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22 一本のシャーペン





 昼休みの図書室。

 彼女はたまにここで一人で本を読んでいた。ほとんどは友達と昼休みを過ごしているようだったから、こうしてここで会えるのは本当に貴重だ。


 制服、乱れなし。だらしなくないよな? ちょっと前髪を触って整える。……よし。心臓が少しずつ高鳴るのを、深く呼吸をして何とか静める。そして頭の中で繰り返す。

 何読んでんの? 何読んでるの? 読んでんのじゃなくて、読んでるの? の方がいいか。……うーん、何回も繰り返すと何だかわからなくなってくるな。


 高野と原に励まされ、友達以上の関係を目指す俺は結構頑張っていると思う。この前も、昼にパンを一緒に食べられたし、メールも三日に一回はしている。まだ一緒に帰ってはいないけど、今もこうして栞ちゃんの所に来ている。


 で、何が言いたいかと言うと、俺こういうの全部初めてなんだよ。

 自分から誘ったり、メールしたり、声かけたりするって事が。今までずっと誘ってくるのは女の子の方からだったし。だから、どうしたらいいのか正直よくわからない。どの程度なら、しつこくないかとか、嫌われないかとか。ちょっとした事でも悩んでる。

 俺、女の子からのメールが面倒で無視したことも度々あった。それが自分の彼女でも。ひどいよな、よく許されてたと思う。もし栞ちゃんにそんな事されたら……駄目だ、立ち直れない。返事をしてくれる彼女に本当に感謝だよ。


 図書室は独特の匂いに包まれ、しんとした空気が心地よい緊張感を連れて来る。窓際に座る彼女の髪が、秋の柔らかい陽に当たり、茶色に輝いて見えた。


 ちょうど隣の席は空いている。少しずつ彼女に近付き、もう一度呼吸を整え、少しかがんで小さな声で囁いた。

「何、読んでるの?」

 俺の声に驚いて顔を上げた彼女は、すぐにその表情に笑みを浮かべた。嫌がっては……ないよな?

 彼女は空いていた自分の隣の椅子を引き、俺に座るよう促した。


 彼女の隣に座るだけだ。

 なのに俺の左半身はどうした事か、恐ろしいくらいの緊張に包まれていた。左に彼女がいるだけなのに。自転車に乗った時よりも緊張している。

 ちらりと彼女の手元を見ると、読んでいた文庫本の表紙を見せてくれた。誰もが知っている有名な文学小説だ。俺も読んだ事はある。口を開いてその事を伝えようとすると、彼女の手が俺の制服の左腕を掴んだ。


 思わず仰け反りそうになるのを、反射的に押さえる。静かな図書室中に、俺の心臓の音が響き渡ってるんじゃないかと思う程、それは大きく波打ちズキズキとこめかみにまで響いてきた。いだだだ、頭痛い!


 彼女は俺の目を見つめ、自分の唇に指を当てた。なに、何だよその可愛い行動は!

 彼女は本の横に置いてあったメモ帳の一枚を破いて書き始めた。


『皆勉強してるから、これでもいい?』


 あ、あそうか。声出すなってことか。

 彼女は自分のシャーペンを、こくこくと頷く俺に渡した。はあ、死ぬかと思った。


『その本俺も読んだ』

『ほんとに? 最後言わないでね』

『えーと最後はね、その男が』


 突然俺の左腕に小さな痛みが走った。彼女が俺をつねった痛みだった。う、嬉しい! って変態か俺は。


『言わないでって言ってるの!』

『痛いって』


 彼女と視線を合わせ、声は出さずに二人で笑った。

 一本のシャーペンを二人で交互に何度も使う。何だか妙に嬉しくて嬉しくて、顔がにやけてしょうがない。


『いい話だよ』


 その言葉に彼女は俺を振り向き微笑んだ。急に恥ずかしくなり、彼女から視線を移し、何冊かあった本の中から適当に選んで指を差す。


『~かわいい手作りお菓子~』


 すると彼女の頬は赤くなり、きっとその手作りお菓子を誰かにあげるんだろうって事が、俺にはわかってしまった。そして思い出さなくてもいいことを思い出した。もうすぐ相沢の誕生日だった。詳しい日にちはわからないけど、さっきここに来るまでに、女の子たちが話しているのを聞いてしまった。……もしかしたら。


『誰かにあげるの?』

『うん』


 その言葉に胸がちくりと痛む。少しの間を置き、手が震えないよう気をつけながら続きを書き込む。


『まだ』


 そう書きかけて、やっぱりやめた。彼女が不思議そうな顔をして俺を見つめる。その視線が痛くて目を逸らした。


「これ……ちょうだい」

 そう言ってメモ紙を手にし、シャーペンを返して、先に教室に行くからとその場を後にした。急にその場を離れたりして、変に思われたかな。


 彼女との会話。二人だけの秘密の様な気がして、図書室を出てから廊下でその文字を見つめる。

「少女マンガの主人公かっての……!」

 俺は溜息を吐きながら独り言を言って、その紙を折りたたみ、ズボンのポケットに突っ込んだ。


 ――まだあいつの事、好きなの?


 そう書きたかったけど、やっぱりやめた。怖かったんだ。肯定されるのが。

 馬鹿だな、俺。もっと会話したかったのに自分からそんなこと書こうとして。それに、名前は出さなくても、『あいつ』なんて書いたら、俺が告白現場を見てしまったことがばれる。やっぱり書かなくて良かった。


 いつまでこんな事やってんだろ、俺。もう、告白しようかな。もしかしたらもうあいつの事、好きじゃないかもしれないじゃないか。

 でもさっき誰かにあげる、って言ってた。そしたらあいつしかいないよな。でももう既に一回振られてる訳で。も、もしかしてリベンジしようとしてるのか?!


 また落ち込んできた。

 やっと少し仲良くなったと思ったのに。まだ、駄目なのかな。でも涼、告ってどうするんだよ。振られたらそれこそ今までの事が全部振り出しに戻る。戻るどころか、もう友達としてもやっていけないかもしれない。それだけは、嫌だ。だったら友達のままで居た方がいいような気もする。


 でも……それで本当にいいのかよ。相沢じゃない他の男に取られたら? 高野の言葉が頭の中に浮かぶ。いや、相沢だって嫌だ。

 俺にはそんな事言う資格なんてないのに、嫌でたまらないんだ。彼女の隣にいるのは俺でありたい。いつから俺、こんなに欲張りになってんだ? 少しだけでもいい、近づければいい、それだけでもいいって思ってたのに。


 もし、もしも彼女が他の誰かを選んだら、ほんとに俺どうなるんだろう。怖い。怖くて想像出来ない。



 彼女をこうして思うだけで……こんなにも苦しいのに。






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