可能性
「そっか、殺される前に殺しちゃえばいいんだ」
そう言った私の声は自分でも驚くほど感情が平坦で、言葉の中身と不釣り合いな軽々しさだった。
「何を言ってるんだ私は」
すかさず自分にツッコミを入れる。思わず笑いながら。私は疲れている。
藤峰兄妹と話をしてから一週間が経過した。事件からは三週間が経過したことになる。
私はあの日、人を殺した。いくらその後魔法で蘇生したからと言って、その事実が無かったことにはならない。思い出すとまだ、拳銃を握ったときの感覚が思い出されて、小刻みに手が震えてくる。そしてあの激しい耳鳴りと火薬の匂い。まるで本物だった。撃つどころか触るのさえ初めての経験だったけれど。
「藤峰君は、変身の魔法使い」
彼が同じクラスにいなかったら、私はあのときお腹を刺されて死んでいたかもしれない。 今さらながら、あまりに考え足らずだったと反省している。私はあのときまで、心のどこかで信じていなかったのかもしれない。あんなことが本当に起こるなんて信じたくなかったのかもしれない。今までは単なる偶然で、全部気のせいだったのだろう、と。そこには何の根拠もなくて。半年の間、何も起こらなかったから。大変なことは気にせず文化祭を楽しみたかったから。そんな甘い理由で私は命を落とすところだった。
どうして一人きりでどうにかしようとしていたのだろう。どうにかできると思っていたのだろう。きっと、魔法だ。蘇生できることを、私は万能の如く信頼していたのだ。
蘇生の魔法を使ったのは覚えている限りでは祖父が事件を起こす前のこと。藤峰君の話によると、そのあと猫を助けるために使っていたみたいだけれど、それは覚えていなかった。私は事件の後しばらく記憶が曖昧で、生きている心地がしなかったから。
蘇生をするといつも両親は喜んでくれた。そのことを私は忘れることができないみたいだ。
「空ちゃんは願いを聴く魔法使い」
彼女がいなかったら、私は今でも自分の魔法が人を襲わせるものだと思い込んでいたことだろう。二人の魔法使いを知った今、私の魔法は蘇生以外の何ものでもないと信じることができる。そして、
「あの二人がいれば、犯行を未然に防ぐことができるかもしれない」
私はその可能性に思い至ってしまったのだった。
「だって、ほっといても、人を殺して、自分も死ぬんだから」
「殺される前に、殺して、乃亜さんに頼めば」
あの事件のあと、そんな考えが私の頭をよぎるようになった。
事件から三週間。あの日、乃亜さんがいなければ私は殺されていたかもしれない。そのことを思うと、恐怖よりも怒りの感情が先立つ。お母さんとお父さんと兄さん、そして私も。理由もなく人に殺されるところだった。その理不尽さに、どうしようもなく。どうしてそんな目に遭わなければいけなかったのか、理由が知りたい。本当のことが知りたい。でも、それ以上にもう二度とあんなことが起こってほしくないと思う。だからこそ、
「殺される前に」
田辺さんの願い、あの犯人の願い。人を殺したい。一人でも多く。もし、それが本人の本当の願いではなくて、誰かの悪意に、魔法によって捻じ曲げられたものなら、手遅れになる前にどうにかして取り除いてあげたい。私の魔法があれば、その人が魔法にかかっているかどうか分かる。兄さんの変身の魔法があれば、証拠を残さずにその人を殺せる。乃亜さんがいれば、その人を生き返らせて、正常の状態に戻すことができる。一度その可能性に思い至ってしまえば。
「私が引き金を引く」
そしていつか本当に悪い人にたどり着くことができれば。必ずこの手で仇を。
「殺される前に、か」
実際に被害に遭えば、そんなことを考えても仕方ないよな、と思う。
人殺しは人殺しだ。乃亜が蘇生の魔法を使ったとしても、それは変わらない。
「だけど、」
その可能性に思い至りながら、このまま黙って同じことが繰り返されるのを見ているだけでいいのだろうか。
「二人になんて言おう」
俺は変身の魔法だ。銃になることはできても、その銃を撃つことはできない。
「どっちが引き金を引く、か」
そんなこと、果たして言えるだろうか。気が重い。でも、二人がこの可能性に思い至らないわけもないと思うし、いや、どうだろうか。案外、もうこの件には関わりたくないと思っているかもしれない。だから、
「とりあえず、俺からは黙っていよう」
何せ俺はこの一連の事件によって得をしたと思っている、卑怯なやつなのだから。




