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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
番外編 栞編
47/91

14 帰り道




 吉田くんは保健室にすぐ迎えに来てくれた。

「ごめん。遅くなって」

「え、全然だよ。ありがとう」

 額に汗掻いてる。急いで来てくれたんだ。いつの間にか私の鞄まで持とうとしてるし。

「大丈夫、持てるよ」

「いいよ。持ちたいから」

 私が手にした今日はいつもより重たい鞄を、吉田くんは軽いものでも持つように自分の手に取った。

 廊下を歩いていても、ずっとこっちを気にしてくれて、歩幅もまた合わせてくれてるし、下駄箱で靴を履き替えた時も、吉田くんは傍にいて何も言わずに待っていてくれた。


「ごめんね。吉田くんも怪我してるのに」

「いや、全然いいよ。取りに行くからちょっと待ってて」

 昇降口を出た所で、吉田くんは高野くんの自転車を取りに行った。

 吉田くんの待ってて、という言葉に、そばにいた知らない女の子達が

「何々?」

 ってこっちを見てる。

 吉田くんて目立つよね。彼が何かすると、きっと女の子達はこうして釘付けなんだ。二年生だけじゃない、一年生達も、それから先輩達まで私を見てる。皆の視線が身体中に突き刺さって痛い。悪いことしてるわけじゃないんだけど、思わず肩を竦めて縮こまってしまう。自転車置き場までついていけば良かった。お願い吉田くん、早く来て……!


 しばらくすると、吉田くんが自転車に乗って目の前にやってきた。

「乗れる?」

「うん」

 男の子の後ろに乗るなんて、初めてだ。しかも、皆がいる前で……。嘘! とか、やだ! っていう女の子達の声が聞こえる。それこっち見て言ってるんだよね? 吉田くんは平気なのかな。ああ、明日が怖い。まだ視線が背中に突き刺さってるよー。


 吉田くんは、駅までの道を土手のルートに決めた。ここなら車は通らないし危なくないもんね。だけど後ろに乗るのって、思ったより怖い。結構揺れてるし。坂が多い所に住んでて、自転車自体あんまり乗らないから慣れてないせいもあるけど、どうしよう、なんか落っこちそう。掴まるところも無いし……。

「吉田くん」

「ごめん、揺れた?」

「ううん。大丈夫、なんだけど……少しだけ掴まってもいい?」

「……い、いいよ、もちろん」

 彼のシャツの腰の辺りをそっと摘んだ。

「もっと」

「え?」

「もっとちゃんと掴まっていいよ」

「……うん」

 ちゃんと、って……。ど、どうやって? でも確かにシャツを摘むだけじゃ、かえって危ないかも。

 両手を伸ばしてみる。吉田くんの腰に手を回してそっと掴まってみた。女の子よりはもちろん幅はあるけど、やっぱり細いなあ。

 その時、ガタンと大きく自転車が揺れた。あ、落ちる! って思ったけど、気がつけば吉田君の大きな手が私の手を掴んで自分に掴まらせていた。その拍子に上半身も引っ張られて、彼の背中に頬が当たった。

「……!」

「ごめん、でも危ないから」

「……うん」

 吉田くんの声が、彼の背中から伝わる。硬くて広い男の子の背中を感じて、急に顔が熱くなった。


 吉田くんにとってはこんなこと、何でもない事なのかもしれないけど、私はもう心臓が痛いくらいに早くなってる。でも、あれ? ……こっちは私じゃない。吉田くんの心臓の音? すごく早くて、大きい音が聞こえる。

 吉田くんも、同じ気持ちになるの?


「吉田くん」

「何?」

「重くない?」

「大丈夫だよ」

「吉田くん、手痛くない?」

「もう全然何ともないよ」

 本当は聞いてみたい事がたくさんあるのに、上手く言えない。


「吉田くん」

「うん」

「……」

 吉田くんの、匂いがした。その背中に思わず涙ぐむ。


「吉田くん……優しいね」

「え? 何?」

「……何でもない」

 彼に掴まっている私の手に思わず力が入る。今の、聞こえなかったよね。いいんだ、それで。


 私さっき相沢くんが来た時、見られるのが嫌だったんだ。私の顔を、吉田くんに見られるのが。

 彼は私が相沢くんに振られた現場を見ている。当たり前だけど、私が相沢くんを好きだったのを知っている。だから……まだ相沢くんを好きだって思われたくなくて咄嗟に下を向いたんだ。


 栞、駄目だってば。

 気付いちゃいけないの。吉田くんを好きになってどうするの? 彼は絶対に私のことなんか好きになってはくれない。包帯を巻いてくれたり、歩幅を合わせて歩いたり、ずっと傍にいて……待っててくれるのも、全部この優しさは私にだけじゃない。吉田くんにとっては当たり前な事で、特別なんて思っちゃ駄目なんだよ。好きになったら辛い思いするの、目に見えてる。だったらこのまま、友達のままでいた方がいい。


 川の方へ目を向けると、トンボが飛んでいた。

「吉田くん、いつもこの道通るの?」

 大丈夫、さっきの涙声もきっと気付かれていない。

「あ、うん。結構ここがメイン」

「あたしもだよ。気持ちいいよねここ」

「……うん。朝も帰りも、気持ちいい」


 吉田くんはそう言って、川へ顔を向けた。後ろから見る彼の横顔が、少しだけ秋の夕暮れに近い川からの風に吹かれて……綺麗だった。

 男の子なのに、綺麗なんておかしいかな。またほんの少しだけ、吉田くんに掴まる手に力が入った。

 あともう少しだけこうしていたい、ってそれも思っちゃいけないことなのかな。


 崩れ落ちてしまいそうな思いを必死で引き止めて、俯いた額を吉田くんの背中にそっと当てて小さく深呼吸した。






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