第23話 道具屋と行くダンジョン探索
ダンジョンの入り口では、すでに騎士団の仲間が立ち入りを制限していた。人が亡くなったばかりということもあり、出入りを厳重に管理しているのだ。
「お疲れ様です。事件の担当で来ました、エリナです」
挨拶を交わすと、仲間たちは少し驚いた様子でこちらを見る。
「おい、2人だけで大丈夫か!?」
心配そうにそう言われたけれど、オーランドさんは「問題ない」と一言だけ冷たく言い残し、そのまま黙って中へ入っていってしまった。私も慌てて後を追う。
……
ダンジョンに入ると、すぐにオーランドさんの言葉の意味を痛感することになった。
ラカンさんもダンジョンの探索は手慣れた様子だったけれど、この人の場合は全くもって次元が違う。
彼の左手には、いくつもの道具が詰まったトランクケース。右手には、何やら液体の入った小瓶が握られている。
魔物が現れるたび、オーランドさんは何も言わずにその瓶の液体を素早く撒く。飛び散った液体が、魔物の体に数滴かかると――悲鳴を上げる間もなく、魔物は煙のように蒸発し、霧散して消えてしまった。
「え、えぇ……!?」
あまりに呆気ない光景に、私は思わず声を上げる。驚きで立ち尽くす私に、オーランドさんはチラリと冷静な視線を向けただけで、何も言わずに先を進んでいった。
「オーランドさん……その液体って、すごく危険な薬品だったりしますよね?」
恐る恐る問いかけると、彼は少しだけ眉をひそめ、何を言っているんだという表情を浮かべる。
「危険? いや、全く危険ではない」
そう言って、オーランドさんはその液体を自分の手の上に少し垂らしてみせた。
「ひいいっ!!」
思わずまた悲鳴を上げてしまう。だって、魔物を一瞬で消し去った劇薬を、何の躊躇もなく自分の手に垂らしているのだから。
けれど、オーランドさんは涼しい顔のままだ。
「ただの聖水だ。とはいえ、特殊な製法で極限まで純度を高めてある。この辺りの下級種ならば、触れただけで消滅するな」
「そ、そんな便利なものが……」
「念のため言っておくが、街の道具屋や教会では売ってないぞ」
つまり、非売品。オーランドさんの手作りというわけだ。改めて、彼の道具屋としての腕前に驚かされる。
その後も、オーランドさんは色々な道具を使いながら、迷いなくダンジョンを進んでいった。コンパスやダウジングのような不思議な道具を取り出し、その度に正確に道を見つけ出していく。
念のために持っていた、こないだ私が描いたフニャフニャなマップは鞄から出す隙さえない。
「あ、あの……本当に、迷わないんですね」
「迷う理由がない」
オーランドさんはさも当然のように言い放ち、道具をしまいながらさらに奥へと進んでいった。
――
淡々とした足取りで進むうちに、程なくして例の部屋へとたどり着いた。
ラカンさんと来た時はあんなに時間がかかったのに、今回はまるで別のダンジョンに来たかのような効率の良さだ。
「――ここか」
オーランドさんは立ち止まり、部屋の前に掲げられたプレートに指先を触れさせる。わずかに汚れが落ち、プレートの文字が輝きを取り戻したのを見て、オーランドさんはかすかに眉を上げた。
「ふん。問題ないな。浸食も進んでいない」
落ち着き払った声。相変わらず、この人は何も動じない。
「そのプレート、オーランドさんが作ったんですよね? 凄く特別な物だって聞きました」
「まあ、な。手間がかかるから滅多に作らないが、なかなか持ちがいい」
どこか自慢げな言い方だけれども、まぁ、確かにそうか。こんなプレートが簡単に作れたら、ダンジョン中が看板だらけになっているはず。
「そうなんですか。凄く冒険者さんの助けになりそうな道具なのに」
そう言った私に、オーランドさんは軽く首を傾げて考えるような素振りを見せた後、口元に薄い笑みを浮かべた。
「まぁ、せっかくこんなものを取り付けても、肝心な冒険者の目に入らなければ、意味がなかったようだがな」
彼は顎を軽くさすりながら、遠くを見るような目で言った。何かを思い出しているようだ。
「そうですね……。え? これだけ目立つ看板なんですから、さすがに気づかないってことはないと思いますよ」
そう言いながら、私はしっかりとドアに貼りついているプレートに目をやった。どう考えても、これを見落とすのは難しいだろう。
「そうか? うちの店のドアの看板に気づかなかった奴もいたようだが」
オーランドさんは、まるで独り言のように言いながらプレートをもう一度軽く叩いた。
(お店での事、まだ根に持ってるのか……)
ホントに嫌味な性格だなぁ。そう思いかけたその瞬間、ふと違和感に気づく。
「え、待ってください。確かに、看板があっても、ドアが内側まで大きく開いていたら……中に入るまで気づかないですよね?」
オーランドさんは顎をさすりながら、軽くうなずいた。
「中から慌てて閉めたりすれば、なおさらだろうな」
その一言だけを残し、床に置いていたアタッシュケースを再び持ち直し、ドアに手をかける。
「ち、ちょっと待ってください! 私、今何か大切な事を……」
もしかしたら、あの日――このドアは最初から開いていたのかもしれない。だとすると、被害者がトラップルームだと知らずに中に入ってしまった可能性がある。慌てていた彼女は、危険に気づく間もなく、ドアを内側から閉めてしまったのではないか。
頭の中で、パズルのピースがはまるように思考がまとまっていく。
けど、そんな私の内心にはお構いなしに、オーランドさんはさっさとドアを開け、中へ進んでいってしまった。




