第3話
ソルディーヌの首都、その地下街。
地上の大きな通りとは打って変わり、人や店、道全てが薄汚れたその地は治安が悪く、法による拘束が薄い。
その中の一つの酒場からフードを深く被った赤髪の青年――リアムが姿を見せる。
彼はその後も道端に座る浮浪者に話を聞いたり別の店へ入ったりと移動を繰り返す。
そして日が暮れる頃。
地上へと向かう坂を登る彼の進行方向に、同じくフードを被る人物二人の姿がある。
二人はリアムに目配せをすると先に地上へと上がり、すぐ近くの脇道へ入る。
その背中を追うようにリアムも同じ道へ入ると、すぐ耳元から声がした。
「どうだった?」
「情報ならあっさり集まりました。有名人が多いみたいでしたから」
三人の中で最も背が低い人物が問う。素顔を晒さずともその声音から女性であることがわかる。
リアムの返答に「そうか」と短く相槌を打った彼女は赤く染まる空を見上げる。
「これは例えばの話だけれど」
「はい」
「この街に何か大きな危機が訪れたとして、貴方が復讐したい相手は現れるかな」
意味ありげな問い掛け。その言葉に含まれた意味を悟りながらリアムは薄く笑む。
「はい、少なくとも一人。王国騎士団の団長――里を襲撃した際の指揮官が首都にいます」
大勢の騎士の先頭に立っていた男。そして父の命を奪った騎士の姿がリアムの脳裏に過ぎる。
「そうか。ならここからは暫く別行動をしよう。貴方は貴方の思うように動けばいい」
女性はリアムの頬にそっと触れる。
彼の金色の瞳と、女性の青い瞳が見つめ合った。
「私達が何故ここに来たのか、これから何を起こすつもりなのか。貴方は何も知らない。だから、貴方は好きに動いていいし……貴方の手が汚れる事はない。貴方が追い求める『幸せ』が消えることもない」
「ありがとうございます」
「いってらっしゃい。可愛いお人形さん」
リアムは深く頭を下げるとその場を去っていく。
その背中を見送りながら、女性の傍に控えていた三人目が溜息を吐く。
「よろしいのですか。認めるのは癪ですが、彼の力は役に立つでしょう」
「いいんだよ。そういう約束だから」
「……随分と彼には甘いですね」
その言葉に女性は微笑みを返す。
「私は彼の願いを叶える手伝いをする。代わりに彼は、その願いが消えない範疇ならばどんな事でも手を貸す。……そういう契約だからね」
だから彼は何も知らなくていいんだよ、と女性は呟いた。
彼女は夕焼けを瞳に映しながら呟く。
「さて……。私たちは国を傾けに行こう」
王国騎士団団長、バイロン・マクレガン。リアムの父や、その他大勢の同志を殺した男。
その地位は一部隊を指揮していた時よりも随分と高いものとなり、身元も明かせないようなリアムが接触する事は難しい。
しかし、それが叶う好機は今日の内にやって来るだろうとリアムは悟っていた。
早鳴る鼓動を抱え、深呼吸を繰り返す。
リアムの瞳は冷たく鋭く光っていた。
夜へと切り替わり始めた空の下、リアムは大通りへと出る。
その時だ。
強い風が吹き荒れ、大きな影が首都の真ん中を覆う。
――ドラゴンだ。
街を簡単に包み込んでしまいそうな体を持つドラゴンが咆哮を上げながら首都の上空を旋回する。
「俺は、何も知らない」
無知とは罪だ。だが同時に致命傷を回避できる手段であるとリアムは知っている。
リアムは知らない。
目を閉じていた時、背を向けて走り出した後、何が起きていたのかを。
どんな光景が広がっていたのかを。
だからこそ、彼は僅かな理性を残して生き残り続けることができた。
無知は罪であり、免罪符でもある。
それを振り翳していなければ――彼の復讐は完成しない。
滑空するドラゴンは炎を吐き、辺りの建物や人を燃やしていく。
しかしその攻撃の最中、遠方から魔法が放たれる。
ドラゴンの意識は自然と自分を傷つけた者――魔導師隊へ向けられる。
そして注意が遠方へ向けられた隙を狙い、王国騎士団らがドラゴンの足元へと潜り込む。
「いいか、飛行位置が落ちたら一気に畳み掛ける! 一般市民を巻き込むな!」
そう叫ぶ男の姿。その顔。
その特徴が記憶の中のバイロンと一致した。
(――来た)
リアムは騎士団へ近づく為に逃げ惑う人々の波に逆らうようにして走り出した。
思い出すのは母の最期の言葉だ。
――幸せになりなさい。
(わかってるよ、母さん)
リアムは口角を引き上げた。
炎の海の中、バイロンは呆気に取られる。
王国騎士団は戰の国という異名を持つソルディーヌでも名を連ねるような剣士達ばかりを集めた国一番の戦力だ。
しかし、バイロンの周囲にはそんな精鋭達が黒焦げの屍と化して転がっている。
「こんな事が……」
ドラゴンへ攻撃を与えていた魔導師達がいた場所もまた、炎に包まれ、攻撃も止んだ。生存者は見当たらない。
応援がやって来るまで時間を稼がなければならない。しかし、それを可能とする術をバイロンは思いつけなかった。
そして、ドラゴンは未だ生きているバイロンへ向けて炎を吐く。
(…………ここまでか)
その時だ。
炎がバイロンを包み込む直前。彼の死角から一つの影が飛び込んだ。
それはバイロンを思い切り蹴り飛ばす。
「――っ!?」
信じられない威力と速度で吹き飛ばされたバイロンはドラゴンの攻撃を避ける事ができた。
瓦礫と死体だらけの地面を転がった彼の体はやがて動きを止める。
「これは悪意じゃない! 助ける為に仕方なくだから手を汚した事にはならない! そうそう、うん」
何が起きたのかと顔を上げるバイロン。
目の前には何やら言い訳らしき言葉を並べている赤髪の青年がいた。




