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32 呆れるくらい何度も





 一体何が起きたのか、俺の頭が理解するまで、随分時間がかかったような気がする。

 そしてその時の俺の顔はもう、思い出したくもない。真っ赤になり、涙が零れそうだったから、制服の袖で慌てて目をごしごし擦って……嬉しくてしょうがないのに、情けない事に声も出せなかった。

 これが学校一のモテ男かよ。


 でも俺、彼女の前では、ただの男なんだ。一人の女の子に恋してる、ただの男なんだよ。


 そしてまた情けない事に、彼女に伸ばした手が震えていた。でもどうしても、触れたかった。震える手で彼女を壊れ物を扱うようにそっと抱き締める。


「……どうして、パンをあげたのが俺だってわかったの?」

「ここでもらった焼きそばパン食べながら、吉田くんが走っていく所見ちゃったの」

「え、じゃ、ずっと?」

「ごめんね。でもあたしもあんな所見られちゃって、恥ずかしくて言えなかっんだ」

 俺が見てしまった事、ずっと知ってたのか……。

「屋上に初めて一緒に行った時、その事聞いて確かめようかとも思ったんだけど、話が流れちゃったし、吉田くんが知らない振りしててくれたのが嬉しかったから」

 彼女の髪の香りが、今までで一番強く自分の中に入ってきた。


「俺も、栞ちゃんの事、ずっと好きだったんだ」

 彼女が顔を上げる。今日は目を逸らさない。彼女の目を見て絶対に言うんだ。

「俺、初めて……女の子に恋したんだ。本気で好きになったんだ。栞ちゃんのこと。信じてもらえないかもしれないけど」

「……」

「栞ちゃんに逢うまで、全然知らなかった気持ちだったんだ。俺、栞ちゃんの事好きになって、ずっと片思いだと思ってた。ノートに好きだって書いたのも、この前彼女になればって言ったのも、冗談じゃなくて全部、全部本気だったんだ。……上手く伝えられなくて、ごめん」

 腕の中の彼女が、微笑んで俺を見つめる。

「だから……今も信じられない。すごい、嬉しい」

「ありがとう」

「あの、もう一回、聞いてもいい?」


 本当に信じられなくて、もしかしたら夢の中の出来事だったのかもしれないと、何度も聞いてしまいそうだった。

「うん」

「ほんとに? その、ほんとに俺の事……」

 俺の腕の中にいる彼女は、恥ずかしそうに俯いて答えてくれた。

「……好き、だよ」

「ありがとう。ごめん、手が震えて……情けないな、俺」

「ううん」

「俺も栞ちゃんが、好きなんだ。本当に本当に、好きなんだ。好きで好きでしょうがなかった。ずっと言いたかった。大好きなんだ……!」

 胸が一杯で苦しい。上手く伝えたいのに、ちっともかっこよくない。ただ好きだってそればっかり繰り返すしかできないよ。

 呆れられたかもしれない。けど、好きだって言いたい。何度でも。何百回でも。何万回でも。

 嬉しくて……泣いちゃいそうだ、俺。


「うん……私も、大好き。栞でいいよ、涼」

「!」


 俺の名前、呼んでる。呼び捨てで。……大好きって、言ってくれた。


 やばいやばい……どうしよう、どうしよう。学校の裏庭なのに、どうしてもキスしたくなった。駄目かな。ちょっとくらいならいいかな。ああ、でもちょっとで済むかな。


 不思議だ。彼女相手だと、どうしてここまで駄目になれるのか……。


 何迷ってんだ、たかがキスだろうが。いいや、俺にとっては彼女とのキスは死ぬほど大事なものなんだ。だからだから、ああーもう! 何なんだこの漫画みたいな頭の上の天使と悪魔は!


 とか何とか考えてるうちに、気がつけば目の前に、さっき屋上に来た三人が俺たちを見下ろしていた。

「いっ! な、何だよおまえら」

 慌てふためく俺に、三人は口々に言った。

「……ふうん、そういう事だったんだ」

「最近付き合い悪いと思ったら」

「はいはい、後は仲良くね」

 皆は呆れたように笑って、栞ちゃんに目を向けた。


「鈴鹿さんなら、きっと涼とうまくいくよ」

「え……」

「うん。あたしもそう思う」

「涼、鈴鹿さんのこと大事にしなきゃ駄目だからね。今度こそ」

 三人は俺の顔を見た。

「ああ、大丈夫だよ。絶対絶対大丈夫!」

 そうだ。そんな心配全然ない。初めてだよこんな事。絶対大事にする。ずっとずっと彼女が俺の傍にいてくれるように。


「そうだ。あたしたちが作ったお弁当でお祝いすれば?」

「そうだよ。どうせ涼のために作ってきたんだからさ」

「まだ屋上にそのままあるから、二人で行っといで!」

 お前ら……いい奴じゃんかよ、ほんとに。

「いいのかよ?」

「美緒に頼まれたんだ。涼が最近元気がないから励ましてあげてって。美緒は彼氏いるから無理だし」

「好きな子の事で悩んでたんだって~? 何であたしたちに相談しないわけ?」

「そうだよ。鈴鹿さんの事だってわかってたら、何とかしてあげたのに」

 い、言えるかそんなこと! そうか、美緒、気使ってくれたんだな。

「鈴鹿さんも食べて」

「うん。ありがとう」

 栞ちゃんも嬉しそうに笑った。彼女と目を合わせ、一緒に二人で立ち上がる。

「ありがとな! じゃ、行こう……えっと」

「?」

 栞ちゃんが、ん? って顔をした。俺の大好きな表情だ。言うぞ。言ってもいいんだよな?


「……栞」


 少し恥ずかしくて、目を逸らして彼女に手を差し出した。

「うん、涼」

 俺の手を取った彼女と一緒に、その場から駆け出す。


「ちょっと涼の顔……見た?」

「あんなに真っ赤になっちゃって。ちょっと引くわ」

「でもまあ、あそこまでやられると、逆に気持ちいいよね」

「ほんと」


 後ろで何か言っていた気がするけど、もう前しか見えなかった。校舎に入り、彼女は靴を履き替え、あの時と同じ様に階段を一緒に駆け上がる。


 まだ信じられない。屋上の扉を開けたら、全部夢だった……なんて夢オチだけは勘弁してくれよ? 確かめるように、横にいる彼女の顔を覗き込む。



 優しく俺を見つめる瞳に確信を持って、二人で扉を一気に開けた。






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