お父さんがテレビでデスゲームを観てる。
お父さんがテレビでデスゲームを観てる。
手には茶碗と箸を持ったままだ。
画面では、広いスタジオに高く組まれた鉄骨のセットの上で、十人の女の子たちが横並びになっていた。
みんな、別々の原色の軍服を着てる。赤、青、黒、白、緑……。下はみんな短いスカートだ。
右上には「生LIVE」の文字がはりついている。
号砲とともに、彼女たちは長い平均台の上を歩き出した。
幅は狭い。みんな両手を開いて、足元をたしかめるように、おそるおそる進んでいく。
平均台の下が映される。大きな針が林のように密集している。人ひとりを串刺しにできるくらいの大きさだ。
画面の下に、派手なテロップが出た。
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「コウタは何色だと思う?」
お父さんが訊いてきた。笑みを浮かべて、ぼくを見ている。
「えっと……青かな」
青は、お母さんが好きな色だった。エプロンも、歯ブラシも、ベランダで育てていた花も青だった。
お父さんは、勢いよく青のボタンを押した。いっそう目を開いて画面を見つめている。
不意に、平均台の横から強風が吹いた。紙吹雪の演出が舞い、歓声が巻き起こる。
青い服の女の子が、めくれるスカートをおさえるのに気をとられてよろめいた。
「わわっ!」
お父さんが声をあげる。
天井カメラの映像に切り替わる。とがった針が、獣の口みたいに待ちかまえている。
青の子は、とっさにうつぶせになった。虫みたいに台にしがみつく。
表情のアップ。きれいな顔がゆがんでいる。まつげが小刻みに震えている。
「ヤバかったな」
お父さんの箸は止まっている。
先頭を行く黒の子が、台と台のあいだにある「島」にたどり着いた。そこには大きな赤いボタンがあった。
黒の子は、ぜいぜい言いながらそのボタンをたたいた。
ビビビというアニメみたいな音が鳴り、「一万ボルト発動!」とポップなテロップが出る。雷みたいなホログラムエフェクトが台のひとつに放たれる。
いちばん遅れていた緑の子の体が、びくん、と大きく跳ねた。
「あちゃあ」とお父さんが言う。
緑の子の足が台から離れる。伸ばした手の指先が、ぎりぎりで平均台にひっかかった。けど、中指だけでは体を支えきれない。針の山の上へ、落ちていく。
ばりん。
金属が弾けて、小銭が散らばるみたいな音がした。
カメラが寄る。緑の子の腕だったものから、金色の配線や白い骨みたいなモーターの軸がのぞいている。
画面からぼくは目をそらした。
箸で鮭をつまんだ。冷凍をチンしただけの鮭は、前にお母さんが焼いてくれたのよりぜんぜん美味しくなかった。
食卓には、お母さんが座っていた椅子がまだある。お父さんは、その椅子の方を見ない。
デスゲーム番組にハマる前にお父さんがハマっていたのは、アルコールだった。
それに比べたら、こっちの方がずっといい。画面に夢中になってくれている方が、怒鳴られるよりずっといい。酔っ払うとお父さんは別人みたいになって、顔を真っ赤にして、ぼくのスリッパの脱ぎ方だとか、爪をかむ癖だとか、小さなことに反応して怒るのだ。
だから、ぼくは言わないことにしている。
でも、つい言いたくなる。
お母さんと一緒に食卓を囲んでいた頃は、お父さんはこんな番組観なかったじゃないか。こんな残酷で軽薄な番組を。
テレビでは、激しい撃ち合いが繰り広げられていた。銃撃バトルロイヤル。六つ目の「島」は、吹き飛んだネジやバネでいっぱいになった。
結局、青の子は最後まで残れなかった。体を半分に削られてから、黒の子が放った弾が胸に当たり、針の山に落ちた。
「惜しかったなあ」
そう言って、お父さんはぬるくなった味噌汁をすすった。
白の子が優勝の花束を受け取っている。もともと白かった服は、ほとんど赤黒く染まっていた。司会者のアバターが笑顔で「来週は水中監獄ステージ!」と叫ぶ。
ぼくは立ち上がって、食器を食洗機に突っ込んだ。
「そろそろ、お父さんさ、──いや、なんでもない」
お父さんはテレビから目を離さないまま、「ん?」と言った。
翌日の教室では、朝会の前からデスゲーム番組の話でざわついていた。
