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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
番外編 栞編
55/91

22 彼のとなりで (1)




 席替えで、吉田くんの隣になってしまった。


 荷物を持って移動すると、もう吉田くんは席に着いていた。目が合って少しだけ笑みを浮かべると、吉田くんも同じ様に小さく笑ってくれた。というか、ちょっとだけ気まずいような雰囲気がする。私の気のせいならいいんだけど。


 三日前、吉田くんの胸に引き寄せられたこと……吉田くんは、どういうつもりだったんだろう。あの日の夜、助けてくれてありがとうってメールをした時に、何となく聞いたらいけないような気がして、その事はやっぱり聞けなかった。あんまり意識しないで普通にしてた方がいいよね。せっかく隣の席になれたんだから。


 授業が始まって教科書をめくろうとした時、吉田くんの方へシャーペンを落としてしまった。

「あ、」

 慌てて拾おうとすると、吉田くんも拾ってくれようとしていたみたいで、気付けば目の前に彼の顔がある。

「……はい」

「ありがと」

 拾ってくれたシャーペンを握る。……普通に、出来るかな。一気に自信が無くなってきた。思い出しちゃうよ、あの時の吉田くんのこと。そう思ってたら、今度は吉田くんが消しゴムを落とした。

「あ……」

 拾おうとして手を伸ばすと、またさっきと同じ様に、二人同時に手が伸びる。思わず笑みが零れた。吉田くんの消しゴムを拾って、その手の上にそっと置く。隣になると当たり前だけど、こんなに近いんだね。


 休み時間も過ぎて、2時限目の現国になった。ふと横を見ると、吉田くんの机には教科書が無い。

「吉田くん、教科書忘れたの?」

「あ、うん」

「はい」

 教科書を机の左端に置いてみる。

「見える?」

「え、ああ、ごめん」

 彼は一番後ろのしかも左端の席だから、私が見せる以外にない。でも、この距離じゃちょっと見えにくいよね。……よし。

「よいしょ」

 私は机の両端を持って、吉田くんの方へずらした。

「これならよく見える?」

 机と机の距離は五センチくらい。これで見えるよね? ちょっと近いけど。……ちょっとどころじゃなくて、思ってたよりもうんと近すぎて、自分で来ておきながら戸惑ってる。

 

 吉田くんとの机の間に、教科書を広げて乗せると、彼がお礼を言った。

「あ、ありがとう」

「ううん」

 彼は左手で頬杖を付き、私の教科書を見つめている。ノートに目を落とし、黒板の文字を書いていると、隣からくすっと笑った気配がした。

 何だろう。吉田くんを見ると、教科書を見て笑ってる。ん? このページは……。

 あ! この前、ちょっと暇で落書きしちゃったんだ。小説の作者の頭にリボンを乗っけて、まつ毛も、すっごい長いやつ。思わず吉田くんの顔と教科書を交互に見つめる。……恥ずかしい。

「見ちゃった?」

 授業中だから小さな声で話しかける。

「俺もやってるよ」

 彼も私に合わせてひそひそと言った。何だかくすぐったい。

「どんなの?」

「書いてもいい?」

「いいよ」

 どんなのだろう。吉田くんは私が書いたリボンを残しつつ、作者の頭をすごい変な髪型にして、顔にヒゲ、目の下にクマを書いた。意味わかんない台詞までついてる。可笑しすぎて、思わず両手で口を押さえて笑ってしまう。吉田くんも声は出さずに笑ってる。


 私も自分のシャーペン片手に、一緒に落書きをする。もうこれ誰? 可笑しくてたまらなくて二人でお腹を抱えて、声を出さないように肩で笑っていると、吉田くんの頭に教科書がポンと上から乗っかった。先生! と思ったと同時に、私も同じ様に教科書で頭を軽く叩かれた。

「ごめん、調子に乗りすぎた」

 吉田くんが申し訳なさそうに言う。

「ううん。可笑しかったね」

「うん」

 彼は頷くと、自分のノートに何かを書いて見せた。

 

『返事はいいから』


「?」

 返事? 何の返事だろう。

 そして彼はもう一度書いて見せてくれた。


『好きなんだ』


 その言葉を見た途端、胸がずきんと痛んだ。

 え? 好き? 

 その言葉から顔を上げて、吉田くんの顔を見る。彼は優しく微笑んだ。その表情にまた胸が痛くなる。……好きなんだ、って何が? 何が好きなの?

 聞こうとした時、また先生が教科書を読みながらこちらへやって来た。もう聞けないし、吉田くんもそれ以上何も書かなかった。


 いろんな疑問が頭の中を巡る。さっきのノートに書かれた文字が、目に焼きついて離れない。

『好きなんだ』

 思い出す度、胸がズキズキ言ってる。すぐ隣に吉田くんがいるのに、変に思われるよ。栞、勘違いしちゃ駄目。何が好きなんて言ってないんだから。私の事が好きなんて、そんなこと一言も言ってないんだよ? 第一今は授業中なんだし。……でも、でも、じゃあ何? 

 先生の話も黒板の文字も、何も頭に入らない。こんなにすぐ傍にいるのに、聞けない。もうすぐ授業が終わってしまう。

 そう思った時、吉田くんがまた何かをノートに書いて私に見せた。


『今日、帰りヒマ?』

 私もシャーペンで文字を書いて答える。

『バイトがあるけど、それまでだったら』

『じゃあ、栞ちゃんが降りる駅で待ってる』

 私は降りる駅を教えた。今日はバイトだから、家のある駅の一つ手前で降りる。

『改札出た所で待ってるから。ちょっとつきあってほしいんだけど、いい?』

『うん』


 その後すぐにチャイムが鳴って、授業の終わりを告げた。私は机をずらし元の場所へ戻り、二人で見ていた教科書をしまった。



 次の授業が始まっても、吉田くんを隣で感じる度にさっきの文字が頭に浮かんで、胸の鼓動が早くなって、授業中なのにもうどうしていいかわからないくらい、痛くてしょうがなかった。





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