表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
続編 涼視点
69/91

8 傘





 今日は朝から雨だった。

 5時限目の休み時間になっても、窓の外の雨は休むことなく降り続いている。冬の雨ってほんと冷たいよな。寒くて冷たくて苦手だ。


 いつもの俺ならそうなんだけど、今日はそれが何故か嬉しい。やっとリベンジできるからな。

 栞と出逢った日、傘を貸そうとしたけど、貸せなかった。だから今日は……貸すわけじゃないんだけどさ。一緒に傘に入って帰れたらいいなって、ちょっとだけ期待してる。


「……涼」

「……」

「涼!」

「えっ」

「何にやにやしてんだよ、気持ち悪いな」

 振り向くと高野が立っていた。

「あ、ああ何」

「テストどうだったかって聞いてんだよ」

「今回はマジで良かった」

 片思いを脱出して、勉強にも集中できたんだ。相沢の奴は抜かせなかったけど。

「へえ。……お前さ、また栞ちゃんのこと考えてたろ?」

 高野はにやにやして、俺の隣の栞の席に座った。今は休み時間で彼女は友達の所にいる。

「……勝手に栞ちゃんとか呼ぶなよ」

 俺の言葉に高野が目を丸くした。

「それ、俺に言ってんの?」

「……」

「お前今までそんなこと言わなかったじゃん。美緒ちゃんとか」

「……そう、だけど」

 そうなんだけど。そうか、そうだよな。どうしたんだ、俺。

「お前、意外に心が狭い奴だったんだな」

 俺が? 心が狭い? その言葉に黙り込むと、笑いながら高野が言った。

「悪かったって。涼は、栞ちゃんが大事なんだもんな~? あ、鈴鹿さんね。悪い悪い」

 蹴ってやろうか、こいつは。俺が睨むと、高野はわざと栞の椅子の背にしがみついた。

「羨ましい?」

「……別に」

「座りたい?」

「お前そのアホ面、鏡で見てこいよ」

 ほんとは座りたいけどさ。っつーか、早くどけ! あー何かイライラする。

「殺されそうだから、逃げよーっと」

 そう言って高野は席を立ち、教室から出て行った。多分自分の彼女のクラスに行ったんだろうけど。


 やっと待っていた放課後になり、鞄に教科書を入れ、栞の方を向くと彼女が言った。

「涼ごめんね。今日一緒に帰れないんだ」

「え……」

「今日、絵梨休みでしょ? 代理で球技大会の実行委員会に出ることになったの」

「じゃ、待ってるよ」

「でも涼、バイトでしょ?」

「いいよ、ちょっとくらい遅れても」

 だって今日は一緒に帰りたいんだ、どうしても。すると栞が眉をひそめた。

「嬉しいけど……そういうの駄目だよ」

「え?」

「何時に終わるかわからないし、バイトっていっても迷惑かかるでしょ? ちゃんと行かなきゃ」

 その言葉に、急に自分が恥ずかしくなって顔がかっとなった。

「そ、そうだよな。俺、先帰る」

 慌てて鞄を持って、立ち上がった。

「ごめんね? 明日一緒に帰ろ?」

 栞が俺の背中に声を掛ける。振り向いて彼女の顔をチラッと見て、普通を装い口を開く。

「あ、うん。じゃあ」

「バイバイ」


 栞の言う通りだ。俺、いつからこんな奴になったんだ? 笑って手を振ってはくれたけど、がっかりされた気がする。すげー恥ずかしい。


 下駄箱で靴を履き替え、昇降口から外に出て、溜息を吐きながら傘を広げた。

「涼」

 振り向くと原がいた。

「あれ、鈴鹿さんは?」

「代理で実行委員会出てる」

「そっか。じゃ、帰ろうぜ」

 雨の中を、とぼとぼ歩く。そう、とぼとぼ、だ。全然元気が出ない。傘を叩く雨のパタパタと言う音が耳に響いていた。そういえば原も別クラスに彼女がいたっけ。聞いてみようか。


「お前さ、彼女何組だっけ?」

「え、隣の6組だけど」

 原が、傘の向こうから顔を出した。

「どんくらい付き合ってんの?」

「えーと、もう半年くらいだったかな」

「ふうん」

「どうしたんだよ、急に」

「……あのさ、なんか寂しくなることとか、ない?」

「え?」

「……」

 やっぱ変か。こんなこと言ったら馬鹿にされそうだ。

「……なるよ」

 原の呟きに、勢いよく振り向く。

「やっぱなる?!」

「そりゃ、隣とはいえクラスも違うしさ、何してるんだろって思ったらなるよ」

 半年でもそれか。あちこちに出来た水溜りを避けながら前に進む。


「涼なんか同じクラスじゃん。まだ付き合ったばっかしなのに、何かあんの?」

「……さっき一緒に帰れないって言われただけで、すっごい変なんだよ」

「変?」

「高野が栞ちゃんって呼んだだけで、おかしいし。高野にも心が狭いって言われた」

 原は黙って聞いている。何言ってるかわかんないか。自分でもよくわかんないし。

「文化祭の時もさ、栞が他の奴らと話してるの見て、その時も変だったんだよ俺」

「あ、あーあーそういうことか」

 原が笑った。

「何だよ」

「いや、涼もそういうことあんのか」

「だから何が」

「お前さ、ほんとに鈴鹿さんのこと好きなんだな」

「……」

「安心したよ。それでいいんだからさ、気にすることないって」

 原は足元の石を蹴飛ばした。

「好きなら当たり前なんだよ。それが普通」

「そう、なのかな」

「あとでメールすりゃいいじゃん。今日寂しかったってさ」

「そ、そんなこと言ったら、引かれるだろ」

「言わないと、溜まるって。そうしたら喧嘩になるし」

「栞と喧嘩なんかしない」

「好きならするよ。そのうち」

「好きだからしない」

 俺の言葉に、原が吹き出した。

「涼っておもしろいよな」

 何がおもしろんだかわからないけど、原は妙に納得していた。


 その日の夜、珍しく栞の方からメールが来た。


  バイトお疲れさま。今日の帰り、

  ごめんね。

  涼が待っててくれるって言った時、

  すごく嬉しかったし、ほんとは一緒

  に帰りたかった。

  あんな言い方して、素直じゃなくて

  ごめんね。

  明日は絶対一緒に帰ろうね。


 なんかさ、もう泣きそうなんだけど。がっかりされてなかったんだ。速攻俺も返信した。


  メールありがとう。委員会お疲れ。

  俺も困らせるような事言ってごめん。

  明日は一緒に帰ろう。


 その後何回かラリーして、日曜日に会う約束を交わし、やっと気持ちが落ち着いた。


 眠る前、ふと原が言った言葉を思い出す。

 言わないと溜まる? 何がだよ。好きなら少しくらい我慢するのは当然だ。余計な事言って嫌われたくないし、喧嘩もしたくない。振られたく……ないし。その為ならそんな事くらい、何でもない。


 その夜見たのは、あの頃の夢だった。栞を好きになって、毎日嬉しくてでも苦しくて、届かない思いに潰されそうになって……。栞の名前を呼ぶのに、ちっとも気付いてくれない。振り向いてくれない。いくら好きになっても上手く伝えられない。



 夜中に胸が痛くて目が覚めて、夢だって気付いてこんなにホッとしたのは……子どもの時以来だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