空との話し合い
事件の後、学校から空と一緒に帰宅して、二人とも夕飯を食べる気にもなれず、それぞれの自室で休んでいる。話し合いは後日改めてしようと言っていた。俺は空に自分のことをどう話せばいいのだろうかと悩んだり、ある重大な推測を思い付いたりして、どうにも頭が興奮してやまずにベッドの上でもだえ苦しんでいた。すると夜十時を回ったくらいに、私服姿のままの空が俺の部屋にやってきた。どうやら空の方も休むに休めなかったらしい。その顔は少しやつれていて、でも何かを吹っ切ったようだった。
「……話そうか、色々」
「うん」
俺はベッドの端に座って、その隣を手でポンポンとたたいて空を呼ぶ。それにおずおずと従った空がやや間隔を空けて隣に座る。ポニーテールを解いた長い髪が揺れる。
「……」
「…………」
沈黙を交換した後、俺から話を切り出した。
「嘘を、ついていたんだ」
「知ってた、よ」
「……いつから?」
「もうだいぶ前から。どう考えたって兄さんにしてはおかしいと思う言動が多くて、私が見たのはやっぱりそういうことだったんだと思った。受け入れるのに時間がかかったけれど、今ではもう納得してる。色々支えてくれたし、感謝もしてる。私が立ち直れたのは兄さんのおかげだよ。あの本当の兄さんがいないと思うと悲しくて寂しくて仕方ないけどね」
空の目からは涙が流れていた。
「私、あのとき、家族をみんな殺されちゃったんだね」
腿の上の両手をギュッと握りしめて堪える空に、俺はかける言葉が思い当たらなかった。
俺は空の最悪の事態に乗じて、他人の人生を乗っ取った卑怯者だ。そんな俺を、空はすでに受け入れてくれていたという。ありえない。そう思っていた。ただひたすらバレたくないと思っていた自分にとって、それは相当ショックな事実だった。あの日から四年間、藤峰陸都には恩義を感じて、せめて妹にそれを返そうと懸命にサポートをしたつもりだった。ただそれは俺の自己満足に過ぎないではないか。罪悪感からの罪滅ぼし以外の何ものでもない。でも、空はそれを受け入れてくれた。さっき俺は拳銃の姿に変身した。そんな姿を見た上でも今こうして同じ家で隣に座ってくれている。その意味に俺はめまいを覚えた。俺なんかに、そんな信頼を置いてどうするんだよ、と言いたかった。自分でも矛盾していると思うけれど、空のその気持ちが、俺には嬉しくもあり、重過ぎるとも思った。勝手な話だ。それでも、
「俺は、空のことを大切に思ってる、のだと思う」
その言葉に空が俺の方を振り向く。
「ずっとバレたくないと思っていた。久しぶりの人生だったから。どうしても手放したくないと思ってしまった。それがいつからか、違う意味になった。空を悲しませたくないと思うようになった。虫のいい話だけど、この四年間で、この藤峰陸都への恩義以上の感情を、君に抱いてしまったんだと思う。本当に、ごめん」
正直な気持ちを俺は空に伝えた。これでこの姿ともお別れかと、次は何に変身しようか、しばらく人間にはなりたくないな、と思っていた。でも、
「だから、知ってたよ。私、そういうの分かるから。聴こえるから」
聴こえるから。その言葉で思い出した。
「聴こえる、って、そういえばさっきも言ってたよな、あれって」
「うん。私ね、同じなんだ、兄さんと。私も魔法使いなの。他人の願いが聴こえる。その人が気付いていないような深い深い感情が、確かに聴こえるの。あのとき、お母さんとお父さんの声を聞きたいと願った日から」
泣き笑いだった。大きな愛らしい目から溢れる涙と、チャームポイントの八重歯を覗かせて、空は言った。
「もう怖がらなくていいよ。だから、これからも一緒にいて、ね」
その言葉に、俺は堪えられなかった。気付いたら涙が流れていて、自分でも驚くほど泣いてしまった。鼻水が出るくらい咽び泣いて、
「怖かったね、もう大丈夫、大丈夫」
そんな俺を心配してくれた空に抱き寄せられて頭をポンポンされたことが嬉しくて、また泣いて。とにかく泣いた。泣きまくった。一緒に空も泣いていた。兄妹でたくさん泣いたのだった。
「そっか。変身の魔法は前後一つの姿にしか変身できないんだね」
「ああ。それも最新の状態で、だから、今はこの姿と、さっきの拳銃になら自由に姿を変えることができる。例えばもし拳銃の姿からこの姿に戻らず他のものに変身してしまったら、二度とこの姿には戻ることができない、らしい」
「え、絶対ダメだよ、この姿のままでいて」
「だ、大丈夫、気を付けるよ」
二人腹を割って話して、泣くだけ泣いて落ち着いて、今はお互いの魔法について話している。
「それで空の魔法は、願いを聴く魔法?」
「そう、さっきも言ったけど、その人の本心みたいなものが聴こえてくる。今兄さんからは、あ、何か食べたいー、って聴こえる」
「確かにそうだけど」
「なんて、今のは嘘。そういう単なる欲求とはまた少し違う願い、そういうのが聴こえてくる、らしいよ」
「そうなんだ。それで、俺の今の願いは?」
「……聴いてもいいの?」
