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27 近すぎる距離 (2)





 教室へ急いで戻り、席に着く。勿論彼女は俺の右隣にいた。

 あいつらと話をしたら少しだけ落ち着いたのか、さっきよりは緊張が治まってきた。


 次、現国だっけ。机の中に手を突っ込み、がさがさと教科書を探す。あれ? まだ鞄の中か。鞄を探ったけどない。やべ忘れたのか。いーや別に。

 ……どうやって言おう、彼女に。帰り誘ってみようか? それとも……。ノートを取り出しシャーペンを手に持ち、くるくる回してると栞ちゃんが俺に声をかけてきた。


「吉田くん、教科書忘れたの?」

「あ、うん」

「はい」

 彼女は自分の教科書を机の左端に置いた。

「見える?」

「え、ああ、ごめん」

 一番後ろのしかも左端の席だから、確かに栞ちゃんしか頼りに出来ないんだけどさ。

「よいしょ」

 急に彼女が机をずらして、俺の方に移動してきた。

「これならよく見える?」

 あ、あのさ、見えるけどさ、栞ちゃん恥ずかしくないのかな。机と机の距離は五センチくらい。くっついたわけじゃないけど、いやほとんどくっついてるだろこれ。


 せっかく落ち着いたと思った心臓が、またズキズキと音を立て始めた。さっきまでのあの距離でも辛かったのに、これから五十分間これか。嬉しいんだか、嬉しくないんだか。これが蛇の生殺しって奴か。貴重な体験だな、ははは……。


 彼女は俺との机の間に、教科書を広げて乗せた。

「あ、ありがとう」

「ううん」

 お礼を言って左手で頬杖を付き、彼女の教科書を見つめた。きちんとラインが引かれ、いろいろ書き込んである。俺みたいに、作者の写真の頭にヅラ書いたり、アフロ書いたりはしないか。と思ってよく見たら、作者の頭にリボンが……しかもまつ毛長えー!

 思わず、少し吹き出してしまった。栞ちゃんもこんなことするんだ。笑ってる俺に気がついたのか、俺の顔と教科書を交互に見つめて、彼女は焦った顔をして言った。

「見ちゃった?」

 小さな声で言うから、俺もひそひそと話す。

「俺もやってるよ」

「どんなの?」

「書いてもいい?」

「いいよ」

 期待する彼女の顔は、何て可愛いんだろ。

 俺が遠慮もせず作者の頭と顔に落書きしていると、彼女は両手で口を押さえて笑っていた。その顔を見て俺も嬉しくて可笑しくて、でも声は出さずに笑う。何だかさっきまでの緊張とか、辛い気持ちとかが嘘の様にどこかへ行ってしまった。


 彼女もシャーペン片手に一緒に書き始めた。もうこれ誰だかわかんねえよ。二人で腹を抱えて声を出さずに肩で笑っていると、後ろから頭を教科書で叩かれた。

 え、後ろから? やべ、先生だった。全然気がつかなかった。栞ちゃんも一緒にポンと教科書で頭を叩かれてしまった。

「ごめん、調子に乗りすぎた」

「ううん。可笑しかったね」

「うん」


 彼女の笑った顔を見て、俺は自分のノートに書いた。そう、書いたんだ。そしてそれを栞ちゃんに見せた。


『返事はいいから』


「?」

 彼女は何だろう、という顔をする。

 そしてもう一度、書いた。


『好きなんだ』


 彼女はその言葉を見つめ、俺の顔を見上げる。俺は彼女の顔を見て、少しだけ笑いかけた。

 その後、すぐに先生がまたこっちに戻ってきたから、それ以上は何も書けなかった。


 これだけじゃ、意味わかんないか。

 栞ちゃんのこと好きだって書かないと、駄目だよな。何が好きなんだかさっぱりわかんないよな。

 授業中なのに、学校の教室でなんて、俺どうかしてる。でも今なら言えるって思った。彼女の笑顔を見ていたら、今だって。

 でも駄目だ。多分全然わかってない。ちゃんと伝えないと。


 黒板に目を向け、授業を聞いているとあっという間に時間が過ぎていく。もうすぐ、五十分が終わってしまう。終わる前に書くんだ。急いでシャーペンをノートに走らせた。


『今日、帰りヒマ?』

 彼女はそれを見て、俺のノートに自分のシャーペンを向けた。

『バイトがあるけど、それまでだったら』

『じゃあ、栞ちゃんが降りる駅で待ってる』

 彼女が降りる駅を聞き、そこで待つ事にした。

『改札出た所で待ってるから。ちょっとつきあってほしいんだけど、いい?』

『うん』


 自分でも驚くほど、俺は落ち着いていた。もう……いくしかない。



 五十分が過ぎ、彼女は机をずらし俺から離れ、自分の場所へ戻っていった。






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