金色麦色ビール色
京は夏休みの研究について説明する。
「『いろいろな場所の温度調べ』。自転車で行けるとこ10箇所、6時と9時と12時と15時と18時に温度測ってまとめました。25日分くらい」
は? 暇なの?
「海とかプールは?」
うっかり口にしてしまったオレは、またまたももしおからエルボードロップ。
「マイマイー、うんこ宗哲、海に捨てていい?」
ももしおはねぎまにオレのことをチクリに行く。
「シオリン、捨ててもいいけど、クルージング終わってからね。
船舶免許あるの宗哲クンだけだから」
カノジョなのに酷い。ねぎまのNo.1はオレじゃなくももしお。
京の夏休みの研究はI市の代表5作品の1つに選ばれた。その後、県の代表5作品に選ばれた。更に今度は全国で作られる冊子に研究内容が掲載される7作品に選ばれた。他の40作品については名前とテーマのみ。
10月末に47名が大勢の前で発表し、受賞者は表彰されるという。すげー。
ねぎまには話が聞こえていたらしい。話の輪に入って親身になろうとした。
「ね、京くん、どんな風に内容変えろって言ってた? 聞いたんでしょ?」
オレには分かる。ねぎまの目の奥には好奇心が沸々と滾たぎっている。
「1つ、測ったことをなしにして欲しいって場所があって、もう1つはちょっと離れた別の場所で測ったことにして欲しいって」
大の大人が小学生の夏休みの研究にデータ改竄依頼。
「京くん、それって、どんな場所かな?」
ねぎまはスマホを取り出して地図アプリをタップした。なかなか地図が表示されない。
「ここ、繋がりにくいと思います。たぶん」
京は上空をぐるっと見回す。
「ホントだ。あ、あ、繋がったよ」
しばらくして地図が表示された。
「1つは電気畑の横。すごく暑いんです。そこは調べてないことにって。
もう1つはただの道路。そこも暑いです。そっちが別の場所だったことにして欲しいって言われたとこ。交差点のところまでずらすようにって。でも、交差点のとこは測ってないけどホントは暑くないと思う」
ねぎまはI市を拡大表示。
京はすぐに電気畑を見つけた。
「ここです」
画面を航空写真モードにすると、市松模様のように無地の矩形が表示されるながら、ぽつりぽつりと写真に変わっていく。
やっと表示された画面には整然と並ぶ太陽光発電のパネル。駅からかなり離れた場所。舗装された道路から細い道のようなもので繋がっている。航空写真ではしっかり見えない。道路からも離れた場所にあることだけは分かる。周りは雑木林や雑草の生い茂る荒地。
太陽光発電事業は日当たりの良い土地があればOK。マンションなどの物件とは違って交通の便は関係ない。むしろ不便な場所の方が土地代が安くて好都合だろう。
「なー、そのおっさんって、自治会長さん的な人なんじゃね?
電気畑が熱いなんてよく聞く話じゃん。
それで近隣トラブルとかあって、公にしたくないとか、
そーゆー話なんじゃね?」
オレの憶測にねぎまは、うんうんと頷いただけ。ほぼスルー。京にもう1つの場所を聞いている。
もう一箇所は、何の変哲もない道路。何か大きめの建物の脇。道路を挟んで麦畑が広がる。その麦畑は太陽の光の中で金色に輝いている。きれー。
「さっきの電気畑んとこも、昔は麦畑でした。もっと狭くて」
小学生の語る昔って。
「田んぼじゃなくて麦畑なんだね」
とももしお。
「この辺、土地が米に適してないんです。作ってるのは、ビール用の大麦って社会の時間に習いました。ピッコロビールと提携してる麦畑です」
そう聞くと、画像の金色の麦の穂がビール色に見えてきた。
「……ピッコロビールは冬に買え」
ももしおが謎の言葉を呟く。????
