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命はあっけなく失われてしまうからこそ、尊い。
最初に鈍く重い弾力を感じたものの、そのまま体重をかけて押し込めば、私の剣はゆっくりと桃の木と岩を貫通しました。
砕けた岩の破片に花びらが混じり、世界を絨毯のように覆っていきます。
「――ありがとう」
振り返れば、王子を抱き締めて座る彼女がいました。
「その桃は、私……この人をかろうじて正気に返らせていたその桃は、私と命を同じにしていました」
狂気によって少しずつ毒される桃は、その巫女である京子の命と繋がっていたのだといいます。
「これでやっと、私達は自由になれる……」
何故でしょう。王子の胸にも、彼女の胸にも、赤い染みがじわじわと広がっていくのです。
ああ、そして私の剣にも同じ赤が。
あの感触は、弾力のある柔らかな何かを無理矢理に貫くあの感触は、彼女を貫いた感触でした。
――人を殺した感触でした。
不思議な事に、もう涙は出ませんでした。
目の前で王子がゆっくりと目を開け、彼女を見て微笑みます。
彼女も微笑み、そして私を見て、小さく唇を動かしました。
――ありがとう――
桃の花びらが二人を包んで、私の意識が遠退きます。
その中で、私はただゆっくりと目を閉じ……今度こそ声をあげて、二人のために泣きました。
こんな終わりしか選べなかった二人の為に。そして、私自身の為に。
泣きじゃくる私を抱き締めるかみさまのぬくもりにすがって、もう戻らぬ昨日までの無垢な自分に別れを告げる為に、選んだ運命に負けぬ為に、私はただ泣き続けていました。
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