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自殺村

作者: 雉白書屋

 おれの人生はどん詰まりだ。借金に借金を重ね、拾ってくれた会社にも不義理を働いた。もう引き返すことはできない。おれにはもう、この手しか残されてない。

 そう何度も頭の中で繰り返しながら、おれは“道”と呼ぶにはあまりに心もとないこの山道を、ひたすらに歩き続けていた。ぬかるみ、倒木、湿気、枯れ葉、くすんだ色のそのすべてが肝を萎ませ、おれをその場に留めようとしてくる。だが、もはや躊躇はなかった。


「あっ」


 ふいに足が止まった。ふと目をやると、一際太い木の幹にロープが巻きつけられていた。自然と目で辿ると――驚いた。その先には、白骨化した人間がぶら下がっていたのだ。


 ――首吊り、か。


 おれはどこかほっとした。ここにも、おれと同じように人生が詰んだやつがいたんだな、と。


「まあ、おれは生きているがな……ん?」


 その死体の奥の、もう一本の木の幹に何かが打ちつけられている。看板だ。自殺防止の標語か? 『命は大切』とか、『思いとどまって』とか。なんという皮肉だ。

 そう思いながら近づき、目を凝らした。

 そこには、矢印とともに手書きの文字でこう書かれていた――


「ようこそ、ここは『自殺者の村』だよ!」


「は、はあ」


「さあさあ、奥へどうぞ」

「大荷物だなあ。はははは!」

「よう来たなあ。ひひひひ」


 矢印に従って奥へ進むと、開けた空間が広がっていて、おれはそこで熱烈な歓迎を受けた。

『自殺者の村』。村長を名乗る男の話によれば、この山はなぜか自殺志願者が集まりやすく、いつしか自然と集落のようなものが出来上がったのだという。とはいえ、そこに並んでいたのは掘っ立て小屋や汚れたテントばかりで、村と呼ぶにはあまりにも粗末だった。 

 住人たちは畑を耕し、近くの川で水と魚を得て、最低限の生活を営んでいるらしいが……。


「あ、なんで死なずに生きてるんだって思っただろう? この村にはルールがあるんだよ」


「ルール?」


「そう! 今までに死んだ人と、かぶらない死に方じゃないといけないのさ!」


 村長は声を張り上げて笑う。周囲の村人たちもそれに合わせて大笑いした。

 どうやらこの村の住人は皆、躁鬱病のようだ。異様に明るく、それでいて陰鬱で、どこか鬱陶しい。


「ちなみに、首吊り死体を見ただろう? あれは初代村長さ。二代目はあそこで生き埋めになって死んだんだよ。いや、あっちだったかな? ははは! 忘れちゃったよ!」

「はははははは!」

「ひーひっひっひ!」


 辺りを見渡すと、刃物やロープといった定番の道具のほかに、見たこともない奇妙な装置や不気味な形のオブジェがそこかしこに転がっていた。過去の村人たちが、唯一無二の死を目指して試みた残骸なのだろう。おれは思わず身震いした。


「ん? ああ、あそこの棺桶はすでに入居済みだよ。ふふふ、自分で作って、その中で餓死した男がいたんだ。それから、あそこの壊れたブランコの先を見てみなよ。ひひひ、ほら、木のてっぺんに白骨が刺さってるだろう? ブランコを限界まで漕いで、あそこまで飛び上がった男の成れの果てさ。それと、あっちのトーテムポールのてっぺんにある頭蓋骨は、自分で鉈を振るって首を落とした男のものだよ。いやあ、あれはすごかったなあ。意外といけるもんだなって感心したよ」


 村長の勢いに押されて、おれはただ「はあ」と気の抜けた声を漏らすしかなかった。どこまでが事実で、どこからが虚構なのか。いや、そもそも知りたいとも思わない。

 しかし、ずっと黙っているわけにもいかなかった。


「で、あんたはどんな自殺の方法を考えてるんだ?」


 そう訊ねられ、おれはたじろいだ。


「えっと、石を飲むとか……ですかね……?」


「それは三年前にやったやつがいるよ」と、村人の一人がつまらなそうに吐き捨てた。


「じゃあ、高い木の上から飛び降りるとか……」


「ふっ」


「えっと、じゃあ、その……」


「まあまあ、村長。彼は来たばかりなんだから、あまり困らせないであげなよ。荷物もあるんだし、まずはあのテントで一息ついて。時間なら、たっぷりあるからさ。ゆっくり考えるといいよ」


 別の村人が助け舟を出してくれたことで、おれはようやくその場から解放された。

 宛がわれたテントに入り、荷物を下ろした途端、安堵と疲労が一気に押し寄せ、思わず深く息を吐いた。


 しかし、なんなんだここは……。イカれた連中だ。いや、自殺しようという時点で、まともではないのは当然なのかもしれない。それにしても死に方など、どうでもいいじゃないか。それとも死ぬ瞬間くらいは、自分だけの“アイデンティティ”を残したいのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えながら横になっていると、体の奥からじんわりと眠気が染み出してきた。抗う理由もなく、そのままおれは深い眠りに落ちていった。

