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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
番外編 栞編
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8 思い出した笑顔





 昼休み。借りていた本を返しに行く。

 今日も昨日と同じにとても暑い。ふと昨日の吉田くんを思い出して溜息が出る。やっぱり今日も、あんまり元気無さそうだったな。 

 図書委員に本を渡して廊下へ出た。次の授業なんだっけ?


「あの……」


 現国だったかな。ううん、リーダーだったかも。


「あの……鈴鹿、さん」

 私を呼ぶ声に振り向くと、そこに立っていたのは、

「あ、吉田くん?」

 わ、どうしよう吉田くんだ! 動揺しちゃ駄目。昨日見てしまったことは黙っていよう。私顔に出てないよね? 

「あのっ」

 ん? 彼の様子がいつもと違う。何だか焦ってるみたい。どうしたんだろう。


「は、八月一日、暇?」

「え?」

「花火大会があるから皆で行くんだけどさ、大勢の方が楽しいからいっぱい誘って来いって言われてさ、鈴鹿さんもどうかな」

「……」

 突然言われたけど、私の頭がついていかない。

 えーと、ちょっと早口でよくわからなかったけど、八月一日に花火大会があって、それで……誘ってくれたってこと?

「友達とか、連れておいでよ。こっちも男も女もいっぱい来るから」

「そうなの?」

「そうそう、だから、どう……かな」

 吉田くんの声が急に小さくなった。目も伏せてしまって、大丈夫かな。これ、誘ってくれてるんだよね? ほんとは嫌とか、友達に言われて無理やり誘ってるとか、ないよね?

 花火大会か……うん、楽しそう。みんなで浴衣着てわいわいするのも、いいかも。


「そうだね。行こうかな」

「ほんとに?」

「うん。友達もいい?」

 愛美達も誘おう。

「あ、うん! もちろん!」

 あれ、喜んでくれてるみたい。良かった。さっきは元気が無さそうだったけど、吉田くんが笑顔になった。うん、やっぱり吉田くんは笑ってる方が素敵だよ。


「あ、そうだ。じゃあ吉田君のケータイの番号教えて? メアドもいいかな」

「へっ?!」

 あ、ずうずうしかった? すごく驚いてる。

「駄目だったかな。ごめん。でも連絡取る時困るかなって。駄目ならいいんだけど」

「全然、駄目じゃないっ!」

 彼はいきなり大きな声を出した。び、びっくりした。顔も真っ赤だし。怒ったの? ううん、駄目じゃないって今言った。ていうことは、いいんだよね、聞いても。

 本当にどうしたんだろ、今日の吉田くんは様子がおかしい気がする。いつもの余裕がある感じじゃないけど……。


「あ、ご、ごめん。大きい声出して」

「ううん。えーと今持ってる?」

「あ、あると思う多分」

 吉田くんはズボンのポケットに手を入れた。私もスカートのポケットからケータイを取り出す。

「あたしも今持ってるから、赤外線できる?」

「うん」

「えーと、あたしが送るね。いい?」

 さ、準備できた。あれ? 吉田くんは手元のケータイを握ったまま。何もしていない。

「吉田くん?」

 顔を上げて彼の顔を見ると、肩をびくっとさせて彼が後ずさった。

「は、はいっ?!」

「あの、赤外線」

「あ、ああごめん! 今やる」

 彼は慌ててケータイを開いた。

 そう言えば、久しぶりに彼と話をした気がする。袖のボタンを付けた時以来かも。吉田くん、背が高いなあ。見上げないと話ができない。

 ……暑そう。うん、今日暑いもんね。だから顔赤いんだ。もう夏だし。吉田くんは額の汗を腕で拭って、私にケータイを向けてきた。


「じゃあ近くなったら連絡するよ」

「うん、お願いね」

「あのさ、後で念のためにメール送れるか試していい?」

「うん、もちろん」

 そこで予鈴が鳴った。

「教室行こう」

「うん」

 一緒に階段を下りた。あの時、二人で階段を駆け上がったことを思い出す。

「また……」

「え?」

「また屋上一緒に行こうね」

 思わず言っちゃった。振り返ると、彼はまた顔を赤くして額に手をやった。

「あ……うん」

 もしかして、照れてるの? あの吉田くんが、って思ったら信じられないけど、でもやっぱりそうみたい。


 吉田くんの後に続いて教室に入る。席に着くと、愛美が後ろから声を掛けてきた。

「本返した?」

「うん」

「どうしたの? 何だか嬉しそう」

「そ、そう? あのさ、愛美八月一日暇?」

「あたしも言おうと思ったんだよ。用事ある?」

「今、吉田くんに花火大会一緒に行こうって誘われたの。皆でどう? って。だから愛美もどうかと思ったんだけど」

「それ私は高野くんから誘われた! 同じだよ。じゃ一緒に行けるね」

「やった! ね、浴衣着る?」

「もちろん。栞は?」

「あたしも着てく! 新しいの買ってもらう予定なんだ」

「やっとほんとに笑ったね」

「え……」

「ずっと無理してたもん、栞。でも今日はちゃんと笑ってる」

「うん」

 そうかもしれない。だって私、久しぶりにわくわくしてる。私の顔を見て、愛美も嬉しそうに笑った。


 その日の夜、吉田くんは本当にメールをくれた。

 なんか……ほんとイメージ違うな。もっと絵文字いっぱいとか、文章も砕けた感じかと思ってたけど意外にシンプルだったし。

「いいな、吉田くんて」

 気がつけばそんなことを口にしていた。

 学校の廊下で花火に誘ってくれた吉田くんを思い出す。私の返事を聞いて嬉しそうに笑った顔、照れくさそうに赤くなった顔、可愛かったな……って、可愛いとか失礼だよね。けど、あんな顔もするんだって思ったら思わず笑みが零れる。元気そうだったから本当に良かった。



 その夜、何度か吉田くんのメールを見た後、久しぶりに私はゆっくり眠りにつくことができた。






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