プロローグ
崖下にはイシリア教会兵の野営地が見える。
夜風に揺られる旗、焚かれる炎。白い装束を着た兵たち。30人以上は居るだろう。
「やれるよな?剣聖さん。」
『やるのはハル。お前だ。俺が貸すのは記憶と技術だけだ。まあ、剣さえあれば竜種もイケると思うぞ?』
「剣ならある。さっき見張りの教会兵を殺った時に奪った。その時使った短剣も健在だ。」
『上出来だ。始めよう。』
俺の呼びかけに実体の無い声の主、剣聖の魂が応える。
鞄から剣聖の遺灰が入った容器を取り出す。
「接続。起動。」
俺は全神経を魂との同調に集中し、魔力を構築する。
身体から遺灰へ。遺灰から魂へ。循環する魔力を通して彼の記憶に手を伸ばす。
「っっ!」
瞬間。彼を体験する。
文字通り血のにじむ研鑽、その果てに振るう剣。切断される数多の敵達。
剣聖の力。最高峰の殺しの技術が頭の中に刻み込まれる。
「ハア…ハア…」
全身から血の気が引く感覚と共に吐き気が襲ってくる。
『おいおい…俺と繋がっただけでこの有様かよ…死霊術ってのは思ったよりも扱いずらいのか?』
「……ハア…もう…大丈夫だ…これでも割と浅めの接続だ。力を振るえるのは恐らく10分程度だと思う。」
『短けぇな。だったらさっさと終わらせたほうがいいんじゃねえか?」
「元からさっさと終わらせるつもり…だっ!」
崖から飛び降り、野営地を目指し降下する。
着地と同時に教会兵数人に発見される。
「何の音─。貴様!どこから入ってき──ごぼっ」
投擲した短剣が教会兵の首を驚異的な速度で貫通し、勢いを落とさずどこかへ消えた。
──すげえな。コレ
過剰とも言える魔力が筋力を強化したことを実感する。
「敵襲!敵襲!敵襲だ!全員起こせ!防御陣形だ!」
一気に騒ぎが大きくなり、自分の存在が知らしめられる。
だが、なぜだか俺は落ち着いていた。
分かるからだ。
動き方が。立ち回り方が。殺し方が。
──分かる。分かる分かる分かる分かる
剣を鞘から抜き、構える。
足に力を籠め、前傾姿勢になる。
タイミングを計る必要は無い。
彼らの動きは、俺よりもずっと遅いのだから。
奔る。
「消えっ──」
言葉を上げることができたのは辛うじて初動を感知したたった一人だけだった。
あまりにも速く。2秒にも満たないその時の中で俺は駆け抜けた。
剣を振るい、両断する。両断する。両断する。
剣を構えた兵。槍を掲げる兵。盾を準備する兵。襲撃に気付かず眠りこけている愚鈍な兵。
全て殺した。たった一人を除いて。
「貴様…何者…」
片腕を犠牲に、辛うじて剣を躱した者がいた。
感覚で分かる。こいつは強い。
だが、腕を失い、出血と痛みにもがく命は風前の灯火だった。
「ここまでの力…一体…」
「ただの墓守だ。昨日、おたくらが焼いた街。葬送街の墓守だ。」
「っ…穢れた民……生き残……──」
最期の教会兵は無念の言葉を吐き、そのまま死んだ。
『終わった……みたいだな。』
「ああ……ひとまずはな。でも街を焼いたのはここにいた奴らじゃない。」
力に耐えきれなかった剣の刀身がボロボロと崩れる。
柄だけになった剣を捨て、俺は歩き出す。
『どこに行くんだ?目的地は決まってんのか?』
「教会本部。ジュタル連合国にあるはずだ。列車で行くから、まずは駅舎だな。」
『なるほどな。……で、そろそろ俺との接続が切れるんじゃないか?』
視界が揺れる。
「ぐっ…!」
全身から力が抜け、俺はそのまま地面に倒れこんだ。
『はっはっはっ!そりゃ死霊術士のくせに、あんな大立ち回りしたんだもんな!しっぺ返しが来ないほうがおかしいってもんよ!』
「……クソッタレが……」
絶大な疲労感に意識が持っていかれ、気を失った。
俺は墓守の一族の禁忌である死霊術に手を出す事なんて、絶対に無いと思いながら生きてきたんだ。
墓守として生き、墓守として死ぬ。そう誓って生きてきたんだ。
ほんの1日前までは。




