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16 保健室





 相沢が彼女に笑いかけたあの日から、何日かが過ぎたけれど、別に二人の仲は進展していないようだった。二人が一緒にいる所も見なかったし、二人が付き合っている、というような話題もどこからも聞かなかった。一先ず安心して自分を保ちつつ、何とか過ごしている。


 このくそ暑いのに、今日の体育はバスケだ。体育館は一年が使ってる為、俺達はここ、中庭でバスケをやるはめになっていた。

「……あっちーな」

「やってらんねーっつうの」

 高野と二人ぶつくさ文句を言いながら、バスケットボールを投げ合う。一通り練習が済んで、試合が始まる。俺のチームの相手は……相沢がいるチームだ。

 暑くてやる気なかったけどな、俄然湧いてきたぜ戦いの血が! ぜーったい絶対勝ってやる! 今日は女子も外で体育だ。何気に皆見てる筈だ。きっと栞ちゃんも。


 ピーッと笛が鳴り、試合が始まった。あいつ背が高いからな、結構有利だ。俺だって変らない。何度かあいつのボールを奪ってやった。うおっし! 見てるか、栞ちゃん! ゴールも決めてやったぞ! よしよしよし! このまま行けば俺たちのチームが勝ちそうだ。

「涼!」

「こっち!」

 ……その時衝撃が走った。やべ、倒れる! 咄嗟に身体を捻ったけど間に合わず、その場ですっころんだ。

「いって……!」

「悪い、平気?」

 覗き込んできたのは相沢だった。ぶつかってきたのお前かよ。

「ああ、大丈夫」

「腕……」

「ん?」

 相沢が俺の腕を掴んだ。

「血、結構出てる」

 マジかよ。見ると肘の方が擦りむけてべろんとしていた。

「洗ってくるわ」

 あーあかっこ悪い。よりによって相手が相沢だとは。

「先生ー保健室行ってきます」

 声をかけて、とりあえず水道に向かう。

 肘を上げてそこを見ようとすると、手首の方まで血が流れてきた。外の水道で血を流す。何気に女子の方を見ると、バレーボールをしていた。でも栞ちゃんの姿が無い。見落としたかな? いや、そんな筈ないんだけど。とにかく保健室に行こう。

 血を押さえるものもないから、結局だらだら血が流れたまま歩く。


 校舎に入り、ひんやりした廊下を歩き、保健室の扉に手を伸ばしガラリと開けた。

「失礼しまーす」

 保健室に入ると消毒液のツンとした臭いが鼻を突く。と同時に俺は心臓が飛び出しそうになった。ガラス戸の棚の前に……栞ちゃんがいた!

「あ、吉田くんどうしたの?」

「え、ちょ、ちょっと怪我しちゃって」

 動揺しながら肘を見せると、彼女が大きな声を出した。

「よ、吉田くん! 大丈夫? ちょっと待って!」

 慌てて消毒液と脱脂綿を取り出してくれる。

「そこ、座って」

「ありがとう。でも自分で出来るからいいよ」

「駄目だよ! 座って」

 彼女の勢いに素直に座る。

「先生は?」

「午後から研修なんだって。夕方には戻るみたいだけど。水で洗った?」

「あ、うん」

「ちょっと沁みるよ?」

 血を拭き取り、消毒液を丁寧につけてくれる。少しの刺激はあったけど、そんな事よりも近すぎる彼女にドキドキしっぱなしで、痛みも何もあったもんじゃなかった。相沢に初めて感謝するよ、俺。

 ガーゼも貼ってくれた。ワイシャツのボタンを付けてくれた時の事を思い出す。まだ彼女への思いに気がつかなかった頃の。

 そういえば、何で彼女はここにいるんだろ?


「ありがとう。あの……、し、」

「ん?」

 自分で言っといて栞ちゃんって呼ぶのに躊躇う。

「栞ちゃん、は、どうしてここに?」

「あたしも怪我したの。たいした事ないんだけど」

「え!」

「大丈夫。足、少し捻っただけなんだ。湿布を探してたんだけど見当たらなくて」

「ごめん! 俺、こんなことさせて」

 馬鹿だな俺、ちょっと考えればわかるだろ。舞い上がってて自分の事しか考えてなかった。

「え、全然大丈夫だってば」

「ちょっと待ってて。ここ座って」

 俺は立ち上がって、湿布を探した。棚にはない。

「ないでしょ? だからもういいや」

「いや、ここかも」

 小さな冷蔵庫がある。開けると、あった。冷やしてあった。

「後は……ネット、ないな」

「包帯あるかな?」

「あ、それならある」

 棚から包帯を取り出し、湿布とそれを栞ちゃんに渡した。

「ありがとう。助かっちゃった」

 にっこり笑って受け取る笑顔に、何だか照れてしまう。こんな些細な事なのに。


 彼女は自分で靴下を脱いだ足首に、湿布を貼った。けど、やっぱり包帯は巻きにくそうだった。どうしよう。いやかな。触られるの。だけど……。

「あのさ、俺が巻くよ」

「え?」

「……貸して」

 彼女の手から包帯を受け取る。


 なるべく意識しないように、彼女の顔を見ないで包帯を巻いていく。彼女に痛みが伝わらないように、ゆっくり優しく、冷静に冷静に……。少しでも集中力を欠いたら、何もできなくなる。自分の心臓の音に気を取られたら手も震えだす筈だ。気がつくなよ、涼。


 彼女も何も言わない。


 保健室は……静かだった。






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