「白、最後エグかったよな」
「あー、切り抜きで観た」
「俺、赤に入れてたのにさあ」
「あの落ちるやつ、もう一回やって」
クラスで一番ひょうきんな男の子が、両手をばたばたさせながら、机と机のあいだに倒れ込んだ。
「ばりーん」
彼が口でそう言うと、まわりがどっと笑った。
その後ろの掲示板には、図工の時間に描いた人権週間のポスターが貼ってある。「大切にしよう いのちと心」という言葉が、絵の具をはじいたクレヨンの線で描かれている。
いつもはアニメやゲームの話をしている子たちも盛り上がっている。番組名が毎回SNSのトレンドにのるせいで、生放送で観る人が増えているのだ。
「コウタも観た?」
輪の中の男の子が話しかけてきた。
ぼくは、ああ、うん、と言った。
「どこよかった?」
「……最後の銃撃戦」
わかるわー、と輪が盛り上がる。言った瞬間、口の中に泥水みたいな味が広がった。こういうときに、つい適当に言葉を合わせてしまう自分がきらいだ。
教室の隅のチカコさんを見ると、文庫本を開いたまま、つまらなそうに窓の外を見ていた。ぼくの視線に気づいた彼女は、ほんの少しあごを上げた。その目が、あとで、と言っている気がした。
「あんな番組、おかしいと思う」
「うん」
ぼくは小学校の屋上で、チカコさんと話していた。
「野蛮だよ」
「わたしもそう思う。グロテスクなコンテンツだよね」
チカコさんは可愛らしい眉を寄せながら言った。
昼休みの屋上は、コンクリートがじっとりと熱くなっていた。
「テレビ局を買収した外資の配信会社お得意の過激系でしょ。それと地上波のリアルタイム性とバラエティっぽさを悪魔合体させた感じ」
流れ出す言葉を追いかけるように、ぼくはうなずく。
「お父さんが、ぼーっとテレビ観てる横顔がつらいんだ」
「大変だね。うちテレビないから逆によかった」
「チカコさんとこういうこと話せると安心する」
「わたしもだよ。〝わかってる〟のって君くらいだもん」
チカコさんが、まっすぐぼくを見た。やたら瞳がきらきらして見えるのは、真昼の太陽のせいなんだろうか。
「あの番組って、なんの葛藤も物語もなくて、剥き出しのドーパミン装置って感じ」
チカコさんの言葉はちょっとよくわかんなかったけど、わかってる顔でうなずいた。
「ドーパミン。うん、ドーパミンソウチだよね」
「いい大人が夢中になるもんじゃないよね」
「そう思う」
ふと、ぼくはつぶやいた。
「──ねえ、なんで『あれ』が許されてるんだろ。だって、未成年飲酒とか、個人情報保護とか、そういう『コンプラ』はどんどん厳しくなってるのに」
「やっぱり君もそう思うんだ」
チカコさんは声をひそめた。
「……国策だよ。裏で国が支援してるの」
「え?」
ぼくは目を丸くして聞き返す。
「デスゲームと戦争は地続きだよ。ああいうのが人気になればさ、デスゲームを楽しむように戦争のニュースを見るのが受け入れられるでしょ。暴力がエンタメになる」
腕に鳥肌が立った。最近よく見る首相の笑顔が思い浮かぶ。
チカコさんはやっぱり頭がいい。
「こわいね」
「あの国民投票から、社会がおかしくなってる」
「うん」
「人間のかたちをしたものが壊れるのが当たり前になったら──次はわたしたちの番」
「徴兵法のこと?」
「しっ」
彼女が突然、人差し指を口に当てた。
給水塔の下の扉が開いて、先生が姿を見せた。
ぼくたちは口をつぐむ。
昼休みはもう終わりだぞ、と先生がいぶかしげに言った。
帰り道、駅前に選挙カーが止まっていた。ホログラムで派手に演出されたクルマの屋根に政治家が立っている。すぐそばには、空間に合成されたバーチャルな首相が立っていた。
「ニッポンをネオ富国へ! 自衛・自律・自走!」
力強い演説が、空から降ってくる。
「さあ、人機一体ワンチーム!」
足が車輪になってるスーツ姿の男性が、政治家を肩車してさらに高く掲げた。
ぼくは、ランドセルの肩ベルトをぎゅっと握って足を早めた。頭の後ろに、ずっとマイクの声が響いていた。
家の近くの角で、向こうからお父さんが歩いてくるのが見えた。
今日は出勤日だった。ベッドと往復しながらリモートワークしてた頃に比べたら、お父さんも元気になったと思う。
「お、コウタ」
