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日本転生― Sphere Japan ―  作者: 進学したスライム
器の準備

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第二話 「激しい業火の中」

世界がひっくり返っていた。

空には地面があり、地面には空があった。

この異常事態に、俺の脳は理解を拒絶してフリーズしている。

だが、そんな精神の混乱をよそに、肉体は極めて即物的な悲鳴を上げていた。

「……水」

喉が張り付くようだ。

3年間の渇き。それに加えて、体内で燃え盛るこの異常な体温が、水分を猛烈な勢いで奪っていく。

(世界が終わったとか、そんなことより……今は水だ)

優先順位がバグっている自覚はあった。だが、生存本能は理屈じゃない。

灰はふらつく足取りで、病院の敷地内を歩き出した。

記憶にある風景と、目の前の廃墟を照らし合わせる。

正面玄関の脇。駐車場の隅。あそこに休憩スペースがあったはずだ。

崩れたコンクリートの壁を回り込むと、奇跡的に原形を留めている「赤い箱」が見えた。

自動販売機だ。

塗装は剥げ、泥にまみれているが、確かにそこにあった。

文明の残骸。日常の象徴。

灰は縋りつくように駆け寄った。

硬貨投入口は錆びついている。だが、今の灰に「買う」という選択肢はないし、そもそも電気も通っていない。

(こじ開けるしかない)

硝子を割ろうと手を伸ばす。

その時、指先が触れたアクリル板が、ジュウウッ……と音を立てて溶け始めた。

「え……?」

力を入れたわけではない。ただ触れただけだ。

なのに、俺の指は熱したナイフのように、分厚いプラスチックをバターみたいに切り裂いてしまった。

ポッカリと空いた穴。

灰は驚きつつも、その穴から手を突っ込み、商品棚を探った。

指先に触れる冷たい感触を期待して。

だが、指が掴んだのは空虚な空気だけだった。

「……ない」

空っぽだ。

誰かに持ち去られた後なのか、それとも3年の間に蒸発してしまったのか。

あるのは埃っぽい空き缶の死骸だけ。

期待が裏切られた瞬間、灰の膝から力が抜けた。

(マジかよ……)

その時だった。

背後の建物の影――太陽の届かない深い闇の中から、**「ズルリ」**という音がした。

「――水、ミズゥ……」

人の声ではない。もっと湿った、粘着質な響き。

灰が振り返ると、そこに「それ」はいた。

身長は子供ほどだが、腹だけが妊婦のように異常に膨れ上がり、手足は枯れ木のように細い。

皮膚は泥色で、口は耳まで裂け、乱杭歯らんぐいばが並んでいる。

餓鬼ガキ」。

かつて絵巻物で見たような怪物が、そこに実在していた。

「ミズ、ヨコセェ……!」

「うわっ!?」

餓鬼が跳んだ。

見た目に反して速い。枯れ木のような爪が、灰の首を狙って迫る。

思考する暇はない。

灰の体は、3年前まで染み込ませていた空手の型を、無意識に再現していた。

(右、上段突き――!)

恐怖よりも先に、体が反応する。

踏み込み。腰の回転。正拳を突き出す。

その瞬間だった。

灰の拳を中心に、周囲の空気が一瞬で赤熱し、爆縮した。

ドォォォォォンッ!!

「――は?」

打撃の感触はなかった。

代わりに、凄まじい爆風と熱波が巻き起こり、灰自身を後方へ吹き飛ばした。

背中をコンクリート壁に強打する。

「ぐっ……!」

痛みに顔を歪めながら、顔を上げる。

そこには、もう餓鬼はいなかった。

いや、「いなくなった」のではない。

餓鬼がいたはずの空間には、黒い炭の粉が舞い、地面のアスファルトが扇状にドロドロに溶岩化していた。

一撃だ。

ただの正拳突きが、小型爆弾のような破壊力を生んでいた。

(なんだよこれ……俺はただ、あいつを追い払おうと……)

自分の手を見る。

拳から立ち昇る青い炎は、さっきよりも激しく、荒れ狂うように燃え盛っていた。

消えない。消し方が分からない。

「消えろ……消えてくれよ!」

手を振っても、炎はまとわりつくように燃え続ける。

周囲の草が枯れ、壁が焦げていく。

このままでは、自分自身が火種になって、この場所ごと焼き尽くしてしまうかもしれない。

呼吸が荒くなる。心臓の音が警鐘のようにうるさい。

制御不能な力への恐怖で、視界がチカチカと明滅する。

(誰か、助けてくれ――)

その時。

チリン、と涼やかな鈴の音が、熱気を切り裂いた。

「――おいおい。派手な狼煙のろしを上げるねェ」

炎の向こうから、声がした。

焼けた鉄の匂いとは違う、甘いお香の香り。

パニックに陥る灰の前に、一つの影が軽やかに降り立った。

素人ニュービーにしては上出来だけど、そのままだと自分がコゲるよ? イケメンが台無しだ」

炎の揺らめき越しに見えたのは、露出度の高い衣装を纏った、ダンサーのような少女。

彼女――**神楽カグラ 鈿女ウズメ**は、焦熱地獄の中でも汗ひとつかかず、呆れたように、けれど楽しげに笑っていた。

「落ち着きな。深呼吸して、その熱を『喰う』イメージを持つんだ」

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