すかさずミナトが聞いた。
「ももしおちゃん、株?」
出た。これこそがももしおのどん引きポイント。株ヲタク。決して人には言えない趣味。母親の口座を使って金を転がしマネーゲーム三昧。あまりに儲けるので親から重宝され、やりたい放題、授業もサボりたい放題。
ミナト先生はももしおのこの手の話に追従できる貴重な人間。
「ピッコロビールはね、
ウインタースポーツのスポンサーなの。
冬の初めに仕込むと、
お正月、家族や親戚で集まったおじさんらが、
スポーツ中継見ながらビール飲んで、
『お、麦わら帽子は冬に買えってゆーよなー』
ってな感じンなって、
大発会ンとき、ご祝儀相場で上がるのー」
(注:この小説はフィクションです)
ももしおは右手にエアービールを持ち、旨そうに飲んで、ぷはーっとやる。
慣れてきたけど、出てくる株用語は不明のまま。ももしおは株について喋る相手がいないからオレたちに喋っているだけで、理解は求めていない。
「京くん、気にしなくていーから」
ミナトは京に、ももしおが発する言葉の半分はどーでもいいってことを伝えた。
「夏休み前、麦畑、この写真みたいに金色んなってて。
温度測ってるとき、収穫してました」
京はねぎまのスマホ画面を指差す。
「ね、京くん。お父様とその人はどんな話なさってたの? 思い出せるだけ教えて」
もはやねぎまは、ももしおの「すきぴ」ってことなど忘れ、京の真正面に陣取っている。ただならぬ好奇心。
「友達の父はポロシャツだったけど、知らないおじさんはスーツで、ネクタイしてて。お土産はししやのマスカット羊羹で。A4で出したオレの研究の紙あって、それ、もう、データ変えてあるやつでした。冊子の印刷はこれでするって言って。おとーさ、父は、その人ら帰った後、その紙、ゴミ箱に捨ててました」
「ひどいひどい。ししやのマスカット羊羹食べたい」
「なにそれっ。……ししやのマスカット羊羹とは興味深い」
ももしお×ねぎまはお怒り。
もう改竄データが用意されちゃってるって。冊子の発行に口出しできるポジションってこと?
京は父親の言葉を紡ぐ。『失格にしてください。データの取り方としては指摘する部分が多々あります。10箇所もの温度を測っているのに、全て6、9、12、15、18時。本当は場所によってかなりずれがある。地面からの高さは考慮されていない。自転車に乗ったままの時もあれば、日陰で休みながら測った時もある。アスファルト、コンクリート、土、そういった記載もない』
「そんで、父、言ってました。息子はできる範囲で頑張った。暑い日、雨の日も。その姿は立派な研究者だって。だから、親としてデータを改竄しろなんてことは言えないって」
ももしお×ねぎまはぱちぱちぱちと手を叩く。
「いいお父さんじゃん」
京の話はそこで一旦終了。
ミナトが温泉卵を持ってきてくれたから。1人1個。残りの1個は京のばーちゃんへのお土産。
各自持っている自分用の器に温泉卵を割り入れる。
「温泉卵だぁ」
目を丸くして嬉しそうな京の反応が可愛い。母性本能をくすぐられたももしおは、胸に手を当てて倒れている。
めっちゃ丁度いい感じ。とろ〜っとしてる。牛丼の上にのっけたいかも。
ん?
1人、温泉卵を割っていない者がいた。ねぎま。
ねぎまの目はスマホに釘付け。電気畑の方ではなく、ただの道路の方を気にしている。拡大したり、周りの画像を見たり、別のアプリで表示したり。
阻止しなければ。
千葉のI市がどれだけ遠くにあろうとも、ねぎまは首を突っ込むだろう。
藪ん中つついてヘビが出てきたらどーすんだよ。ヘビならまだいい。麦畑ん中から死体が出てきたら、マジどーすんだ。
「気にすんな」
オレは強く言った。
何の変哲もない道路脇。その場所をずらして欲しいなんて。
例えば建物か麦畑で犯罪絡みのなんかがあって、目撃者として京を恐れているとか、オレにはそんなことしか思いつかない。毎日3時間おきにその場所を訪れていた京のことを知った犯人が、犯罪を隠蔽しようとしているーーーなんてことはないよな。
オレの視線が強かったからか、ねぎまは、とりあえずスマホをポケットに入れた。それからウザそうに目を細めてオレを見て、席を外した。オレの目が届かないところでスマホを見るんだろーな。
いつの間にかももしおは、船首の方で温泉卵を作っていた辺りを見ていた。そこにはミナトもいる。
京とオレだけ。チャンス。一応、口止めしておこう。
「あのさ、オレとは今日、初めて会ったことにしといて」
京はちらっと横目でオレを見てから、離れている場所のねぎまに視線を送った。何を内緒にして欲しいのかを悟ったよう。小声で答えてくれた。
「うぃっす。宗哲ニキ」
コイツ、めっちゃオレのこと舐めてる。
でもま、壁造られるより聞きやすい。
「あのさ、聞いていい?」
「はい?」
「なんで横浜? ふつー東京じゃん? 東横キッズとか渋谷とか原宿とか」
それ通過してぇの横浜。しかも横浜駅西口五番街って渋すぎるだろ。
「横浜の方から来るのが気になって」
「何それ」
「たぶん、オレしか見えない」
あ”ー、厨二病的な?
厨二病ならあのハンドサインも納得。
オレは隠すように下の方で両Vサインを作り、くいっくいっと指を曲げて見せた。
「あれ何?」
小声で聞いた。
京は小声で答えてくれた。
「『聴こえないよ』って」