第14話 姿無き者の欲
「こ、こっちから聞こえたよね!?」
わずかに薙ぎ倒された新しい小枝を頼りに、藪の中を音のした方へと走る。ラカンさんの厳しいレンジャー訓練、まじめに受けておいて本当に良かった。こんな荒れた道を一人で追跡するなんて、新人騎士には荷が重すぎる。
途中、何度か方向を見失いかけたけど――すぐ近くで、大きな声が聞こえた。
『き、貴様は――なぜ!?』
その声が耳に届いた瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねた。
「オーランドさん! そこですか!!」
叫びながら、声のする方へと藪をかき分けて飛び出した瞬間――目に飛び込んできたのは、想像を絶する光景だった。
そこに立っていたのは、二人の全裸のおじさんが――腕をがっちりと掴み合っている。何も言わずお互いに見つめ合って目を逸らさない二人。
「ギィヤァァァ!!」
悲鳴が反射的に喉から出た。
あまりにも突拍子もない状況に、頭が混乱し、思わず飛び退く。そして、手に持っていた荷物――オーランドさんに頼まれた大きな布地を思いっきり彼らに投げつけた。
「いいタイミングだ」
オーランドさんは冷静に飛んできた布地を拾い上げると、それをまるでローブのように身体に巻きつけ、全身を覆った。状況のハチャメチャさとは裏腹に、彼は普段通り冷静なようだ。
「お前も使うか? さすがに全裸で逮捕は、聖職者として耐え難いだろう」
そう言って、もう一枚あった布地を――神父様に差し出す。
神父様は、呆然としたまま、恐る恐る布地を受け取ると、それを震える手で体に巻きつけた。
「お……お前……なぜここに……」
震える声で、神父様がオーランドさんに問いかける。困惑と恐怖の入り交じった顔で震える神父様に対し、オーランドさんはどこまでも冷静で、ただ淡々と答えた。
「仕事だ」
――
程なくして、後を追ってきた騎士団の仲間たちが周囲を取り囲んだ。
逃げ場を失った神父様に向かってオーランドさんが静かに口を開く。
「さて……では、聞くまでも無いが、会場で何を企んでいたか教えてもらおうか? 透明薬を使ってな」
冷ややかに放たれた問いかけに、神父様は俯いたまま、口を開こうとしない。無言の抵抗か、それとも悔しさからか。オーランドさんは一瞬、肩をすくめると、淡々とした口調で続けた。
「……そうか、分かったぞ。さては暗殺だな。おい、騎士団。この男は第一王女の暗殺を企てた凶悪犯だ。即刻連れ帰って処刑するといい」
オーランドさんが本気とも冗談とも思えない口調で私に言い放つ。それを聞いた神父様は、一瞬息を呑み、慌てて声を上げた。
「ま、待て! 待ってくれ! 分かった。正直に白状する……ティアラを……国宝であるティアラを盗もうとしたんだ」
その場に崩れるように項垂れた神父様。
王族に対して窃盗を働こうとしたのだから、もちろん重罪は逃れられないけ。れど、王女暗殺未遂と比べればまだ罪は幾分か軽いはずだ。情状酌量を得られれば、極刑は免れるかもしれない。
オーランドさんは、その告白を聞き流しながら、淡々と続けた。
「あんたの狙いは、最初からこれだったんだな。透明薬が盗まれたと分かれば、当然、警護が厳しくなる。対抗策である"姿追いの薬瓶"が用意されることは明白だ。見ての通り、薬瓶を用意されてしまえばあの警備の中、いくら透明薬を使おうとも、逃げ切ることは不可能だ」
淡々と語るオーランドさんの言葉に、私もようやく理解した。今日の式典では、姿追いの薬瓶を持っている騎士団員は一人もいなかった。あの強烈な臭いを放つ薬を、貴族や来賓が集まる場でむやみに使うわけにはいかない――まさに犯人の狙い通りに事が進んだ結果だ。
「第五王女の式典を使って、透明薬が既に使用されたと思わせ、警戒を解く……。それが本当の狙いだったわけだな」
神父様は、やはり何も言い返さない。全てを見透かされて、諦めたように再び深く息をつき、その場に座り込んでしまった。
「どうしてですか!? 神父様は優しい方でした。教会もあんなに大切にされていたのに。どうして、そんなことを……」
問いかけに、神父様は俯いたまま何も答えない。
代わりに、オーランドさんが冷たく言い放った。
核心を突かれて、何も言い返す事が無いのか。神父様は諦めたように溜め息をつくと、力なくその場にへたり込んでしまった。
その姿に居ても立ってもいられず、神父様の隣に立ち声をかける。
「――なぜですか? 一度お会いしただけですが、神父様はとてもお優しい方で、あの教会も大切に手入れされていることが良くわかりました。そんな信心深い方がどうしてそのような事を……」
私の問いに黙って俯いたままの神父様を見て、オーランドさんが隣で口を開いた。
「信仰だけで飯は食えないからな。結局、欲に目が眩んだんだ。哀れな奴だな」
その言葉を聞いた瞬間、神父様は突然肩を震わせ、顔を上げた。これまでに見たことのない、怒りに燃えたその表情でオーランドさんを睨み返す。
「欲に目が眩んだだと!? 笑わせるな! 欲深いのは国の連中だろう! 教会の有様を見たか!?」
神父様は激昂し、教会の方向を指さす。
「ここは、あのお妃様が慈しみ、度々訪れてくださった由緒ある場所だ。庭の花が綺麗だと褒めてくださった! しかし――今ではどうだ!? 街の真ん中に新しい大教会が建てられた途端、この小さな教会は見向きもされなくなった! 国から支援される維持費も年にたったの数十万ルピタ! この古い建物をそんな端金でどう維持しろというのだ!? 私は――私は、この教会を守りたかっただけだ!」
声を荒げる神父様の姿に、私は何も言えなかった。
けれど、オーランドさんは相変わらず淡々とした口調で返す。
「結局、それも欲に飲まれた結果だ。お前は目先のものばかりを追い、大切なものを見落とした。……愚かだな」
「なんだとっ!?」
神父様がオーランドさんに食ってかかろうとするが、オーランドさんは冷静に言葉を続ける。
「お前は一つ、重大な事実に気付いていない。今のケチな王宮が、どうしてこんな街外れの教会に維持費など出すと思う? 不要になったなら朽ちるまで放っておけばよいだけだ」
「何だと!? ……何が言いたい!?」
「――無理を通して、ここに出資させている人物が王宮内に居るという事だ。お前と同じで、母親が大切にしていた場所を守りたかった人物がな」
その言葉に、神父様は目を見開いた。
「ま、まさか……アイリス様が……」
「ただですら立場の弱い彼女のことだ。この無理を通すために、いったいどれほどの代償を払わされたのか――知りたくもないがな」
神父様は、震える手でポケットの中のブローチを取り出し、眺めた。
たった一人この教会を気に掛け、大切な式典の場にまで選んだ心優しい王女様。そんな彼女と母親を繋ぐ唯一の宝物に対し、自分が何をしたのか、ようやく理解したのだろう。
「ふん。お前は結局、何も理解していない。持ち主にとっての大切なものを、ぞんざいに扱おうとした代償だ」
がっくりと膝を崩した神父様。その姿を見て、オーランドさんは冷たく言い放つ。
「連れて行け」
「はっ!」
オーランドさんが合図を送ると、控えていた騎士団員が神父様を両脇から抱え、連行していった。
(……だから、なんでオーランドさんが指示してるのよ)




