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21 君のとなりで





 昼休みに栞ちゃんと約束をした俺は、授業中からずっとそわそわしてた。

 あー時間よ早く過ぎてくれ。そして昼になってくれ。


 何回も窓の外を見る。

 急に雨降ったりしないだろうな。さっきケータイから天気予報調べたけど、完璧晴れだったから大丈夫だよな。

 ん? でも確か原が雨男だった。斜め後ろの原を振り向く。ほんと頼むよ、お前。今日は昼休み外出るな。な? 教室でゲームしとけ。俺の貸してやるから。……と念を送る。俺の念に気づいたのか、原が顔を上げた。

「何だよ、涼」

「受け取ったか?」

「? え、何て?」

「何でもない。俺のゲームソフト貸してやる。昼休み」

「え、ああ。って何だよ急に」

「別に」

 ちょっとにやけてたから、変に思われたかもな。今言うとあれだからな、栞ちゃんとのお昼の事は、高野にもお前にも事後報告するよ。


 やっと午前の授業が終わり、昼休みになった。原にソフトを預け、屋上に向かう。彼女の姿はまだ教室だったから、俺の方が先に着いてしまうかもな。

 待ってよう。

 待ってるのも、すごく楽しいよな。朝買ったパンを持ち、階段を駆け上がった。ゆっくりなんて無理だった。今の気持ちと同じ様に、二段づつ抜かして階段を駆け上がる。

 重たい扉を開けると、青い空が広がった。

 ああ、あの時と一緒だ。変わったのは夏服だったのが、今はブレザーを着込んで冬服になっているって事と、俺が彼女を好きになったって事だ。いや、きっともうあの時には、俺は彼女を好きになってたんだ。気づかなかっただけでさ。

 柵に手をかけ、校庭を眺めながら彼女を待つ。自然に顔が綻んでくる。嬉しくて、何度も息を深く吸い込んだ。あーって叫びたい気分が胸の奥からやってくる。


 扉が開く音がした。来た!

 彼女の姿を期待して振り向くと、彼女ではない女の子だった。……何だ、まだだったか。早く来ないかな。また校庭に目を向ける。


「涼」

 振り向くと、さっき扉を開けた女の子が目の前に立っていた。

「?」

 えーと、誰だったっけ? 隣のクラスの子だったような……。ああ、何回か話したことはある。何だろう。

「……」

 女の子は俺を見つめている。

「何?」

「……あたし、涼のことずっと好きだったの」

 やべ、告白かよ。ちょっと今は勘弁してくれ。目の前の女の子に気を取られていて、また扉が開いたことに気がつかなかった。


「涼が好きなの! あたしが彼女になっちゃ駄目?」

 その子は急に大きな声を出した。

「ありがとう。けど、ごめん。俺、」

「好きなの、本当に……!」

 そう言うと女の子は俺に抱きついてきた。おいおいおい、ちょっと待ってくれよ。俺はすぐにその子の両肩を掴んで俺から引き剥がして言った。

「ごめん、今そういう気ないんだ。だから、本当ごめんな」

「……」

 泣いてる。けど、だからって付き合えない。俺は、俺には好きな子がいる。片思いだけど。想いは通じてないけど。

 女の子は俯くと、走って扉まで行ってしまった。


 そこで俺の心臓が突然大きく跳ねて、動けなくなった。


 栞ちゃん、がいた。こっちを見てた。あ、見てたのか今の。別に悪いことをしてたわけじゃない。だから罪悪感みたいなのはない。

 けど、彼女の申し訳なさそうな、戸惑ったような、そして少しだけ悲しそうな表情が胸に突き刺さって、そこから動けなくなってしまった。


 彼女は俺から目を逸らして、けどパンの袋を持ってこちらへ近付いて来た。

「……ごめんね、遅くなって」

 俺のそばに座った彼女が言った。

「え、ううん」

 俺も彼女の隣に座る。

 今の見てただろうに、彼女は何も言わない。二人で黙ってパンの袋を開けた。

「これ、買ってたの。あげる」

 彼女が差し出したのは、小さなペットボトルの紅茶だった。

「あ……ありがとう。俺、忘れてた飲みもん」

「すぐに行っちゃったから、そうだと思ったんだ」

 彼女はくすっと笑った。あ、やっと笑ってくれた。


 いらないと言われたけど、飲み物代の小銭を渡して彼女に言った。

「俺、早く来たかったんだ。屋上に」

 そう、早くその笑顔が見たかったんだ。

「そんなにお腹空いてたの?」

「え、あ、はははっ! そうだけどさ、それだけじゃないよ」

 彼女の答えに思わず笑ってしまった。だんだんさっきまでの、気まずさが消えていく。

「早く一緒に食べたかったんだ。こうやって」

「え……」

「栞ちゃんと、さ」

 俺はそう言って、すぐにコロッケパンに手を出し、口にもぐもぐと入れた。

 これくらいならいいよな、言っても。そう、目の前の青空見てたら素直になりたくなったんだ。どういう風に思われてもいいや。だって俺のほんとの気持ちだから。

 けど、やっぱり恥ずかしくて彼女の顔は見れない。目の前の青空とパンを往復して眺めるだけだった。


「……あたしも」

「え」

「あたしも、早く屋上に来たかったんだ」

「……」

「授業中からずっと」

 彼女の言葉に、胸がずきんと痛んで急激に顔が赤くなっていくのがわかった。どういうことだろう。俺と同じ気持ちで言ってるのか? まさか、そんな。それは俺の期待しすぎだよ。

「……腹、減ってたから?」

 恐る恐る彼女の方を振り向いて、同じ様に聞いてみた。すると彼女も笑った。

「吉田くん、顔にコロッケ付いてるよ」

「えっ!」

 何だよ、そっちに笑ったのかよ。は、恥ずかしい。

 俺が自分の顔に手を伸ばそうとするより先に、彼女が手を伸ばしてきた。

「取れたよ」

「あ、ごめん」

「……食べちゃえ」


 え? ちょ、ちょっと。何した? 今。彼女はそれをぱくんと口に入れると、そのまま何事も無かったかのように自分のパンにかじりついていた。茫然とする俺とは逆に、彼女は至って冷静だ。せっかく早起きして買ったパンなのに、その後何も味なんてわからなかった。


 結局、俺が告白されていた話題は出なかった。

 そうだ、必要ない。今は関係ない。俺は目の前の彼女が好きなんだ。大好きなんだ。だからこのままでいればいい。

 俺が買ったラスクを二人で食べて、顔を上げて青空を眺めた。


 ずっとこうしていられたらいいのに。

 このまま彼女を独り占めできたらいいのに。

 俺の隣にいつまでもいてくれたらいいのに。


 この願いがいつか叶う日なんて来るんだろうか。


 それでも今日は、届きそうで届かない彼女の心に、ほんの少しだけ寄り添えたような気がした。







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