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25 渡した言葉





「え、大丈夫? 何かされた? どっか痛いの?」


 俺が驚いて聞くと、頭を横に振って栞ちゃんは泣きながら俺の傍に駆け寄り、大声を出した。

「ごめんね! ごめんね。痛かった?! ご、ごめんね?!」

「え、ああ、全然大丈夫だよ。ね? ほら何ともないよ」

「でも、でも血出て、る、うっ、ううっ」

「こんなの全然大丈夫だから。泣かないで、ね?」

 どうしよう、泣かせちゃったよ。怖がらせちゃったかな。あの男、余計な事しやがってええ! やっぱり一発食らわせときゃ良かったか?

 彼女の鞄が転がっていた。拾って土をはたき、彼女に持たせる。


「ごめん、びっくりさせちゃった?」

「なんで、吉田くんが謝るの……」

「いや、だってあの先輩、俺の事が原因でこうなったんだからさ」

 俺はごそごそとポケットを探った。

「これ、使って」

 よーし、今日はちゃんと綺麗なハンカチが入ってたぞ。

「……吉田、くん」

「もう、大丈夫だから」

 恥ずかしかったけど、ハンカチで涙を拭いてあげた。あー手が震える。でも泣き止んで欲しかったからさ。泣き止んで、くれるかな。


「どうして」

「え」

「……どうしてそんなに、優しいの?」

 俺が? 優しい?

「いつも……」

「いつも?」

「うん」

 いつもって、いつだろう。確か前にもこんな風に言われた事があった。そうだ、金魚をあげた時だ。

 俺、優しくないよ。自分の事ばっかり考えてるし。


 俯いて泣く彼女の肩が、とても小さく見えた。抱き締めることはできないけど、少しだけ彼女の背中に触った。彼女は俺が渡したハンカチで涙を拭っている。


 小さい頃、自分が母親にそうしてもらったように、トントンと彼女の背中を静かに叩く。何回か叩くと落ち着いたようで、ゆっくりと顔を上げ、俺の方へ目を向けてくれた。良かった。泣き止んだみたいだ。

「あのさ、栞ちゃんの友達が俺に教えてくれたんだよ。それで、俺が先に帰ってくれって言ったんだ。傍にいて、変な事されたら嫌だしさ」

「うん」

「だから、別に栞ちゃんの事、置いて行っちゃったわけじゃないんだよ? すごく心配してたし」

「うん」

「俺が言ったから、」

「うん、大丈夫わかってる」


 彼女は自分の涙を拭ったハンカチを畳みなおし、俺に手を伸ばした。

「ありがとう、吉田くん」

 ハンカチを俺の口の端に当て、まだ出てる血を拭ってくれた。

「……」

「本当に、ありがとう。いつも」


 俺を見つめる彼女の眼差しは、今までにないくらい真剣なものに感じた。いつもと何かが、違った。


「……洗って返すね」

「いいよ」

「ちょっと待って」

 彼女は鞄にハンカチを入れ、代わりに何かを取り出した。

「あ、これじゃかわいすぎるよね」

 それはキャラクターつきの絆創膏だった。

「ごめん、他になかったかな」


 俺は、引っ込めようとした彼女の手首を掴んだ。

「大丈夫。つける」

「吉田く……」

「自分じゃつけられないから、つけて」

 彼女、びっくりしてる。そりゃそうだよな。こんな言い方したことないし。手首まで掴んで。でも、何だかもう止められなかった。少しだけ我侭言いたくなったんだ。彼女の目を見ていたら、許されるような気がして思わず言ってしまった。


 そっと手首を離して、少しだけかがんで彼女に近付いた。テープを剥がし、彼女は俺の口の端に絆創膏を当てる。上から優しく押さえてくれた。……胸が、痛い。


「……」

 何も言わずに彼女の瞳を見つめた。


 どうしよう、好きだって言いたい。

 ここでこのまま、大好きだって言いたい。

 目の前の彼女を抱き締めて、好きでしょうがないって伝えたい。


 ……けど、今は駄目だ。彼女は泣いた後だし、気持ちも弱ってる。俺に対して、申し訳ない気持ちも持ってる。そんな時に好きだっていうのは、なんか、卑怯だ。


 彼女の瞳から目を逸らし、小さなその肩に触れ、一瞬だけ彼女を自分の胸に引き寄せた。好きだという言葉は飲み込んで、違う言葉を渡した。


「ありがとう」


 すぐに身体を離し、自分の鞄を拾って肩に掛け歩き出す。

「……帰ろう。送るから」

 少しの沈黙の後、微かに彼女の声が届いた。

「……うん」


 いつもだったら、こんな風に彼女に触れることなんて絶対にできないのに、今日は何だか……抑えられなかった。ほんの少しだけでも伝えたかった。好きだっていう気持ちを。口に出してはいけなかったから、別の形で伝えたかった。


 涼しく感じるようになった風が顔に触れて、さっきの傷が痛んだ。彼女が貼ってくれた絆創膏に指で触れると、もっと痛む。


 夕暮れの土手沿いを、何の言葉も交わさずに、そのまま駅に向かって二人並んで歩いた。





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