおおっ! いきなりガラッと扉が開いて、小さい女の子が中から出てきた。栞も俺も咄嗟に離れた。

「寒いでしょ! 今日は外出ないの! ……あ」

 お母さあああん!! 空気!! 読んで、お願い!

 その子のお母さんは俺たちを見ると気まずそうに、ぺこっと頭を下げて女の子の手を引いて中へ入っていった。


「……」

 俺達も一気に気まずくなった。さすがにもう一回、なんてことないだろうな。栞が笑って言った。

「あたしたちも入ろっか」

 やだ。まだ離れたくない。けど入るしかないか。

「……うん」

 あーあ、もう。あとちょっとだったのに……。しょうがないか。

 船内に入ると中は暖かい。外に顔を向けると、マリンタワーが見えてきた。もうすぐ山下公園に到着だ。


 嬉しそうに外を眺める栞の横顔を見つめて、さっきの彼女の感触を思い出す。思わず栞から目を逸らし、彼女と同じに横浜の海に目を向けた。






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