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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
番外編 栞編
42/91

9 金魚





 ちょっと早かったかな。

 もしかして一番に到着かも。愛美からもメールはないし。絵梨は彼と一緒だから今日は別行動。

 ちょっと張り切って新しい浴衣を着た。久しぶりにすごく気分が上がって、花火も楽しみで仕方がないんだ。


 普段から人の多いこの駅の改札は、花火大会へ行く人でさらにごった返していた。私は改札を出て、周りを見渡す。

 その時、背の高い見慣れた顔の男の子が目に入った。吉田くんだ。浴衣着てる! め、目立つなあ。よく見ると、女の子……女の人? 見たことの無い二人が吉田くんと話している。けど、何だか様子が変。吉田くんはその人たちと全然目も合わせない。声掛けてみようかな。


 後ろからゆっくり近付き、名前を呼んだ。

「吉田くん!」

 振り向いた吉田くんは、口を開けて驚いた顔をした。


 女の人達は彼が何か一言言うと、どこかへ行ってしまった。

 ……もしかして、もしかしなくても、声掛けられてたんだ! うわ、男の人が声掛けられてるのって、初めて見た。


「吉田くん、かっこいいね! 浴衣姿」

 思わず言ってしまったけど、いいよね? ほんとに似合ってるし。

 吉田くんは急に手の甲を自分の鼻に当てて、口を引き結んだ。顔、真っ赤だ。この前もそうだったけど、もしかして照れ屋なのかな。今までそんな風にも見えなかったけど。

「あ、そうかな。ありがと。あの……」

 彼は何か言いたそうに、私をじっと見つめた。

「?」

「に、似合ってるね、鈴鹿さんも」

「ほんとに? ありがと」

 あ、すっごく嬉しい。

「か……」

「ん?」

「可愛い、」

「え」

「涼! あー浴衣着てる! かっこいい!」

「ほんとだー!」

「あ、鈴鹿さんだー」

 その声に振り向き、みんなと挨拶する。同じクラスの吉田くんと仲の良い女の子達。

 それにしても、今何て言ったんだろう吉田くん。可愛い、って言ったような気がしたけど……違う違う、それはずうずうしいよ。そんな事を考えてると、愛美と他の仲良しの子達、クラスの男の子達も来た。


 仲良し皆で輪になり、いつの間にか吉田くんの話をしていた。

「ね、吉田くん見た?」

「うん、やっぱり一番かっこいいよね」

「浴衣似合いすぎだよー」

 みんな目がハートになってる。

「さっきも知らない女の人に声かけられてたよ」

「栞見たの?」

「うん。吉田くん一番に来てたよ。あたしが二番で声かけたんだ。その時」

 その中にいた一人の友達が、ふうんと頷いて急にこんな事を言い始めた。

「ね、栞ってさ、吉田くんと仲いいよね」

「え? そんなことないよ」

「この前も一緒に授業さぼってたしねー」

「あれは成り行きでそうなって……」

「今日だって誘われたんでしょ? 吉田くんに」

「うそー!!」

 一斉に皆の目が私に向けられた。そしてまた、別の一人が興奮気味に言ってくる。

「あたしたちは高野くんに誘われたんだよ。 皆そうなんじゃない? 吉田くんに誘われたなんて、吉田くんと仲いい子達からも聞かないし」

「……そうなの?」

「そうだよ! ね、何て言われたの? 知りたい!」

「あたしも!」

 皆、目がこわいよー!

