表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
続編 涼視点
67/91

6 ネクタイ (1)




 移動教室の授業も終わり、次は昼休みだ。


 急いで栞を追いかける。今日は一緒に弁当を食べる日じゃない。帰りも帰れない。別に、明日でも明後日でも構わないんだけど……けどやっぱり今がいい。


「栞」

 階段の踊り場で呼びかけると、友達と一緒に歩いていた栞が振り向いた。

「どうしたの?」

「先行ってるねー」

 彼女の友達が気を利かせてくれた。

「ごめん。安川さんたち」

「ううん。何かあった?」

 こちらを覗き込む栞に、急に照れくさくなる。

「これ……」

「ん? なに? 変なんなっちゃった?」

 俺が首から外した自分のネクタイを栞の目の前に出すと、彼女はまじまじとそれを眺めて言った。

「いや、そうじゃなくて、その」

「?」

 彼女は結構こういうとこ、鈍い。と言うか、俺の頭が少しおかしいのか。


 栞と付き合う前、俺と付き合った子達、皆からネクタイを交換してくれとせがまれた。なんか、彼氏と交換するのが流行ってるらしい。うちの学校のネクタイは男女区別なく同じ色だ。ただちょっとだけサイズが違う。男の方が若干太い。


 でも俺は、頑なに交換するのを拒否していた。だっていつ別れるかわかんないし、その度にあーだこーだって言われるのが面倒だったから。そのネクタイ誰のだとか、交換もしてないのによく言われたんだよな。ほんっとに鬱陶しかったから絶対に替えなかった。

 だからこれは正真正銘、俺のネクタイだ。


 でも栞はそういうことは言わない。お揃いの何か持とうだとか、俺のブレザー着させてくれだとか、もちろんネクタイのことも、一切言わない。

 結構淡白なんだろうか。俺の方がヤキモキしてしょうがない。


 で、栞からネクタイ交換しようって、いつかは言ってくれるだろうとずっと期待して待ってたんだけど、待てども待てども、一向に言ってくれる様子はないから、ついに自分からこんなことを言い出していた。この俺が……ほんと、どうしちゃったんだよ。


「栞はさ、それ誰のネクタイ?」

 な、何聞いてんだよ俺は。でもまさか相沢のじゃないよな。だからもうこの妄想癖やめろっての。

「え? 自分のだよ」

「俺も」

「??」

 栞が首を傾げて真剣に俺を見つめた。頼む気づいてくれ!

「だから、その……交換しない?」

 出た、少女マンガの主人公。栞じゃなくて俺がだよ俺が。うざいとか思われたらどうしよう。

「交換? どうして?」

 栞ちゃんん! 嘘だろおい。鈍いのにも程がある。これ、俺が理由言うのか?! 恥ずかしすぎる。

 俺たちの横を、何人かが通り過ぎていく。もうすぐ弁当の時間だから、だいぶ人も少なくなってきた。

「いや、だから、その……」

「?」

「し、栞のが、着けたいから。俺のも着けてて欲しいし」

 真っ赤だ。俺、顔真っ赤だぞ。……ああ、もうどうにでもなれ。


 また、やっちゃたか? 栞の顔が見れない。何か言ってくれ。俯いたままでいると、ごそごそと音がした。

「はい」

 顔を上げると、栞がネクタイを外し俺の顔の前に出していた。

「……いいの?」

「う、うん。いいよ」

 あれ? ちょっと赤くなってないか? 目は逸らしてるけど。で、その栞の顔を見て俺まで照れる。

 階段の踊り場で、二人で赤くなって何やってんだよ、ネクタイ握り締めて。


「あの、着けてあげようか?」

 え、ええええ?! いいのか?

「う、うん」

「もうちょっとかがんで?」

 衣擦れの音が耳元でして、襟元にネクタイが来た。すぐ傍に栞のおでこがある。可愛いなあ。いつもの栞の香りがする。前髪が少しだけ、そよと風に吹かれた。

 思わず、そのおでこに……してしまった。この前、栞が俺の肩に寄りかかって眠ってしまった時のように。

 え? という感じで栞が上を向いた瞬間、目線を横にずらし口を引き結んで、何もなかった振りをした。栞に微笑むくらいすればいいのに、何目逸らしてんだよ俺は。無理だっつーの。普通気がつくから。けど、栞は何も言わない。ほんとに気づかなかったのかな?

 も、もういいや。このままスルーしてもらおう。

「出来たよ。どうかな」

「……ありがとう。何か不思議な感じがする」

「だよね。さっきまであたしが着けてたのに」

 彼女が笑った。


「あ、じゃあ俺も着けてあげる」

「え、いいよ。恥ずかしいし」

「着けさせて欲しい、んだけど」

 ああ、もうどんどん駄目な男になっていくような気がする。

「じゃあ……」

 とは言え、俺と栞の身長差は20センチ以上あるから、正面から普通に着けるのもかなりしんどい。跪くのもなんだしな。でもどうしても俺が着けたい。何なんだよ、この独占欲は。


 そうだ。階段一段分上がってもらったらどうだろう。

「ここに立って」

 うーん。まだ駄目か。

「ごめん、もう一段上」

 よし。これならいいぞ。さっきの俺と栞が逆転した感じだ。

 それにしても……人のネクタイ締めるのがこんなに難しいとは思わなかった。よく昔のコントとかで、奥さんが旦那のネクタイ締める、なんてのがあるけど、相当練習しないと無理だよこれ。栞すごいな。よく出来たよ俺のネクタイ。


 うーん……と眉間に皺を寄せて、栞にネクタイを着けていると、俺のおでこを何かが掠った。え? と顔を上げると、栞が目線を横にして、口を引き結んでいる。顔は……赤かった。

 え? え? ええ?

 ま、まさか。まさかだよな。まさか俺と同じことしたんじゃ……。だってさっきの俺と、全く同じなんだけど。


 どうしよう。やっぱ気づかない振りして、スルーがいいんだろうか。急に俺の心臓がドキドキと音を鳴らし始めた。

「で、出来たよ」

「あ、うん。ありがと」

 何となくそのまま黙ってしまう。もう階段に人は来ない。あちこちの教室から笑い声や話し声が、所々途切れながらここまで響いてくる。


「あの……」

 同時に二人で声を出した。

「何?」

「涼からどうぞ」

 ど、どうすればいいんだ。もしも俺の勘違いだったら、恥ずかしすぎる。

「……これ、ずっと着けててもいい?」

 咄嗟にネクタイを摘んで、誤魔化してしまった。

「うん。あたしもいい?」

「もちろん」

 ああ、やっぱし聞けない。もういいや。教室に戻ろう。午後の授業が始まったら、聞けばいい。いや、ノートに書くんだ。



 おでこにキスした? ってさ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