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日本転生― Sphere Japan ―  作者: 進学したスライム
器の準備

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9/11

第八話「鎌鼬の旋」

地下へ降りる前、胸にあったのは確かに「ワクワク」だった。

未知の場所。自分の力が通用するという自信。

まるでRPGの主人公になったような、不謹慎な高揚感。

だが、その熱は数分で冷え切った。

「……暗いな」

ウズメの灯す魔法の光だけが頼りだ。

その光の円の外側には、粘つくような漆黒が広がっている。

光が届かないのではない。闇が光を喰らっているようだ。

ザッ、ザッ……。

自分たちの足音が、やけに大きく響く。

いや、違う。

静かすぎるのだ。

地下街の換気扇の音も、ネズミの足音も、水の滴る音すらしない。

完全な無音。

その静寂が、鼓膜を内側から圧迫する。

(なんだ、この感覚……)

灰は自分の変わった心臓の音を聞いていた。

ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン。

早鐘を打つ脈動が、耳の奥でうるさいほど反響する。

喉が渇く。

背中の毛穴が粟立つ。

誰かに見られている?

いや、見られているのではない。**「品定め」**されている。

暗闇の奥から、無機質なレンズ越しに、獲物としての価値を値踏みされているような悪寒。

「……カイ。止まりな」

前を歩いていたウズメが、鋭い声で制した。

彼女の背中が強張っている。

いつもの軽口はない。彼女の周囲を漂う光の玉が、警戒するように激しく明滅している。

「ここ、マズいよ。空気が『切れて』る」

「切れてる?」

灰が問い返そうとした、その時だった。

ヒュン。

風が吹いた。

密閉された地下街で、突風が灰の頬を撫でた。

いや、風ではない。

あまりにも速く何かが通り過ぎた余波ショックウェーブだ。

「え?」

灰は瞬きをした。

視界には何もいない。ただの闇だ。

だが、次の瞬間。

ピシャッ。

右腕に、熱い液体が走った。

遅れてやってくる激痛。

灰が自分の腕を見ると、制服の袖がぱっくりと裂け、そこから鮮血が噴き出していた。

「――ッ!?」

何が起きた?

いつ? 誰が?

思考が追いつかない。

痛みよりも先に、理解不能な事象への恐怖が脳を支配する。

「下がれカイッ!!」

ウズメの叫びと共に、彼女が灰の襟首を掴んで後ろへ引いた。

そのコンマ1秒後。

灰が先ほどまで立っていた空間を、見えない刃が**「空間ごと」**切り裂いた。

地面のアスファルトに、深さ数センチの亀裂が、まるで定規で引いたように刻まれる。

「……ほう」

闇の中から、声がした。

感情のない、けれど自尊心に満ちた少年の声。

「かわしたか。いや、運が良かっただけだな」

カツ、カツ、カツ。

硬質な足音が響き、闇の中から一人の影が姿を現した。

目に装着した巨大なバイザー。

腰には奇妙な薬品のシリンダー。

そして何より異様なのは、その**「右脚」**だった。

膝から下が鋭利な刃物とジェットエンジンが融合したような、凶悪な義足になっている。

少年は灰たちの前で立ち止まると、バイザーの位置を指先で直しながら、つまらなそうに言い放った。

「そっちの女は気付いたが、お前は遅いな。俺が通り過ぎたことにも気づかないのか?」

セン

後に灰の仲間となるスピードスターは、今は最悪の狩人としてそこに立っていた。

「アンタ……『鎌鼬のカマイタチのセン』かい?」

ウズメが油断なく身構えながら問う。

旋は口の端を歪め、冷笑した。

「俺の名を知っているとは光栄だが、ファンサービスの時間はない。俺は今、機嫌が悪いんだ」

言い終わるかどうかの刹那。

旋の姿が**「ブレた」**。

(来る――!)

灰は反応しようとした。

拳に熱を込め、迎え撃つ。空手の「せん」を取る。

だが、そのイメージすらも遅すぎた。

「32通り、全部『死』だ」

視界から奴が消えた。

次の瞬間には、灰のふところに潜り込んでいた。

速いなんてものではない。予備動作タメが一切ない、完全なゼロ加速。

ガギィンッ!!

義足の刃が、灰の心臓めがけて蹴り上げられる。

灰のガード、構えすらも間に合わない。

死ぬ。

直感した灰の脳裏に、走馬灯のように学生の頃の景色がよぎる。

(ここで、終わりか……?)

刃の切っ先が、灰の胸ポケットに触れた。

肉を裂き、心臓を貫くはずの、その絶望的な一撃。

バキィッ!!!

乾いた破砕音が響いた。

しかし、それは骨が砕ける音ではなかった。

何かが弾け飛び、旋の刃の軌道をわずかに数ミリ、ずらした音だった。

「――あ?」

旋の動きが止まる。

灰の体は衝撃で後方へ吹き飛ばされ、壁に激突した。

「がはっ……!」

肺から空気が漏れる。胸には強烈な打撲痛。

だが、生きている。心臓は動いている。

床に落ちた「それ」を見て、旋が眉をひそめた。

真っ二つに割れた、泥だらけの**「ドングリ」**だった。

「……木の実?」

旋のバイザーに流れる高速の数値が、エラーを吐き出して明滅する。

『障害物検知:エラー。予測不能な硬度係数』

彼の完璧な演算シナリオには、灰のポケットに入っていた「たった一つのドングリ」の存在など含まれていなかったのだ。

灰は震える手で胸を押さえ、荒い息を吐いた。

(助かった……? あのドングリが?)

先ほどの幻覚のような少女――の顔が脳裏に浮かぶ。

「お礼の奇跡」。

それが今、灰の命を、首の皮一枚で繋ぎ止めたのだ。

「……チッ。計算外バグか」

旋は不機嫌そうに舌打ちし、割れたドングリを踏み砕いた。

その瞳から、遊びの色が消える。

「2回も…仕留め損ねた。次は外さない。……お前たちの手足、一本ずつ切り落として、ダルマにして俺の名声を上げるスピーカーになってもらう。」


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