「吉田くんてさ、栞のこと気に入ってるよね」

「それはないよ、絶対! 吉田くんに失礼だよ」

 思わず力が入る。

「まあまあもういいじゃん、ほらみんな歩いてるよ、行こ!」

 愛美が助け舟を出してくれた。その声に、皆も歩き出す。


 私と愛美も二人で歩き始めた。下駄の音が、リズムよく響いてはたくさんの人の流れに消えていく。

「ほんとはまだ好きなんでしょ? 相沢くんのこと」

「……」

「無理しないでいいんだよ?」

「……ううん。もういいんだ。今日できっぱりやめるって決めて、ここに来たから」

「そうなの?」

「うん、そう」

 前を歩く相沢くんも浴衣を着ていた。相沢くんと一緒に歩いている人の中には、杉村さんもいる。……相沢くんが誘ったのかな。


 みんなで移動して、出店の傍に陣取る。相沢くん達は花火を見に少し離れた所へ移動した。

「栞」

 愛美が声をひそめて私に近付いた。

「相沢くん達の方に行って、一緒に花火見よう?」

「……」

「今日でやめるんなら、最後くらい一緒にいてもいいんじゃない?」

「……うん」

 花火の見えやすい場所へ行こうと、愛美は何人か友達を誘った。


 群青色の空に花火が上がる。大きな音と共に、綺麗な花は一瞬で大きく咲いて、すぐに消えた。

 ほんの少しだけ離れた場所に、相沢くんがいた。

 大好きだった横顔。たまに見せてくれる優しい表情。忘れる必要はないけど、もうやめにするんだ。相沢くんには好きな人がいる。きっとそれは杉村さんだ。ほんとは初めからわかってた私。振られるってわかってたのに、言いたかった。だから思いを伝えることが出来て、これで良かったんだよね?


 さ、栞、これでおしまい。こうして相沢くんを見つめるのも、やめにしよう。そう決めたのに、私の視線は中々動かない。駄目だよこのままじゃ。

 よし……じゃあ、せーのでもう見ないことにしよう。私は掌を握って、気合を入れた。

 いくよ? せーの!

 ……まだ視線はそのままで、動いてくれない。栞、気合が足りないの、気合が。

 いい? もう一回。せーの!

 突然、私の頬にひやりと冷たいものが当たった。


「きゃっ!」

 な、何?! 驚いて振り向くと、目の前にビニール袋に入った赤い金魚が現れた。

「びっくりした?」

 金魚を持っていたのは私の顔を覗き込む、吉田くんだった。

「あ、金魚?!」

「あげる」

「え、ほんと? ありがとう」

 吉田くんはちょっとだけ笑って、私に金魚をくれた。

 ビニール袋をのぞくと、赤い金魚が元気に狭い水の中を行ったり来たり泳いでいる。ちっちゃくて可愛い。思わず笑顔になる。

「あと、これも。食べる?」

 目の前にもう一つ差し出されたのは、あんず飴。きらきら輝いて美味しそう。

「いいの? 吉田くんの分は?」

「俺は、また買うし。いいよ」

 いいのかな? 吉田くんのあんず飴を持つ手に向かってそっと手を伸ばす。


 また……吉田くんに助けてもらっちゃったね。


「ありがとう……いつも」

「……え?」

 いつも、なんて言って変に思ったかな。

「金魚鉢、買おうかなあ」

「いいね。夏らしくて」

「餌も買わなきゃ。楽しみ」

「栞ちゃん」

「……え?」

「って呼んでも……いい?」


 吉田くんの声が……いつもと違った。優しいその表情に、どうしたんだろう私、一瞬だけドキっとしてしまった。


「もちろん、いいよ」

 笑って答える。だって全然構わないから。私が返事をすると、彼は驚いたような、それでいて哀しいような目をした。

 花火が上がって吉田くんの顔に影が出来る。その表情をもっとよく見たかったのに、彼は後ろを振り返り花火に顔を向けた。


 吉田くん、ありがとう。

 もう私、相沢くんに目を向けない。さっき、私の心の中の掛け声聞こえてたの? っていうくらい、タイミングよく吉田くんが来てくれた。金魚の袋を頬にあてて、目を覚まさせてくれた。


 目の前の吉田くんの肩越しに、綺麗な花火がたくさん上がる。彼がくれたあんず飴を口に入れると、甘い香りが広がった。


 パンをくれた時と同じ、彼の優しい気持ちが胸の中にもゆっくり沁みていった。






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