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15 見たくない表情




 結局鈴鹿さん、いや栞ちゃん……には花火大会以外、夏休みに会う事はなかった。

 メールで金魚は元気だと教えてくれた。写メも送ってくれた。可愛がってくれているようで……正直金魚が羨ましい。

 どこかに行こうとか、会おうとか誘えば良かったんだろうけど、花火の時、あいつの事を見てた彼女を思い出したら、やっぱり何も言えなかった。


「よっ」

「あ、おお。久しぶり」

 夏休みも終わり、登校すると高野は相変わらずだった。自分の彼女とも上手くいっていたらしく、俺としてはあんまし聞きたくない惚気話も延々聞かされるはめになった。


「お前はどうしてたんだよ」

「バイトだよ。後は夏期講習」

 俺が答えると、高野が小さい声でこそっと聞いてくる。

「女は?」

「……全っ然」

 高野は、ほんとかね、と言う顔をして俺を睨んだ。本当だよ、本当。恋患い中だからな。もう栞ちゃん以外の女の子は面倒くさくて、無理だったんだよ。


「あ、栞!」


 彼女の友達だろうか。その言葉に、胸がずきーんと痛んだ。漫画みたいだな、これ。

 やっと会える。やっと顔が見れる。俺は恐る恐る、声がした方を向いた。で、あまりに驚いたので椅子から立ち上がりそうになり、机に膝をぶつけた。

「いっ……!!」

「な、何やってんだよ涼。おっかねえな」

「あ、や何でもない」


 彼女は髪を切っていた。結構短く。あごの長さまで。やばい。すっっごいかわいい。でも、どうしたんだろ。

「どうしたの? 結構切ったね」

「うん。暑かったから」

「かわいい、かわいい。似合ってる」

「そ、そう?」

 ああ、そうか。暑いからか。そうか。二人の会話を聞きながら、俺の心臓はもうドキドキを通り越してズキズキ言ってた。

 その時、相沢……あいつも彼女を振り返った。あ、目が合う。彼女と目が合ったみたいだった。あいつ、笑った。笑いやがったよ。何でそんな優しい顔するんだよ……! そんな顔したら、彼女は、彼女は……。

 俺は顔を伏せた。あんなに見たかった彼女の顔を今は絶対見たくなかった。


「おい、涼大丈夫か?」

「……」

「涼? ……どうした?」

 高野のいつになく心配そうな声に、涙が出そうになった。

「ちょっと、ごめん」

 俺は立ち上がり、二人が視界に入らないよう、わざと遠回りをして教室を出た。


 しっかりしろ、涼。二人と同じクラスなんだからな、こんな事毎日当たり前なんだよ。それでも、彼女を好きなんだろ? 好きでいるんだろ?


「あ、涼だー」

「久しぶり~」

「……涼、どうしたの?」

 皆の声が優しく響いてしょうがない。きつく目を瞑り、その場を離れた。


 駄目だ。屋上に行こう。もうどうしたらいいかわかんねえよ。教室に戻りたくない。情けないけど見たくない。二人を今は絶対見たくない。

 何だよあいつ。何笑いかけてんだよ。いつもにこりともしないくせに。もしかして、夏休み中にくっついたのか? 俺の知らない所で。それが本当だったら……。


 胸が締め付けられるように苦しくなった。まただ。また恋患いの症状だよこれ。夏休み中も、彼女の姿が見れないだけで、余計に思いが募って苦しくなる日があった。だから逢えば少しは楽になるかと思ったのに……それも叶わないか。


 俺は一人鉄の柵に寄りかかって、ぼんやりしていた。彼女、来ないかな。もう一度、俺と一緒に空を眺めてくんないかな。


 足音がした。そちらをゆっくり振り返ると、彼女じゃなかった。

「どうしたんだよ、涼。お前ほんとにおかしいぞ」

「……別に、何でもない」

 高野が珍しく心配してくれた。暫く沈黙が続く。

「ま、何でもないんならいいけどさ」

 そう言ってから、高野は黙って俺から離れた所に座った。


「俺さ」

 口を開いてみる。

「笑うなよ?」

「補償できない」

 高野はガムを噛みながら、校庭に目を向け言った。


「俺さ」

「何だよ」

「真剣に好きな子できた」


 高野は驚いた顔で俺を振り返った。

「……笑わねえよ。良かったじゃん。何か問題あんのか?」

「片思いなんだよ」

 一瞬の間があり、高野が聞いてきた。

「……誰が?」

「俺に決まってんだろうが! 俺が片思いしてんの!!」

 俺は膝を抱えて高野を睨みつける。

「……」

 なんだよ、なんで黙ってんだよ。あー恥ずかしい、なんか言え!


「りょ、涼が? 涼が片思い?! 片思いって言葉もすげえんだけど、片思い?!」

 高野は笑いたいんだか驚きたいんだかわからない顔をした。

「悪いかよ」

「だって、涼がだろ? いつから?!」

「……美緒と別れた頃」

「え、あれいつだったっけ?」

「六月の初め」

「マジで言ってんのかよ?! もう三ヶ月も経ってんじゃん!」

「……」

「あんなに、とっかえひっかえ女変えて、一週間と女が居ない時もなかった涼が……三ヶ月って。もしかしてお前三ヶ月誰とも付き合ってないのか?」

「当たり前だろ。だから夏休みも一人だったし」

「すげえ……涼が、ねえ」

「……」

「でもお前、告られてなかったっけ? 女の子達から」

「全部断ってる」

「全部?! 全部断ってんのか?! おまっ、お前が?!」

 高野はぱくぱく口を開けたまま、放心状態で暫く俺を見つめてた。

「……何人断ったんだよ」

「わかんねえよ。多分、二十人くらい」

 俺の答えに高野は大きく溜息をついた。


 一度咳払いをして、気分を落ち着かせてから高野がまた話し始めた。

「で、誰なんだよその子」

「言わない」

「……告ればいいじゃん。お前だったらすぐ落ちるだろ」

「出来ないんだよ」

「何で」

「他に好きな男がいる。だから言えない」

「付き合ってんの?」

「付き合ってない、と思う」

「じゃあいいじゃん。取っちゃえば?」

 その言葉に、心の底から拒否反応を起こす。

「そんな事できない、絶対に。……嫌われたくない」

 取るとか、取らないとかそんなんじゃないんだよ。彼女は相沢を思ってる。そこにずかずかなんて、入れないんだよ。


「ふうん……なるほどね。そうか。涼がねえ。うん、そうかそうか」

 高野はやけに嬉しそうな顔をした。

「お前もさ、いろいろわかったんじゃないの? 片思いしてさ」

「……」

「まさか、初めてとか言わないよな? 片思い」

「初めてだから悩んでんだろうが!」

 また高野は沈黙する。

「……お前、小学生かよ」

「……!」

 悪かったな。自分でも同じ事思ってたから何も言えないけどさ。


「ま、頑張れよ。俺も応援してやるからさ」

「誰にも言うなよ」

「はいはい。言わない、言わない」

「絶対、余計なことすんなよ!」

「へいへい」

 立ち上がり背中を向けた高野の表情は見えないけど、さっきと同じ様に何だか嬉しそうな声だった。


「行こうぜ、教室」

「……」

 俺も無言で立ち上がった。

「ま、同じクラスってのは確実だよな。さっきの慌てぶりから言って」

 高野はこちらを振り向き、にやりと笑った。

「……!」

「あーなんか楽しみ出来た。じっくり観察させてもらうか」


 やっぱし……言わなきゃよかった。

 だけど気が楽になった。ほんの少しだぞ? ほんの少しだけ高野、お前に感謝するよ。






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