第18話 綺麗ごとじゃ騎士は務まらない
ラカンさんと一緒に部屋を出ると、ちょうど隣の部屋からも人が出てきた。初老の女性で、顔色はひどく青白く、足元もおぼつかずに団員に連れ添われている。先程までラカンさんが対応していた来客だ。
彼女は私たちに気づくと、フラフラとした足取りのままこちらへと歩み寄ってくる。
「あ、あの……お仲間の皆さんは……?」
彼女の言う「お仲間」というのは、さっきの男女のことだ。
彼女は、昨日ダンジョンで行方不明になった若い女性冒険者のお母さん。そして、さっきの二人は、娘さんが所属していたパーティーの一員という話だった。
「さ、先ほどお帰りになりました。……あの、顔色がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
私がそう声をかけた瞬間、横からラカンさんが肘で脇腹を叩いて小声でたしなめてきた。
「大丈夫なわけないだろ」
――ラカンさんの言う通り。
彼女の表情から希望の色は一切伺えず、最悪の事態を覚悟している事が伝わってくる。
聞けば、彼女自身も元冒険者。夫も冒険者だったそうで、その彼も十年ほど前に、冒険で命を落としたそうだ。
残された唯一の肉親である娘さんがダンジョンで行方不明になったという話を聞いたばかりのこの人に、大丈夫、なんて言葉をかけてしまった自分が恥ずかしい。なんで、もっと気を利かせた言葉が出てこないんだろう……。
「あ、あの。ごめんなさい。私……」
慌てる私を見て、彼女は力ない笑顔を返してくれた。
「いいの。あなたは何も悪くないわ。あの子を止められなかった私が……全部……」
そこまで言って、彼女は再び嗚咽を漏らしながら泣き出してしまった。そんな彼女の背中を優しくさすりながらラカンさんが嗜める。
その様子を見て、私は黙る事しかできなかった。
……実は先程、知らせを受けたこの女性が騎士団に駆け込んできたとき、さっきの冒険者たちと鉢合わせになった。
ひどい言い争いになり、彼らとこちらの女性を別々の部屋に押し込むだけでも大変で、正直そこで私はぐったりしてしまった。
娘さんを失ったこの女性の気持ちを思うと――そんな事でまいっていた自分の未熟さが情けなくなる。
暫くして、ラカンさんのお陰で女性は少し冷静さを取り戻した。廊下に置かれたベンチに腰掛けると、すっかり信頼しているのか、隣に座るラカンさんに縋り付くように声を絞り出した。
「あの、お願いです。もう一度、あの人たちによく聞いてもらえませんか……!? しつこいようですけど、娘が宝に目が眩んで無茶をするなんて……私にはどうしても信じられないんです! あの子、いつも私の事を心配してくれる優しい子で……危険な冒険者になったのも、病気でろくに働けない私に変わって家計を支えてくれてたから。そんなあの子が、無茶な事をするはずが……」
女性は震える声で、ラカンさんに縋るように訴える。
「お気持ちはお察ししますが……申し訳ありません。私たちは冒険者協会ではありませんし、そういった個々の事情にはあまり関与できないんです」
ラカンさんも、困った顔で、なるべく彼女を刺激しないよう丁寧に答える事しかできない。
「それは……分かります。それなら――せめて、何か娘の持ち物の一つだけでも、ダンジョンから持ってきていただけませんか? どんなガラクタでも良いので、どうか……」
奇しくも、彼女は冒険者たちと同じ願いを告げた。
大切な人を亡くした時、人はその人との思い出を物に宿らせて、心の拠り所にする。
そうやって、心にポッカリと空いた穴を少しでも埋めないと、痛くて痛くて辛すぎるから。
「……お仲間の方からの遭難届けは受理しましたので、調査には向かいます。その際、何か分かれば必ずお知らせいたしますので……」
ラカンさんが申し訳なさそうに答える。
それでも、冷静で落ち着いたその対応に、女性は少し納得してくれたようだ。言葉を詰まらせながらも「……お願いします」と言い残すと、他の団員に付き添われて、静かに詰所の外へと向かっていった。
そのやるせない後ろ姿が、とても小さく見えて私は何とも言えない気持ちになった。
「……はぁ。やれやれ。気乗りしない仕事だな」
ラカンさんが珍しく仕事の愚痴をこぼす。
「娘さん、無事だといいですね……」
自分でも、なんでこんなことを言ったのかよくわからない。ただ、"遭難者救助"の依頼のはずなのに、誰もかもが諦めきっている状況に、納得がいかずつい口にしてしまったのかもしれない。
「――お前な。いい加減、仕事だと割り切れ。"ミミック"に飲まれたんだぞ。無事なわけがないだろ」
ラカンさんの冷静で、現実を突きつけるような物言いに少しだけたじろいでしまう。
「そ、それは分かってますけど……でも、もしかしたらって」
「はぁ……。どう思おうがお前の自由だが、仕事は仕事として割りきらないと、現実は残酷だぞ。あの冒険者の二人も、助からないって分かってて言ってただろ。ただ、見捨てたとあったら後で問題になるから、うちに通報してきただけだ。本気で助かると思ってるなら、高い依頼料を払ってでも冒険者協会に緊急クエストを出してるはずだ」
ぐうの音も出ない程の正論を並べられて、私は黙って俯くしかない。
もちろん、ラカンさんが嫌味でそんな事を言っているのじゃないのは分かる。人一倍騎士団の仕事に誇りを持ってるラカンさんだけれど、常日頃から「綺麗ごとだけじゃ騎士は務まらない」と私に教えてくれるのも、またラカンさんだから。
黙ったままの私を見て、ラカンさんはもう一度小さくため息をついた。
「……明日はお前も一緒に来い。ダンジョンについて、いろいろ教えてやる」
「え……いいんですか?」
これまでダンジョン内の事件については「お前にはまだ早い」ということで連れて行って貰えることは無かった。それを、ラカンさんが直々に連れて行ってくれるなんて……。
慌てて立ち上がる私には目もくれず、ラカンさんはひらりと手を振り、そのまま自分の部屋へと戻っていった。私はただ、その背中を見つめながら静かに敬礼を返した。




