第六話「最初の金継ぎ」
「直す、か……」
灰は、駅のコンコースの隅にあるドラム缶に腰掛け、自分の両手をじっと見つめた。
血管が青白く発光している。
平熱は50度近い。
気を抜けば力が爆発して周囲を燃やしかねないこの体温を、どうやって「修復」に転用するのか。
(イメージしろ。ただ燃やすんじゃない)
灰は指先に意識を集中させる。
全開の「面」ではなく、針の先のような極小の「点」へ。
指先がチリチリと熱くなる。
青い炎が収束し、爪の先から細く鋭い熱線のような揺らぎが生まれた。
『局所溶解』。
金属や岩盤を、音もなく切断し、そして溶接する機能。
これなら、繊細な作業も――。
バキィッ!!
思考を遮るように、鋭い破断音がコンコースに響き渡った。
「きゃあっ!」
「おい、支柱が折れたぞ! 崩れる!」
悲鳴と怒号。
視線を向けると、避難民たちが寝起きしている巨大なテントの一角が、大きく傾いていた。
激しい環境と劣化で、テントを支えていた鉄パイプの骨組みが、重みに耐えきれず真ん中からへし折れたのだ。
傾いた天井が、下にいた老婆や子供たちに覆いかぶさろうとしている。
「くそっ、持ち上げろ! 誰か代わりの棒を!」
男たちが必死に支えるが、鉄骨の重量はずっしりと重い。このままでは押し潰される。
(――行けるか?)
自問するより早く、灰の体は動いていた。
「どいてくれ!」
人ごみをかき分け、傾く鉄パイプの元へ滑り込む。
「なんだお前、危ないぞ!」
制止する声を無視し、灰は折れた鉄パイプの切断面を両手で掴んだ。
「熱っ……!」
自分の熱ではない。摩擦と圧力で悲鳴を上げる金属の熱だ。
灰は深呼吸し、丹田に力を込める。
(燃やすな。繋げ。……金継ぎ(きんつぎ)のように)
指先から『局所溶解』の熱線を流し込む。
ジュッ……。
派手な爆発音はない。
バターを溶かすように静かに、しかし瞬時に、折れた鉄の断面が赤熱してドロリと溶け出した。
灰は溶けた鉄同士を強引に押し付け、さらに自分の青い炎を「接着剤」として流し込む。
「くっ……つけぇぇぇッ!」
青い光が傷口を走り、鉄と鉄が分子レベルで再結合する。
そして、灰がパッと手を離すと同時に、急速冷却された接合部が硬化した。
カキン。
硬質な音が響く。
折れていたパイプは一本の棒に戻り、テントの重量をガシリと受け止めた。
もはや揺らぎもしない。
それどころか、灰が溶接した継ぎ目は、青い光の脈動を帯びた美しい紋様となり、折れる前よりも強固な輝きを放っていた。
「……直っ、た?」
静寂が訪れる。
男たちが恐る恐る手を離すが、パイプは微動だにしない。
「すげえ……一瞬で……」
「魔法使いか?」
驚嘆の声がさざ波のように広がる。
灰は荒い息を吐きながら、自分の手を見た。
できた。
壊すだけじゃない。俺の火は、繋ぐことができる。
その事実に、胸の奥で燻っていた恐怖が、小さな自信へと変わっていくのを感じた。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「助かったよ、あんちゃん!」
助けられた人々が駆け寄ってくる。
老婆が拝むように灰の手を握り、子供たちがキラキラした目で服の裾を掴む。
向けられる感謝の言葉。
温かい。
3年間の孤独と、怪物扱いされた直後の冷たい視線が、人々の「熱」で溶かされていくようだ。
「いや、俺は……」
照れくささに頭をかいた、その時だった。
ふと、視界の端に違和感を覚えた。
歓喜に沸く人々の輪の外。
直したばかりの鉄パイプの影に、**「誰か」**がいた。
おかっぱ頭に、古めかしい着物。
5、6歳くらいの女の子だ。
彼女は、灰が青く修復した継ぎ目を、珍しそうに小さな指でなぞっていた。
そして、灰と目が合うと、ニコリと笑って――
(……消えた?)
瞬きをした次の瞬間、そこにはもう誰もいなかった。
ただ、鉄パイプの冷たい感触だけが残っている。
「……今の子、誰だ?」
灰が呟くと、近くにいた男が不思議そうに首をかしげた。
「子? どの子だ? ここには俺たちの子供しかいねえよ」
「いや、着物を着た……」
「着物? そんなもん持ってる奴、この辺にはいねえなぁ」
誰も見ていない。
幻覚か? それとも、熱で頭がおかしくなったのか。
だが、灰の背中には、確かに奇妙な感覚が残っていた。
まるで、誰かにぴったりと背中へ張り付かれたような、じんわりとした温かさ。
そして、ポケットの中で、コロンと何かが転がる音がした。




