表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/91

29 失くした恋





 学校の文化祭があと三日に迫った。


 あれから、結局栞ちゃんとは何の話もしていない。

 目が合ってもどちらからともなく逸らして、話をするきっかけも掴めなかった。


 俺の落胆ぶりを見て、高野も原も何も聞かずにそっとしておいてくれた。それだけは感謝だよ。


 隣の席だっていうのに、こんなに近くにいるのに、彼女が遠い。辛いな。どうしたら、いいんだろ。


 やっぱ、軽かったよな。そうだよな。名前の事といい、俺の彼女になれば、なんて事といい、栞ちゃんにしてみればきっと一番嫌なパターンだ。もう……嫌われたな。

 でもあの時の彼女の言葉、何だったんだろう。

 もう一度聞いてみたい。嫌がってるようには聞こえなかったけど、でも俺の勘違いだったら、もう立ち直れなさ過ぎる。怖くて電話どころか、メールすらできなかった。


 午前の授業が終わり、栞ちゃんの前の席の女の子の所にやって来た子が、とんでもない事を話し始めた。

「ね、鈴鹿さん告られたらしいね」

 栞ちゃんは、席を立っていてここにはいない。俺の前の席の男は休みだったから、その子はそこに座り、続きを話し始めた。つまり二人は俺の目の前で会話をしている。


 ……告られた? だ、誰なんだよそれ! 俯き、まだノートに書き込んで授業の整理をしている振りをしながら、俺は必死で聞き耳を立てた。

「え、うそ、誰に?」

「2組の井上君」

 い、井上?! マジかよ。俺、あいつと去年同じクラスだった。

「付き合うのかな」

「それがね、好きな人がいるからって断ったらしいよ」

 二人の声が一層小さくなる。

「好きな人って……もしかしてそれ、相沢くんの事じゃない?」

 俺の胸がずきんと痛んだ。

「あー有り得るよね。一年の時、よく噂になってたもんね、あの二人」

「相沢くんも最近、好きな子がいるからって告白断ったらしいよ」

「ほんとに? 珍しいね、その言い方。今まで好きな子いるなんて、聞いた事なかったし。じゃあやっぱりそれって、鈴鹿さんのことなのかな」

「もう既に付き合ってたりして」


 俺は下を向き、机に教科書とノートを入れた。手が、手が震えてるよ。息が苦しい。

 相沢も? ……栞ちゃんを好きになったのか? 嘘だろ、今更。嘘だと言ってくれ。


「ほら、二人でいるよ」

「ほんとだ……どこ行くんだろね」

 慌てて顔を上げ前を見ると、相沢と栞ちゃんが二人で教室を出て行く姿が見えた。

 え、待ってくれよ。ちょっと待ってくれよ。涼、早く二人を追いかけろ! 今すぐ追いかけて……。


 追いかけて、どうするんだよ。

 相沢が栞ちゃんを好きになったとしたら、彼女にとってこんなに嬉しい事はない。そうだ、彼女が相沢を好きなのはわかってた事じゃないか。けど……相沢も彼女を好きになるなんて、思ってなかったんだよ俺。


 それで、俺は?

 俺は二人に向かっておめでとうなんて、言うのか?

 言えるわけない。言いたくない。当たり前だろ? 彼女の事こんなに好きなんだから。絶対に俺の方が相沢より、あいつより彼女の事好きだって自信がある。でもだからって何なんだよ。彼女に想われてなきゃ、そんなの全く意味がないじゃないか。


 もう目の前が真っ暗になったみたいだった。頭がガンガンする。胸も痛いどころか、気分が悪くなってきた。恋わずらいの、あの一番ひどい奴に襲われている気がする。


 そうか。俺、失恋したんだ。だからこんなに辛いんだ。


 もう足取りも覚束おぼつかない。歩いている感覚もなかった。ふらふらと屋上に向かう。


 涼、お前とうとう振られたんだよ。

 彼女に何にも伝えることなく、やっぱり振られたんだ。

 あの時どうしてちゃんと好きだって言わなかったんだよ。あんな風にしか彼女に言えなかったなんて、ほんと馬鹿だよお前は。振られて当然なんだよ。


 頭の中がごちゃごちゃしてよくわからない。もう考えるのも、疲れた。


 結局最後まで……あいつには適わなかったんだ。



 腰を下ろし、空を見上げる。綺麗な空だ。もう秋も深まって、高くて青い空が広がる。本当ならもっと寒い時期だろうに、小春日和ってやつで今日は暖かい。


 不思議と、涙も出なかった。



 ただ、ここで彼女と一緒に過ごした事を、ぼんやりと思い出していた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