 翌朝。激しい雨のような音に目を覚ました。

 寝ぼけ眼で身を起こし、テントの外へ出る。すると、村人たちが一塊になって集まり、盛大な拍手を送っていた。


「あの、どうしたんですか?」


 おれは不穏な空気を感じながら村長のもとへ歩み寄り、声をかけた。


「はははは! どうもこうも、自殺の成功祝いに決まってるじゃないか! はははははは!」


「あ、ああ、そうですか……」


「いやあ、盲点だったねえ。ほら、近くでご覧よ」


「え、おれはいいですよ、いいですってば……あ」


 道を開けられ、背中を押されて、おれは見てしまった。

 死んでいたのは、昨日おれをテントに案内してくれた中年の男だった。全裸で、大きな岩の下敷きになっている。首と手足だけが岩の縁から突き出していて、まるで巨大な亀のようだった。四肢は不自然に膨れ上がり、顔面は青白く変色していて、口元から流れた血が落ち葉を赤黒く染め、土へと染み込んでいた。


「惜しかったねえ。ほんのついさっき、息を引き取ったところだよ」

「おれたちで岩を転がしてやったんだ。丸太をローラー代わりにしてな」

「『今、あばら骨が折れた!』とか『腸が肛門から出てきたかも!』って、実況してくれたよ!」


 胃の底がひっくり返る感覚に襲われ、おれはその場にしゃがみ込んで嘔吐した。村人たちは気にも留めず、楽しげに語り続けた。


「いやあ、彼のおかげで豊作だよ」

「最近、自殺者がなかなか出なかったからね」

「危うく全員で餓死するところだったな。はははは!」

「ははははは、前に餓死したやつがいるから、それじゃ死ねないって! ははははは!」


「ほ、豊作……?」


 おれは口元を拭いながら、震える声で問いかけた。


「そうさ。この山の神様が、自殺のご褒美として恵みをくださるんだよ」


「は? 山の神様……? それって……人身御供ってやつですか? でも、そんなの……」


「迷信だって? いやいや、本当さ! 山の神はこの村を、いつも見ておられるんだよ。だからこそ、同じ死に方じゃダメなんだ。新しい死に方で命を捧げなきゃいけない! 私も、あいつも、君も君も君もお! はははははは!」


 村長の咆哮とともに、村人たちの狂気じみた笑いが一斉に爆ぜた。耳の奥がキリキリと軋み、こめかみのあたりに鋭い痛みが走った。

 山の神とやらの真偽はどうでもいい。ただ、この狂った連中は、それを本気で信じているようだ。もしかすると、死の恐怖からそんな妄想に取り憑かれたのかもしれない。


「それで……あんたも、そろそろ試しに死んでみるといいよ」

「そうそう、それでこの村の立派な一員さ」

「みんな期待してるんだよ。岩の彼さ、あんたの大荷物を見て思いついたんだって」

「相当、準備してきたんだろ? どんな道具を持ってきたんだ?」

「なあ、おれたちにも見せてくれよ」


 村人たちがじりじりと詰め寄ってくる。おれは一歩、また一歩と後ずさりし、次の瞬間、踵を返して駆け出した。テントへ飛び込み、リュックを掴んで再び外へ飛び出した――だが、すでに四方を囲まれていた。


「は、離せ! 触るな!」


「まあまあ、そう怒らないでさ」

「そうそう、穏やかに穏やかに、死にましょう」

「ひひひ、何が入って……え」


 リュックの口が開かれた瞬間、村人たちが息を呑んだ。そして次の瞬間、すさまじい歓声が巻き起こった。


「ば、爆弾だ!」

「それ、ダイナマイトだろ!?」

「はははは、こりゃすげえや! ははははは!」


 盛大な称賛に、おれは思わずたじろいだ。だが、悪くない空気だ。この興奮をうまく利用すれば、この場を切り抜けられるかもしれない。


「いやあ、さすが、若い人は発想が違うねえ。都会の人かい?」

「ほんと、ひひひ、これはもう、すごい死に方になるぞお」

「ああ、想像すると、あふあは、はふああ……」


 村人たちはおれの背中を叩き、肩を抱き、頬にキスした。涙を浮かべているやつすらいた。まるで英雄扱いだ。

 おれは震える声を押し殺しながら、なんとか言葉を紡いだ。


「そ、そうなんです。実は……職場から、こっそりくすねたものでして、へへへ……。皆さんを巻き込んじゃ悪いんで、む、村から少し離れたところで、一人でやりますよ……」


 村人たちは「ああ」「うんうん」と口々に呟き、頷いた。いいぞ、一人になれそうだ。


「ああ、そうだなあ。ふふふ、みんなで見送ってあげよう」

「でも……」


 村人たちがピタリと動きを止めた。おれは息を呑み、訊ねた。


「でも……?」


「みんなで同時に死ぬっていうのも、ありなんじゃないか?」


「……はは、はははははははは!」「ははははははは!」「ひーひっひっひ!」「ははははははは!」 


 その笑いは合意の証だった。おれは胴上げされ、歓喜の声に包まれながら、村の奥へと運ばれていった。叫ぼうが暴れようが、連中はものともしなかった。まるで恋焦がれているかのように目を輝かせ、手を震わせている。恍惚の表情――死に取り憑かれ、死を渇望し、死を崇めているのだ。

 やがて、爆発音とともにすべては静寂に還るのだろう。笑い声も、おれの叫び声も何もかもが。


「おれは……! この山で金が採れるって聞いて来ただけなんだ……!」

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