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1 失恋と出逢い (1)

高校生男子主人公です。2009年6月からサイトで連載していた作品の転載になります。





 今日はよく晴れている。

 空を見上げるとタイミングのいい事に、飛行機雲が伸びていた。


 うーんと腕を上げ伸びをし、がさがさと白いビニール袋の中から焼そばパンとコロッケパンと、卵サンドを取り出す。どれにしようか悩みつつ、やっぱり一番好きな焼きそばパンは残しコロッケパンからいく。

 あそこの夫婦でやってるパン屋のパンは、コンビニとか学校の売店で売ってるのと違ってふかふかで美味しい。もうこれじゃなきゃ嫌だくらいの勢いだった。


 裏庭にある大きな樹に寄りかかりながら、パンを頬張り、お茶を流し込みながら空を見上げる。

 至福の時だ。

 ここはちょうど茂みもあって、隠れるには絶好のポイントだ。さて、次は卵サンド……。


「あの、ごめんなさい急に」


 後ろで女の子の声が聞こえた。何、俺? 今日は一人静かに食べたいんだけど。ゆっくり後ろを振り向くと、樹の向こう側のさらに向こう、校舎裏の壁際で女の子は下を向き、その子の正面には男が一人立っていた。ここから、それほど距離は無い。言葉もはっきり聞こえた。


 こ、告白か?!

 卵サンドを片手に目を凝らして樹の陰からじっと見る。二人とも確か同じクラスの奴だ。


「あの、す……」


 女の子は「す」まで言って躊躇っている。が、頑張れ。好きだって言いたいんだろ? あとは「き」を言えばいいだけなんだから。俺は卵サンドを握る手に力をこめた。


 男は何も言わない。お前なあ、言いやすいように雰囲気作ってやれよ。


「好きなんです」

「……」

「つ、付き合って下さい」


 こんな風に客観的に告ってるのを見たのは初めてだった。

 告られるのには慣れている。こんなシチュエーション、自分も何回もある。適当に返事をし、適当に付き合い別れる。向こうもそれをわかってて告ってくるもんだと思ってた。その場のノリで楽しければいいし、つまんなくなったら別れればいい。


 でも今この目の前の彼女はどうだろう。少し震えた声で、男に告白している。こんな真剣な声、今まで聞いた事なかったような気がする。何故だか彼女と同じ様な気持ちになり、不安が押し寄せた。男はなかなか何も言わない。


 ああ、もう早く何とか言ってやれよ! 好きじゃなくてもさ、付き合ってみりゃいいじゃんかよ。そこからわかる事もあるだろうし、で、いやだったら別れればいい、だろ……。彼女が男に去られる姿を一瞬で想像し、急に哀しくなった。


「悪いけど……」

「……」

「俺、鈴鹿さんの事嫌いじゃないけど、好きってわけでもないんだ。付き合うとかも、考えられない」

「……」

「ごめん」

「……ううん」

「……」

「あ、ごめんね。急に呼び出しちゃって」

「じゃあ」

「うん、じゃあ」

 そう言って男はその場を後にした。


 俺は何だかいたたまれなくなり、俯いて卵サンドを見つめた。力を入れすぎたのか、卵が少しはみ出していた。

 男の様子で何となくわかってはいたけれど、こうなると辛い。男が去っていくのがちらりと見えたけど、彼女の姿は見えなかった。まだそこに残っているのだろうか。


 足音が近付いて来た。

 え、え……?

 これってやばいんじゃ。俺が隠れて聞いてたことがばれる! かといって今さら逃げられない。やべえ、どうしよう!


 樹の陰でちいさく膝を抱え座っていると、樹の反対側だろうか彼女が座る気配がした。心臓が大きな音を立てる。静まれ、静まれ。冷静に気配を消すんだ。気配なんか消した事無いけどやってみろ! 漫画によく出てくるだろうが。気を探れとか、気を消せとか。そんな事当然出来るわけないから、とりあえず息を潜めてみる。


「あーあ」


 急に出された彼女の声に、俺の肩が大きく波打つ。

 それきり彼女は何も言わなかった。背中越しに頑張って気配を探ってみるけれど、やはりわかるわけはない。俺の背中に樹、そして多分その向こうに彼女の背中。


 さらさらと風が吹く。六月の梅雨の晴れ間の気持ちいい風だ。


 ずっ、ずっ……と鼻をすする音が聞こえた。泣いてる? まさか。え、どうしよう。

 どうしようもないけど、どうしよう。

 どうしようと思いつつも、声をかけずにはいられなかった。



「あの……」

「きゃっ!」

 彼女は驚いて悲鳴をあげた。

「あの! こっち見ないで下さい。絶対振り向かないで」

 俺はどうしても俺の正体を知られたくなかった。そして彼女に樹のこちら側からそっと手を差し出した。


「これ、あげます。めちゃくちゃ美味しいから最後までとっておいたんだけど。これ食べて元気出して」

 焼きそばパン。とっておきなんだけど、何故か彼女にあげたくなった。

 っていうかこんなもん突然出して、引くよな普通。知らない奴から、食べもの渡されても食べないよな、きっと。ああ、どうしよう。馬鹿すぎる。今更、手、引っ込めるわけにもいかないし。


「……いいの?」

 突然の彼女の言葉に、頭がついていかない。引っ込みのつかない手をそのままにしていると、彼女がパンに触れた。


「ありがとう」

 彼女はやきそばパンを受け取り、樹の向こう側から言った。

「このパン屋さん……コロッケパンも美味しいですよね」

「え」

「でもあたしも、焼きそばパンが一番好き」

「……」

「……いただきます」


 彼女は俺から受け取った焼きそばパンを食べている。でもまだ涙が出ているのか、ぐすぐすと鼻をすする音も少しだけ聞こえた。


 俺は急いで残りの卵サンドを食べ、そっと立ち上がり何も言わずにその場を去った。





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