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片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
番外編 栞編
34/91

1 失恋と優しい味




 あ、飛行機雲だ。

 六月の空を見上げると、真っ白い飛行機雲が伸びていくのが見えた。梅雨の晴れ間の気持ちのいい空。


 ひとつ小さく深呼吸をして、一人裏庭でその人を待つ。心臓が破裂しそうにドキドキいって、頭の中はさっきから同じことしか繰り返していない。


『好きです。付き合って下さい』


 上手く言えるかな。友達だし、急に敬語はおかしいかもしれないけど、でも大事な事だしその方がいいよね。


 校舎の角から人影が現れた。途端、心臓がぎゅーっと締め付けられたみたいになる。

 ――相沢くんが、来た。


 手が震える。両手を握り締めて、もうひとつ小さく深呼吸した。私の姿を見つけると、相沢君はこちらへ一歩ずつ近付いて来た。

 栞、言うんだよ、好きだって。でも、どうしよう、涙が出そう。やめればよかったかな。やっぱり言うのやめようかな……。駄目、せっかくわざわざ昼休みにこうして来てくれたんだから。


 相沢くんは私の前で立ち止まって、何も言わずにこちらを見ていた。目が合わせられない。相沢くんの足下を見つめながら言葉を吐き出す。


「あの、ごめんなさい急に」


 そして……告白した。告白できた。声が震えてしまったけど。


 相沢くんはあんまり愛想もなくてぶっきらぼうだけど、たまに優しくて親切なんだ。彼のそんな所に惹かれてしまった。もう自分の気持ちが抑えきれなくて気持ちを告げようと決めて、今こうして相沢くんの前にいる。


「悪いけど……」

「……」

「俺、鈴鹿さんの事嫌いじゃないけど、好きってわけでもないんだ。付き合うとかも、考えられない」

「……」

「ごめん」

「……ううん」

「……」

「あ、ごめんね。急に呼び出しちゃって」

「じゃあ」

「うん、じゃあ」


 相沢くんは一瞬だけ申し訳なさそうな顔をして、くるりと私に背を向け歩き出した。


 ……やっぱり、駄目だった。断られるの何となく、わかってたんだ。


 去っていく相沢くんの背中を見つめると、さっき言われたごめんっていう言葉が胸に突き刺さる。ううん、私の方こそごめん、友達だったのにこんなこと言って。きちんと答えてくれてありがとう。そう言いたかったけど、上手く言えなかった。


 相沢君がいなくなっても、そこから動けなかった。今教室には戻りたくない。私はのろのろと歩いて、傍にあった樹に背中をつけて寄りかかって座る。


 好きだって伝えるだけでいい。きっと無理だから。そう思っていたのに、涙が溢れてきた。上を見ると、青空が綺麗。よけいに涙を誘う色だった。


「あーあ」

 馬鹿かもしれない私。明日からどうしよう。ううん、午後の授業だってまだ残ってる。同じクラスで同じ委員会なのに。顔を合わせなきゃならないのに。やっぱり何も言わないで、このまま気持ちを抑えていたほうが良かったのかな。


 自分のしたことが恥ずかしくて、急に自分が嫌いになりそうで涙が溢れて止まらなくなった。

 膝を抱えて俯いて足下を見る。風が吹いてきた。梅雨の晴れ間の、優しい風。頬をそっと撫でてくれた。

 どんどん涙が零れて、ずっ、ずっと音を立てて鼻をすすらないと、もう止まらない。相沢くんの声、後ろ姿、思い出しては苦しくなる。


「あの……」

「きゃっ!」

 ……な、何? 樹の後ろから声を掛けられた。え、嘘、誰かいたの?! 思わず悲鳴をあげた。

「あの! こっち見ないで下さい。絶対振り向かないで」

 誰? 男の子の声だ。振り向くなって、どういうこと? 今の全部聞いてたのかな。私が振られたことも、泣いてたことも。


「これ、あげます。めちゃくちゃ美味しいから最後までとっておいたんだけど。これ食べて元気出して」

 どこかで聞いた事があるこの声。樹の横から手と一緒に、パンが差し出された。

 これ、あのパン屋さんの焼きそばパンだ。このパン、貴重なのに。元気出してっていうことは、やっぱり聞いてたんだ。


「……いいの?」

 動揺しながらも、ずうずうしくパンを手に取ってしまった。

「ありがとう」

「……」

「このパン屋さん……コロッケパンも美味しいですよね」

「え」

「でもあたしも、焼きそばパンが一番好き」

 この人がくれたパンを手にして一瞬迷ったけど、食べてみようと思った。

「……いただきます」

 パンの袋を開けると、いい匂いがした。口に入れると、柔らかくて優しい味がする。その瞬間、また涙が溢れた。哀しいんじゃない。パンをくれたこの人の優しさに、涙が零れた。

 泣きながら、パンをもぐもぐ口に入れる。私何やってるんだろ。けど嬉しかった。本当に少し、元気になれるかもしれない。


 しばらくすると、その人が立ち上がったような気配がした。見ないでと言われたけど、でもちょっとだけ……見てみたい。誰なの? 私の知ってる人? 涙を拭いてそっと振り返る。

「あ……」

 吉田、くん……? そうだ、あの後ろ姿、同じクラスの吉田くんだ。多分。


 目の前のかじりかけのパンを見つめる。これ、吉田くんのだったんだ。

 見られちゃった……振られたところ。でも知ってて、あえて何も言わないでいてくれてるんだよね?じゃあ私も、吉田くんの背中見なかった振りしよう。


 いつの間にか、涙はもう止まっていた。


 手にしたパンをもう一度口に入れ、空を見上げて優しい味をゆっくり噛み締めた。





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