邪悪な王子に刺され、姫は霧のように消えた
今日はイセコイでございますのよ( *´艸`)
私の朝食なぞ、魚肉ソーセージに1杯の牛乳で良いのだが、姫様はそうはいかぬ。
ウィスキーを呷る様に牛乳をグイッ!とやり、葉巻の様に魚肉ソーセージを咥えて私はいそいそと姫様の朝食の準備を始める。
チェリータイプのモッツァレラチーズとミニトマトをおのおの4等分に切ってクラッカーにのせクレージーソルトを掛ける。
冷蔵庫からコンビーフとクリームチーズを混ぜ合わせて作ったディップを取り出し、これもクラッカーにのせ、イタリアンパセリで飾り付けした。
うん!いい色どりだ!
近頃、また食の細くなってしまった姫様の目を楽しませ、少しでも食が進めばと願う。
姫様は……どうやらご自分が太ってしまったと気に病んでいる様だ。
『体重がリンゴ3コ分のどこかのネコ』ならまだしも、ここ『ニッポン』の男共とさほど変わらぬ背の高さの姫様なのだから……ほんの数百グラム増えたとしても、どうと言う事は無いのに……
武骨物の私はこう思うのだが、姫様にとっては天地がひっくり返えらんばかりの一大事らしい。
自らの美に対してとても神経質な姫様はあられもない姿を玄関に置かれた姿見に映し、日に何度もチェックなさる。
どうかすると私の前に立ち塞がってご自分のスマホを押し付け、私に撮影を強要なされる。
眩いばかりの美の極致!!
正視するのは躊躇われるが、カメラの角度をおかしくして事実とは異なるふっくらした体形に映ってしまったりしては大変な事になるので、正しく撮る事に集中して私はシャッターを切る。
画面を通して見るそのお姿は……“彼の地”において『アドラー姫こそマロニエ王国の至宝』と謳われた完璧なる美!!
その類まれなる美のすべてを……敵国であるグルガルタ公国の邪悪の象徴たるこのラガルトが目の当たりにすることになろうとは……
すべてはあの日から始まった……
蝙蝠の翼を我が物とした日、マロニエ王国の者どもを震撼させてやろうと、たった一人で飛び立った私は漆黒の空を切り裂き、マロニエ王城のバルコニーに降り立った。
“妖”と化していた私は、腰を抜かして動けないで居る侍女の若い生き血をまず啜らんと
“獣になった”手を振り下ろした。
しかし、その鋭い爪が掛けたのは侍女を庇ったアドラー姫の背中!!
決して傷付けてはいけない唯一無双の“宝石”から吹き出した赤いしぶきで私は我に返り、自らの行為に恐怖した。
そしてその瞬間、私とアドラー姫は彼の地から、ここ『ニッポン』へ転生し、この世界で生きる羽目となった。
“魔”属性の私にとってはその“環境”を取り込み“市井の草”と化すのもさしたる事では無い。
しかし気高い王族の象徴たるアドラー姫には、それは容易ならざる事の様で……
私は傷を付けてしまったせめてもの罪滅ぼしにとアドラー姫を匿い、“サラマンダー”と言う二つ名を棄て『サラリーマン川森太郎』として“スーツ”という戦闘服を身に纏った。
だが、ここの生活は、アドラー姫にとっては鉄と石に囲まれた牢獄の様なものなのだろう。
マンションの一室は豪奢なドレスには狭すぎるので、やむを得ず“下僕の様な”服を身に纏ってはみたが「ああこれならば、生まれたままの身で居る方がマシ!」と姫様はスウェットの裾を涙で濡らした。
そしてそのうちに……独りで居る時には何も身に着けなくなってしまった。
なぜそれが分かったのかと言うと
遅く帰ってきたある夜、姫様はこたつの中に半分潜り込んで寝入っていたが、その背中はプラチナブロンドの髪しか纏ってはいなかった。
丁度“あす楽”で買ったばかりの毛布があったので掛けてあげようと近付いたら姫様は軽く寝返りを打った。
髪の房が割れて……その隙間から覗く“私の爪痕”に毛布の持つ手が震えて、姫様を起こしてしまった。
頭を擡げた姫様はそのブルームーンダイヤの様な瞳で、毛布を手に持ったまま凍り付いている私を見据えた。
「あなたは勝者!たかが戦利品に対し、いたずらに罪を感じ打ち震える必要はございません」
その言葉に私は完全に敗北し、跪いて姫様の御み足を頭にいただいた。
その時から、姫様の全てのお世話は私が執り行った。
そう、どんな事も……姫様はまるで侍女に申し付けるように私にやらせた。
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マンションのバスルームは“大の大人”二人には狭過ぎる。
