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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
続編 涼視点
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4 聞きそびれた言葉





 二人で並んで廊下を歩く。


 デートだデート、栞とデート。いいなあ。ああ幸せだ。いいんだろうか、こんなに幸せで。

「えーとね、まずはここがいいな」

 栞が俺のセーターの袖を、ちょっとだけ引っ張って言った。

「いいよ」

 嬉しくてぽーっとなって返事をする。


 え? おい、ちょっと待て。ドアの入り口に立ててある看板に、何かいやな文字が。

「……都市伝説の、館?」

 一気に目が覚めた。

「うん! 入ろうよ涼」

「う……うん」

 マズイ。非常にマズイぞこれは。

 実は俺苦手なんだよ、これ系。ジェットコースターとかさ、そういう絶叫系は全然オッケーなんだけど、この違う意味の絶叫系はさ、どうも駄目なんだよな。

 今までなんだかんだと絶対に入らないようにしてきたんだけど……。しかし、隣にいる栞は目を輝かせている。好きなのか? こういうのが。

 まあ、学校の文化祭だし、たいしたことはないだろう。栞の為だ。が、頑張って入ってみるか。今人も多いし、そうだ人がたくさんいれば大丈夫だ。

 廊下は行き交う人で、結構混雑し始めていた。


「あれ? 鈴鹿?」

 その時、後ろから声をかけて来た男がいた。

「あ……桜井くん」

「久しぶり」

「うん」

「何、入ってくれんの? お前こういうの大丈夫だっけ?」

 誰だこれ。桜井? 全然知らないな。目の前の男は俺よりも少し背が低くて、ちょっと童顔で、人懐こそうな感じの奴だった。それにしてもずいぶん栞に馴れ馴れしい。

「入り口こっち。俺一緒に入ってやるよ」

 桜井という男は、いきなり栞の手首を掴んで引っ張っていこうとした。


「俺が一緒だから」

 そいつの腕を掴んで引き剥がす。

「え……」

 桜井は俺を振り向いて、驚いた顔をした。何だよ、何か文句あんのか。

「……もしかして、鈴鹿と付き合ってんの?」

「そ、そうだけど」

 こんな場面で何赤くなってんだ俺は。

「嘘だろ」

「嘘じゃねーよ」

 すると男は栞に向かって言った。

「マジで言ってんの?」

「……うん」

 栞が返事をした途端、桜井は大きな溜息を吐いて不機嫌な顔をし、栞に近付いてこそっと言った。

「やめとけよ、絶対泣かされる」

 な、何だとおおお? 聞こえてるっつーの! だいだい何なんだこいつは!


「行こ、栞」

「あ、うん」

「栞あいつ、何な、の……」

 栞の腕を掴んで、思わず勢いで都市伝説の館に入ってしまった。

「……あ」

 馬鹿ああ! 俺の馬鹿!! ど、どうしよう。

「どーぞー」

 係りの奴に誘導されて、もう逃げられない。


 ……何だここは。

 く、暗い。真っ暗じゃん。いやいやいや、おばけ屋敷と違うから。都市伝説だから、都市伝説。

 ほらアレだよ、予言とかさ、この絵本に秘められたほんとの意味とかさ、その、そういう奴だろ?


「涼」

「な、何?!」

「あの、手痛いんだけど」

 いつの間に、俺栞の手掴んでたんだ。

「ご、ごめん!」

「離さないでいいんだけど、ちょっとだけ緩めて?」

「うん……」

 良かった。離すのだけはいやだ。今だけはお願いします!

 通路を曲がると、真っ暗の中何台かテレビがついていた。これアレじゃん! この前放送してた分じゃん! CMしか見てないけど。これに見入っている奴もいた。は、早く通り過ぎたい!

「涼……あの」

「えっ」

 栞が話しかけてくるけど、横からテレビの音が聞こえる。何、何だって? 聞きたくもないのに、耳に入ってくる。


『このドル札を、こうして見るとですね』


 ドル札が何だって? こうして見る……?


『現れるわけです』


 何が現れるんだよ!


「さっきの、桜井くんなんだけど……」

「……」


『いやあああああ!!』


「うわあああああ!!」


 栞の手を握ったまま、駆け出した。何て声出してんだ俺は! しかし、しかし逃げた方がいいだろこれは! テレビから声が聞こえただけなんだけど、こええええ!

 しかも途中から結局お化け屋敷的なものになってて、もう何したんだかさっぱり覚えていない。


 ぜーぜーしながら出口を出ると、隣で栞が両手で口を押さえて笑っていた。

「りょ、涼、苦手なの?」

「……」

 何も言えずに、かがんで両膝を押さえながら栞の顔を見上げると、栞が俺の左手をぎゅっと握って耳元に近付いてきた。

「涼、可愛い」

「!」

 な、何で? こんな情けない姿見て、何でそう思うんだよ。栞は顔を赤くして額に手を当てている俺と、手を繋いだまま歩き出した。


「何か食べよう」

「うん。俺、喉渇いた……」

「だよねー。あれだけ叫んで、走ればねー」

 く……情けない。けど疲れた。

「ありがと。苦手なのに付き合ってくれて」

「え、ああ、うん」

 ま、付き合うだけならな。全然楽しめないけど。

「涼って……いいね」

「え?」

「ううん、何でもない!」

 栞は笑顔満面だった。


 でも、あれ? 俺、なんか大事な事聞きそびれたような……。

 けど、目の前の栞の笑顔を見ていたら、たいしたことじゃないような気がした。ま、いっか。


 栞、寒いのかな。手が冷たい。そっと繋いでいた手に力を込めると、栞も優しく握り返してくれた。


 この手が離れていかないように、俺……頑張るからさ。

 口に出しては言えないけど、栞に伝わるようにもう一度、彼女の手の温もりを確かめた。






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