第13話 もう一人の
(クソッ! 何故だ!? なぜ姿追いの薬瓶が!?)
口の中に広がる泥臭さに吐き気が込み上げてくる。さっき飲んでしまった汚らしい池の水がいつまでも喉に張り付いているようだ。
『ハァ、ハァ――』
大丈夫だ……会場からはもう随分と離れた。足を止めて息を整える。……なに、透明薬を飲んだ今の私を見つけられる訳がない。
木の陰に身を潜め、背をもたれかける。落ち着いてくると、ふと足裏に刺すような痛みを感じた。裸足で走ったせいで、小石や枝を踏んだのだろう。持ち上げてみると、空中に浮かぶ透明な脚から滲み出た血だけが、赤くじわりと見えた。
(身体から流れ出た血は透明化が解除されるのか……)
小さく舌打ちしながらも、怒りが込み上げる。
(クソッ、それにしても計算違いだった。あの薬、透明になるのは身体だけで、服が消えないとは。慌てて全裸にならなければいけないとは思ってもみなかった)
息が落ち着くにつれ、怒りがさらに膨れ上がってきた。
(それにしても、あの騎士団の小娘――なぜあんな場所に!? 計画は完璧だったはずなのに……全てが台無しだ!! 透明薬を手に入れるために、どれだけの年月をかけたと思ってる!)
冷静になれ――これ以上は焦るな。透明薬の利点は、ここまでの騒ぎになっても『目撃者』が居ないことだ。私があの会場に現れた証拠など、どこにも残っていない。
落ち着いて、今やるべき事を考える。
(こうなったら、せめてあのブローチだけでも回収して、ほとぼりが冷めたら盗品商にでも売って足しにするか)
あの騎士団の小娘が居たということは、私が疑われている可能性は十分にある。
それに、どうにも不気味なのはあの道具屋だ。おそらくあいつは教会で何かを掴んでいた。足音の件に気付いたのもそうだ。なのに、なぜ私の適当な推理でなぜああも簡単に引き下がった……?
まぁ、ここでこれ以上考えていても仕方がない。これ以上捜査の手が伸びる前に、透明薬が効いている今のうちに、隠しておいたブローチを掘りおこしてくるか。
……
足裏をいたわりながら、やっとのことで教会裏にある林まで辿りつた。
ブローチを隠していた雑草の茂みの中にしゃがみ込み、手近にあった棒で地面を掘り起こす。
がむしゃらに掘るうち、だんだんと見えない手に泥がついて手袋のように見えてきた。それでも暫く掘ると、ゴツン、と棒が何か硬いものに当り、ようやくブローチを入れておいた箱が出てきた。
『はぁ……これだけやって、手に入れたのがこんなガラクタとは』
独り言が自然と口をついて出た。小さく嘆息しながら、箱を持って立ち上がろうとしたその時――
「随分な言い草だな。お前にとってはガラクタかもしれないが、持ち主にとっては大切な宝物だろうに」
突然の声に、思わず息が止まった。
あまりの驚きに、叫ぶこともできず辺りを見回すが――誰の姿も見えない。
「驚くのも無理は無い。まさか、透明人間がもう一人いるなんて思わなかっただろう?」
言葉が終わると同時に、目に見えない手が私の腕をがっちりと掴んできた。
「待て、その声……聞き覚えがあるぞ――まさか」
その瞬間、身体の周りを冷たい風が吹き抜けるような感覚を覚える。そして、薄い氷が割れるような音を立てて、足元から自分の身体が徐々に姿を表していく。
と、同時に――私の腕を掴む“もう一人”の透明人間も、その姿を現した。
「き、貴様は――なぜここに!?」
驚愕のあまり、言葉が詰まる。
目の前に立っていたのは――あの道具屋、オーランドだった。




