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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
続編 涼視点
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5 暖かい場所





 屋上に出る手前にある踊り場は、壁の一部にガラス戸をはめ込んであり、冬でもそこから柔らかい陽が当たって暖かい。さすがに外はもう寒いから、栞と二人で昼を食べる時はよくこの場所に来ていた。


「涼って兄弟いるの?」

「え、うんいるよ」

「涼が上?」

「ううん、兄貴がいる」

「そうなんだ。うちは弟」

 弟がいたのか、意外だな。

「いくつ?」

「中二。すっごい生意気なんだよー」

 他愛無い話だけど、なんか嬉しかった。栞の家族か。いつか会うこともあるのかな。


 文化祭の日から、一ヶ月と何日かが経った。その間、いろんな事をここで話した。栞の誕生日、好きな食べ物、よく聞く音楽、友達は誰と仲がいいだとか、昨日何のテレビを見ただとか。靴のサイズとか、俺と栞の身長の差がどれくらいあるとか。付き合うまで知らなかったこと、たくさん話した。栞の隣はいつも心地良くて楽しくて、時間があっという間に過ぎていく。


 未だに彼女の隣に座るのは、少しだけ緊張する。触れるか触れないかくらいの位置に座ってるけど、やっぱり近い。かといって、これ以上は離れたくないし。この距離でいいんだよな。たいした事じゃないんだろうけど、些細な事でもあれこれと真剣に悩んでしまう。


 もうひとつ、気になっていたことがあった。実はまだ栞と外で会ったことが無い。試験もあったし、俺、絶対に振られるって思ってたから、休みの日に家にいて余計な事を考えたくなくて、バイトのシフトも入れまくってたんだよな。栞も結構土日にバイトを入れていた。

 十二月に入ってようやくお互いに時間も空いた。だから、今度の日曜一緒に出かけようって誘うんだ。それに、そうだ……ちょっと先だけど、クリスマスもあるぞ。


 パンを食べ終わり、一呼吸置いてその事を口にしようとした時だった。

 俺の左肩に重みが加わる。

 ……え? 恐る恐る、頭を動かして目線を左斜め下に向けると、その重みは栞の頭だった。俺に寄りかかってるよ……! ど、どうしたんだ、急に。心臓がすごい音で鳴り響き始めた。何だよ、急に甘えたくなったとか?

 突然、今朝下駄箱で会った時の高野とのやり取りを思い出す。



 靴を履き変えていると、隣に来た高野が俺にこそっと言った。

「涼お前さ、もう……やったの?」

「!!」

 下駄箱に入れようとした革靴が手から離れ、上履きを履いた俺の足の上に、ぼとぼと落ちた。

 な、ななななな、朝から何言ってんだよ、お前は! ちょっと栞の相談乗って好感度上がったからって、最近調子に乗りすぎなんだよ!

 高野はにやりと笑って、固まっている俺の肩を叩いた。

「俺は宿題もうやったのかって聞いてんの」

 お、お前はあああ! 若手の芸人試してんじゃねえんだぞ、いい加減にしろ! 心の中で叫びながら、何も言えない俺に向かって、またこそっと言った。

「ま、そんな調子じゃキスもまだか」

「!」

「……お前、全部顔に出てる。おもしれー!」

 高野は俺の横で腹を抱えて笑った。

「うるせーんだ……よ!」

 高野の背中を、拾った革靴で思いっきり殴ってやった。

「いでっ! お前、汚ねーなー!」

 いいんだよ。俺は栞をすごく大事に思ってる。だからそんなこといいんだ。最近やっと、自然に手が繋げるようになった。それだけでもすごい進歩なんだからな。今はこれで精一杯なんだよ。この俺が、まあ……そういうことなんだよ。



 気付かれないよう、小さく深呼吸する。栞、どうしたんだろ。何も言わないし。何も……あれ?

 栞から寝息が聞こえた。

 どうやら眠ってしまっているらしい。ああ、そう言えばさっきも欠伸してた。腹が一杯になって、ここは暖かいし眠くなったのかな。

 勉強頑張ってたみたいだもんな。バイトもあんまり休めないって言ってたし。それでも合間を縫って俺に会ってくれてたし。随分無理をしてたのかもしれない。


 急に栞を思う気持ちが、胸の奥から痛みと一緒に湧き上がってくる。


 栞の頭が目の前にあった。栗色の髪の毛が光ってる。俺に体重を預けて、無防備に眠ってしまっている栞が可愛い。

 彼女の頭に顔を近付けて、ほんとに一瞬だけだけど……栞に触れた。自分でしておいて顔中が熱くなる。気がついてないよな? 内緒だ。ひ、秘密にしておこう。

 ドキドキして動けない。いや、動いたら栞が起きちゃうな。起こさないようにこのままでいよう。寒く、ないよな? ここ陽が当たってるし。何より身体がくっついてるから暖かい。


 栞の隣にいるのは俺でありたい、けどその願いは絶対に叶わないんだって、片思いの時にずっとそう思ってた。だから今はこうして傍にいられるだけで、本当に幸せなんだ。あれこれ望んだりするのは、それこそ贅沢なんだよ。


 いつの間にか、俺も彼女の頭に自分の頭を寄せて、チャイムが鳴るまでうとうとと、眠ってしまっていた。





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