「濡れてしまったあなたにくっ付かれては私が寒い」
こう言われてから姫様を洗い清める時は私も裸になった。
その日も洗い清めた姫様を抱き上げたら、姫様の御手が私の裸の胸に置かれた。
「いつも思っておりました。“サラマンダー”と呼ばれていたあなたなのに、この胸は燃えていないと」
私は自分の心に秘めている姫様への想いを読まれてしまったのかと酷く狼狽えたが、努めて平静を装って言葉を返した。
「お戯れを」
けれども胸に置かれた姫様の御手はそのままで……胸の鼓動の早さを姫様に気取られるのでは?と気が気でなかった。
ほんの少しの距離を途轍もなく長く感じた後、姫様をそっとベッドに下ろした。
眩いばかりのお体に上掛けを施し、身を起こそうとすると姫様の手が私の首に巻き付いた。
「?!」
「お戯れとは、こういう事ですか?」
涼やかな声が漏れ出たその唇が私の体に触れて、蝶の様に飛び立ち、また触れた。
「サラマンダー……そのふたつ名の通りに……私に火を点けて下さい」
火を点けられたのは私の方だった。
すぐさま私の中の激情は爆発し、姫様の為だけに用意したはずの広いベッドの上に、私は姫様を押し倒した。
それなのに!!
それなのに……
二人同時に幸せの絶頂に達した時
姫様は消えてしまった。
それはまるで
儚い霧の様で
私の全てが
一瞬にして消えてしまった……
私が隠された姫様の手紙を見つけたのは
ずっと後になってからだった。
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私の素敵な王子様へ
この手紙をお読みになっているあなたに
まずは
ごめんなさい
私の身勝手であなたを振り回し続けてしまいました。
でも、あなたにも少しだけ
責任がございますのよ。
あなたが私の部屋のバルコニーに降り立ったあの時に、
私は解けない魔法を自らに掛けました。
いかなる方法であっても
あなたが私を刺し貫いたその時に
私は霧となって消え去り、それと引き換えにあなたのお命をも断つと!!
この世界に来て最初の頃は
生き恥を晒したくない!!
あなたに報いを受けさせたい!!
そんな浅はかな思いだけで
あなたに酷い態度を取り続けました。
本当に、ごめんなさい
でも、あなたが私に傾けてくださったお気持ちを知る度に
私の胸の中は
あなたへの愛と我が国、我が民への愛の間を揺れ動き、激しく引きちぎられました。
私は弱い
ただの女でしかないのです。
本当は……
だから、そんな女が張る
最後の虚勢と
ご理解なさってください。
その上で、まだ私に御心があるのでしたら
私は来世では必ず
あなたに添い遂げます。
私の魔法には
おまけがございます。
『もし、二人がお互いを慈しみ愛し合った上での事であるなら、あなたは寿命を全うされ……来世では二人は必ず結ばれる』と言う……
今、消え去る事
私はちっとも怖くはありません。
あなたが私を想う心を私があなたを想う心と同じ様に
ひしひしと感じていますから
今日、
あなたがこのドアを開けて帰って来たら
私はあなたに抱かれる……
もう数日前から
私の胸はドキドキしっぱなしで
ごまかすのが大変だったのですよ
では、その瞬間を心待ちにしながら
あなたをお迎えする準備をいたしますね
あなたの姫より♡
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こんな手紙が何の慰めになろうか?!
私は姫様に愛されなくても良かった!!
姫様が健やかであってさえくれれば!!
この“異世界”でふたり肩を寄せ合い生きていければ
それだけで
充分だったのに!!
でもそれは私の身勝手!
姫様には姫たる宿命がある
分かってはいる
それでも!!
せっかく異世界に来たのだから!!
新しい自分として生き続けて欲しかった。
私は!!
私は……
……今、気が付いた
姫様も同じ事を考えたのだ!!
姫様は自分の身を挺して
私がこの世界で完全に新しく生きて行ける様、あの魔法を使ったのだ!!
切なくて悔しくて愛おしくて
私は姫様を想って
子供の様に慟哭した。
おしまい
短いけれど心を込めたつもりです(#^.^#)
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