ぼくに気づくと、お父さんはうつむき気味の顔を上げて片手をかかげた。
並んで歩きながら、ぼくは今日の給食のことを話した。好きな揚げパンが出たこと。牛乳とぴったりなこと。お父さんは職場のグチっぽい冗談を話した。あんまり面白くなかったけど、お父さんが楽しそうなのでぼくも笑った。
家に入った。お父さんはまだしゃべっている。
今なら、怒鳴られない気がした。
玄関に立ったまま、きつく肩ベルトを掴む。
「……お父さん」
声は、かすれた。廊下を進みかけたお父さんが振り返る。
「ん?」
思い切って、チカコさんとのやりとりを、つっかえつっかえ話しはじめる。
「──その話、人がいるところでは話してないよな」
「もちろん。チカコさんとだけだよ」
お父さんは、難しい顔をしている。
「まだ子供だと思ってたのにな」
「お父さんは……この国のことどう思う?」
お父さんはしばらく、ネクタイに指をかけたまま廊下の床を見ていた。
「たしかにこの国は……ちょっとおかしいかもな」
「そうだよね……!」
「でも、いちばんおかしいのは俺だよな」
お父さんは、ぼくの方を見た。ぼくは言葉に詰まった。
「お前の話に出てくる俺、やばいよな」
「そんなこと……」
「あるよ」
お父さんは、小さなため息をついた。
「ああいうの観てると、お母さんがいなくなったこと、考えなくて済むんだ」
ぼくはうつむいた。お母さんが花を育てていた植木鉢が、玄関のはじっこで乾いていた。
「でも、そんな俺を見てるお前は、いろいろ考えてんだよな」
お父さんは、うまく笑えないみたいに口の端をゆがめた。
「わかってるんだ。俺はただ、からっぽになったところに、うるさいものを詰めてるだけだって」
「お父さん」
「……このままってわけにはいかないよな」
お父さんの体が、急に小さく見えた。
かける言葉を探して、なかなか見つからなくて。そして、やっと見つけた言葉を言った。
「……ぼく、お父さんには戦争にいってほしくない」
その日もデスゲーム番組の日だった。けれど夕食のとき、お父さんは代わりにぼくの好きなミュージックビデオをテレビから流しっぱなしにしてくれた。
おかずは冷凍の鮭だったけど、パッケージから取り出したままのプラスチックの皿じゃなくて、ちゃんと固い皿に置き直してくれた。それだけで、こないだの鮭よりも美味しく感じた。ぱくぱく食べるぼくを見て、お父さんはもう一個、冷凍庫から取り出してチンしてくれた。
お父さんとこんなに話した日はひさしぶりだった。
翌日は土曜日だった。
リビングに入ったぼくに、早起きしていたお父さんが笑顔をうかべて「おはよう」と言った。
カーテンが開いている。太陽の光と、コーヒーの香りが、部屋をいっぱいにしていた。
「こっちおいで」
お父さんは、ぼくをソファの隣に手招きした。
ぼくはテーブルに置かれたタブレットを見て、弾んだ声をあげた。
「あ!」
「なあ、コウタはどのお母さんがいい?」
画面上のカタログサイトには、たくさんのお母さん候補が並んでいた。
たれ目のお母さん。切れ長の目のお母さん。グラマーなお母さん。背が高いお母さん。ぼくよりちょっと上くらいに見える若いお母さん。どのお母さんも、肌がぴかぴかだ。
鼻がつんとした。
やっと、お父さんが前を向いてくれるんだ。
「お父さんは?」
「コウタの意見を聞いてから言うよ」
照れくさそうにお父さんは言う。
ぼくは少し悩んでから、髪が長くて、いちばん優しそうなお母さんを指さした。
L0VE―7568
流体金属とニューラルシリコーンがたっぷり使われてる、柔らかくてあったかいタイプだ。前のお母さんよりCPUのスペックもずっといい。最新のレシピアプリも、宿題サポート機能も搭載してる。
長いまつげの下の瞳はとてもきれいだ。
指の先を見て、お父さんは「ははっ」と苦笑いした。
それは、お父さんが内心選んでいたお母さんだったらしい。
「親子だな」とお父さんが言う。
ぼくも笑った。
こんなゆるい時間がまた当たり前になるのかなって思って、胸がいっぱいになった。
一週間後には新しいお母さんが届く。
ぼくは、いまから大きな段ボールが待ち遠しい。
青いエプロンは、もうタンスから出して洗ってある。