「ああ、もちろん。空なら」
「ふふん、じゃあ遠慮なく」
「どういうふうに聴くんだ?」
「んー、例えるならラジオの周波数を合わせるみたいな感じかな。人によってその感覚は違うんだけど、願いの強さに比例してはっきりしたりしなかったりする、あ、聴こえた」
何か意味があるのか、空は俺の胸に耳を押し当てながら言った。
「ふむふむ。兄さんは今、智枝乃亜さんに会ってお礼が言いたい、と願っています」
言葉を失った。言われて図星だとはっきり分かった。心臓が止まるかと思った。
「すごいな、本当なんだな、魔法」
「よかった、合ってたみたい。初めて人に言ってからしたからドキドキしちゃった」
えへへ、と笑って照れる空。可愛い。おっと本音が。
「どうして乃亜さん?にお礼がしたいの? さっきのこと、じゃないみたい」
「まあさっき助けてもらったことはちゃんとお礼しないといけないけどな。実は」
俺は空に猫だった頃に命を救われた話をした。
「へえ、そんなことが。乃亜さんに感謝しないと」
「うん。ただ、智枝乃亜に関しては気になることがもう一つあるんだ」
「何? もしかして恋バナ?」
「ちがやい、あのな、実は智枝は」
俺は智枝乃亜が曰くショッカー病院の元経営者の娘であること、死者蘇生の魔法を使えること、俺が命を助けられたこと、を順番に話した。
「そうなんだ。そういえば犯人、その病院にかかってたことがあるってニュースで」
「ああ、智枝病院な。他の通り魔殺人事件の加害者の多くもそうだったっていう」
「でも、それと乃亜さんと何が関係するの? 乃亜さんの魔法は傷を癒して人を生き返らせることでしょ? 見たまんま」
「俺もそうだと思う。ただ、あのとき智枝は言っていたんだ。私のせいだって。だからやらなきゃいけない。これ、どういう意味だと思う?」
「えっと、どういう意味なの?」
「あの田辺の犯行。おかしいと思うんだ。クラスメイトとして、友達として、あいつはそんなことをするようなやつじゃないし、まるで何かに取り憑かれたかのようだった。あのあと田辺に聞いたんだが、被害者の二人とも面識がないと言っていた。被害者の二人も田辺を知らないと。変じゃないか?」
「変、かな。通り魔殺人って大体そういうものじゃ」
「いや、あまりに突発的な犯行といい、その後に記憶をなくしていたことといい、加えて、その犯行を自分のせいだなんて言う智枝。どう考えても不可解だろう。ただの通り魔殺人なんかじゃないと俺は思う」
しかも、と俺は続ける。
「智枝は入学当初から田辺に謎のこだわりを見せていた。まるで監視しているかのような感じだった。それで今回の事件が起きた。智枝にしても、どうして都合よく暗視スコープやさすまたなんて持ち合わせていたのか」
「まさか、田辺さんが事件を起こすことを知っていた、ってこと?」
「その可能性が高い。これは本人に聞いてみないと分からないけれど、田辺はもしかすると智枝病院にかかったことがあるんじゃないか。だから智枝は田辺のことを知っていた」
「……人に、人を襲わせる魔法」
「! 空もそう思ったか」
「そういう魔法もあるのかなって、半分冗談みたいに考えたことがあったんだけど」
「俺もだ。さすが兄妹だな」
「まあね」
ふふん、と笑い合う。
「ただ、だとすると智枝の言葉を信じるなら、あの蘇生の魔法がそうだということになるのか? とてもそうは見えなかったし、第一俺自身彼女の魔法にかかったことがあるんだ、信じたくない」
「それは、ないと思う」
空が何か思い出すように言った。
「どうして?」
「あのとき、聴いてたの。お化け屋敷に入ったとき、多分だけど田辺さんはずっと人を殺したいって願っていた。兄さんの前にいたお化けからそれが聴こえて、お化け屋敷だったし、そういう趣味なのかもな、くらいにしかそのときは思わなかったけど」
空は苦笑いする。
「それが兄さんの銃に撃たれて、乃亜さんに蘇生されるにつれて薄らいで、目覚めた頃にはそんな願いは聴こえなくなっていたの。もし乃亜さんが人に人を襲わせる魔法を使うのだとしたら、それはおかしいんじゃないかと思う」
なるほど。もし、人に人を襲わせる魔法があるのなら。もし、その魔法にかかった人物から、人を殺したいという願いが聴こえるものなら、それはそうなのかもしれない。
「うん、俺も智枝がそういう魔法を使うとは、あの様子を見る限りではないと思う。誰かに利用されていたとかなら話は別だけど。あれがそういう魔法には見えなかったし、魔法ってもっと単純な願いに宿っていると思うし」
「そうだよね」
「ああ。だから本人に聞いてみるのが一番かもな。俺たちが知らないことも知っているだろうし」
「うん、今すぐ、は無理だよね、あんなことの後だし」
「そうだな。まあ焦らなくてもいい、はずだ。今はゆっくり休もう」
「私なんだかお腹空いてきちゃった。兄さん、何か食べよう」
「ああ、何か作るよ」
と、長い話がひと段落して、俺たちは腹ごしらえに向かったのだった。




