個人的な思索
私という人間はたいそう変わっている。
大抵の人が思う事では無いかと思うが私は特に変わっている。
書くほど在り来たりではあるが私が変わっている事には理由も出来事も備わっている。
昔はそれが嫌で普通になろうと努力をして来たが、最近は友人や知人や仲間たちのお陰でありのままの自分を受け入れるのも悪くはないなと思い始めた所だ。
ここには私的なフィクションとファンタジーを書き連ねようと思う。
まず初めに作者の私の自己紹介が必要だろう。
私の名前はーーーーーだ。
19--年ーー月ーー日生まれのーー座。
血液型はー型。
好きなものは面白いと思うモノだ。
ここからはハンドルネームを略しヒロと私と名乗る事にする。
では、自分が変わっていると思う理由から行こう。
私は自分の望む望まざるに限らず人の縁に恵まれている事にある。
始まりは幼少期の出会いだろう。
今から40年以上前に近所に4人の幼馴染がいた。
1~2才下のケン・ダイ・3~4才下のリョウ・レイの4人。ここにヒロが加わる。
札幌の東区のボロ屋に住む私の近所にこの4人がいた。
4人で遊ぶ中で幾つかの変わった経験がある。
一つ目は家の上空を飛ぶ銀色の飛行船が毎日の様に飛んでいるのを目撃すること。
毎日と言うと盛り過ぎだが週一ぐらいのペースで飛んでいるのを目撃していた。
ご近所の農家の爺さんが「UFOだ」と大騒ぎしたが家族についにボケたと言われた爺さんはそれ以降目撃しても騒がなくなったりした曰くつきの飛行船だ。
もうわかっていると思うが今思うとUFO以外の何物でもない。
一度、話を置いといて次の話をしよう。
幼馴染4人の内引っ越しで遠くへ行った二人がいる。
ケンちゃんとダイちゃんだ。
今でも十二分に嫌な奴の私は幼少期はそれはもうコスイ男だった。
好きな友人に優先順位をつけちゃう感じの嫌な子供だった。
子供あるあるだと思って多めに見てほしい。
時期的にはケンちゃんが引っ越しその一年後にダイちゃんが引っ越して行った記憶になっている。
4人とも幼かったので遊んだ最後に私が一人ずつ家に送り返す役割をしていた。
その間にあったやり取りから幾つかの可能性について考え至った事がある。
ある日5人でいつもの様に近所で遊んでいるとケンちゃんの家で遊ぶ事となった。
私が覚えているのは木造の80年代前半の石膏ボードに直接ペンキを塗った様な内装と触ると怒られそうな高そうな家具、そこにゴールドライタンが置いてあって、滅茶苦茶かっこよかった記憶だけであるがケンちゃんとダイちゃんは今年が何年であるかと言う事だ。
私の記憶だとその年は1992年2月ごろのはずだったが二人だけが今年が1995年だと答えていたのだ。
幼少期の勘違いで済ませる事も出来るが、ケンちゃんの家に上がった理由が二人がカレンダーを確認する為でそのどさくさで関係ない私たちも人んちに上がって暖を取っていたのである。
だが、肝心のカレンダーに年号が書いていなかったのである。
答えが出ないまま有耶無耶になり子供の私たちは直ぐに遊びに夢中になり話題は消えた訳である。
その時、ケンちゃんの親も家に居たのだが家に入る時に挨拶を交わした以外のやり取りはしていない。
ケンちゃんは北海道のクソ寒い環境で割と薄着で居る事が多かった。
と言っても本州の防寒着なので北海道だと割と致命的だと言うだけで本人は元気いっぱいに遊んでいた。
ある時濡れるし雪が服の隙間から入って来るからスキーウェアを着て来いと言ってからはスキーウェアで現れる様になったのでネグレクト的なモノではなく感覚の問題だと思う。
次はダイちゃんだ。
ダイちゃんを遊びに誘った後にひとしきり遊んで玄関前にあったピンクのボールをつかんで投げようとすると「勝手に持って行っていいのかな?」と問われた事がある。
私は当然ダイちゃんの家の前にあったんだから大丈夫でしょ?
と言ったがダイちゃんは「そうか。そうだよね。」と自分に言い聞かせるようにつぶやき不思議に思った記憶がある。
リョウちゃんとレイちゃんは順当に進学し同じ小学校に進学している。
さて、UFOの話に戻ろう。
私は、少ない記憶から仮説を立てた。
UFOは時間と空間を繋ぐ役割をしていたのではないか?と言う考えだ。
私がこの仮説を思いついたのは20代の前半にケンちゃんとダイちゃんに再開している事実に気づいたからだ。
私が21歳の時に16歳のケンちゃんとダイちゃんに出会った。
計算が正しいかちょっと怪しいけれど92年の時に7才の私と95年の時に5~6才の二人との年齢差は5歳差になる。
一応理屈は通る。
当時21歳の私は大阪でお坊さんをしていた。
これも私が変わっている理由の一つだ。
その年の秋に全国から10~20代の若者を集めた研修を私が所属していたお寺で行っていた時に居合わせたのである。
すごい偶然である。
最初に私に声を掛けてくれたのはダイちゃんである。
「ヒロ君ですよね?昔遊んだダイです。覚えていますか?」
と問われた私は物凄い勢いで頭がフル回転した。
当時は幼少期の記憶が忘れ去られていた私は
「人違いじゃない?だって年齢的に合わないでしょ?」
と答えて用事もあったので早々に引き上げた記憶になっている。
この時、ケンちゃんとダイちゃんも出会っていて時間の齟齬やこの後話す場所の齟齬も話して同じ仮説にたどり着いていたのではないかと思う。
そして、空間についての話をしよう。
私が遊びの帰りにみんなを送り返していたがケンちゃんとダイちゃんは年齢的に恐らく自力で家に帰れたんだと思う。
がしかし、玄関を開く時に条件が揃わないと帰れなかったのではないかと考えたのだ。
一人は四国。一人は関西の家に繋がっていたのではないか?という仮説だ。
92年に95年の人間か来ていたのであれば同じ場所に住んでいる必要はないのだ。
なぜ、場所を特定できたのかは割愛するけれど二人がその後どうなったのかを知りWikipediaで調べて分かった感じである。
二人がどこの誰かはそこまで重要ではない。
だがちょっとした思い出話と楽しかった出来事と面白かった発見をちょっと書き連ねてみただけである。
米津玄師のパプリカと米津玄師×菅田将暉の灰色と青から着想した話




