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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
番外編 栞編
38/91

5 青空の下で





 自販機に近付くと、吉田くんは真剣に悩んでいるのか、なかなか決まらないみたいだった。

「あの、いい? 先に」

 声をかけると彼は驚いて振り返る。

「え、あ……ごめん、どうぞ」

 紅茶のペットボトルを買うと、彼も同じのを買った。大好きな紅茶を口にすると、少しだけ気持ちが落ち着いたみたい。

 そういえば、私教室で吉田くんの教科書落としたんだった。

「さっき、ごめんね。汚しちゃって」

「へ? ああ、全然気にしてないよ。忘れてたし」


 予鈴が鳴った。

 でも何故か吉田くんはそこから動かない。まだ紅茶を飲んでいた。教室、行かないのかな。

「行かないの? 教室」

 私が思っていたことを逆に聞かれてしまった。正直、教室に戻りたくない。相沢くんの顔を見るのが、まだちょっと辛い。

「吉田くんは?」

「え」

「だってまだ飲んでるから」

 思わず理由を知られたくなくて、吉田くんに振ってしまった。

「あのさ、屋上行かない?」

「え?」

「きっと今日気持ちいいよ。天気いいし。飛行機雲見れるかも」

「飛行機雲好きなの?」

「うん」

 ちょっと意外。でも飛行機雲かあ。今何も考えずに見ることができたら、きっと気持ちいいだろうな。

「行ってみよう、かな」

 授業、初めてさぼっちゃうけど、でもいいや。飛行機雲の誘惑に勝てない私がいた。

「先生来ないうちに行こう」

「うん」

 吉田くんの声が急に明るくなった。その声を聞いて何だか私もわくわくする。ペットボトルに蓋をして、駆け出す吉田くんについていく。彼は私に気を使って、振り返りながら歩幅を合わせてくれた。

 一気に四階まで駆け上がる。く、苦しい! でも何だか可笑しくて、思わず笑みが零れた。


 重い扉に二人で手を掛け一緒に開けると、目の前に眩しくて真っ青な空が広がる。


 空を見上げていたら、どうしても前からやってみたかったことが頭から離れなくなった。もう、吉田くんには振られる所も見られちゃったんだし、たいして恥ずかしいことじゃないかもしれない。やっちゃおうかな。いいよね?


「吉田くん」

「何?」

「あたしね、一度やってみたかったんだけど、いいかな」

「?」

「えいっ!」

 アスファルトの屋上にごろんと仰向けになり、両手両足を広げた。

 気持ちいいー! 青い空が自分に落っこちてきそう。あ、パンツ見えそうかな? いいや、ちょっとくらい。


「あははっ! 最っ高!!」

 あれ、私、声出して笑ってる。久しぶり、こんなに楽しいの。その時吉田くんの声がした。

「俺も、いい?」

 え? ほんとに? もちろん大歓迎だよ!

「どうぞー」

「よっ!」

 吉田くんは私の隣でごろんと横になって、同じ様に両手両足を広げた。手と足、長いなあ。ちらりと彼の顔を見ると、眩しそうに、けど何だか嬉しそうに空を見上げていた。


 その顔を見て私も嬉しくなって、空に顔を向ける。

 雲ひとつない青い青い空。今一緒に眺めてくれるのが、吉田くんで良かった。男の子と二人でこんなの初めてだけど、不思議と違和感がない。吉田くんの隣は……何故か安心した。だからつい、こんなことを口にしていた。


「嫌な事、忘れられるね」

「え……」

「……あたし、振られちゃったんだ」

 知ってる、よね?

「……」

 彼は何も言わない。どうしよう、聞いてみようかな、あの時のこと。パンをくれた時の事。

「……あの時」

 何て言おう。でも、やっぱり言わない方がいいのかもしれない。お互い知らない振りをしているのが。迷っていると吉田くんが口を開いた。

「俺も、彼女と別れたんだ、さっき」

「……」

 うん。みんなが言ってた。

「俺が振っちゃったんだけど。でもやっぱり気分は良くなかったよ」

「……」

「今こうしてるだけで、俺もいやな気分忘れられそうだ」

「うん」

 きっと吉田くんも、教室に行きたくなかったんだ。さっきの私みたいに。


 鳥が、飛んでいる。校庭から、ピーッと言う笛の音が聞こえた。体育してるんだ。そうだ、今授業中だもんね。


「あたし、さぼったの初めて」

「えっ! マジで?」

「うん。すごいドキドキするね」

「ごめん、誘って」

「全然! 感謝してるよ、ありがと」

「……」


 今言った事本当だよ。さっきまでの、落ち込んでいた自分が嘘みたい。ここに来てよかった。


 その時、右の方から真っ直ぐ飛ぶ飛行機と、その後ろから真っ白な飛行機雲がついてきたのが見えた。

「あ、見て!」

 思わず右手を上げて、飛行機雲を指差す。吉田くんの言ったとおりだ。

「ほんとに来た! 飛行機雲」

「あ……」

「綺麗だね。すごい」

「うん」


 ありがとう吉田くん。私またひとつ元気になれたよ。パンと飛行機雲。どっちも私に元気をくれた。


 不思議と彼の隣は居心地が良くて、このままずっとさぼっててもいいかな、なんて……思ってしまったんだ。





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