事件の後に
事後処理は困難を極めた。流れ出た血は魔法では消せず、染み付いた恐怖も痛みも、記憶を消す魔法にでも頼らなければ容易には癒されないものだった。
あの事件の後、学校に警察が来て田辺君は捕まった。被害者は他校の女子生徒二人。私が蘇生する前にすでに息はなかったはずだから、彼女らは九死に一生を得たどころの話ではない。田辺君にしても絶命の後の蘇生だったから、これはこれでよかったのだと思うほかない。ちなみに私の蘇生の魔法は致命傷になった傷を完全に癒すことができる。それだけが不幸中の幸いとなった。彼、彼女らがいつか人を襲うようになることに目を瞑れば。
田辺君は蘇生が終わり目覚めた後、まるで憑き物が取れたかのような顔をしていて、凶行に走った前後の記憶がなかった。現場や田辺君の所持品、被害者や目撃者の証言から、その犯行は明らかだったけれど、当人からしてみれば気の毒な話だ。私は再度自分の魔法の犠牲にしてしまったことを非常に悔やんだ。死んでしまう人を私は見過ごせなかった。
銃声を聞いたというクラスメイトや教師らの話は、証拠不十分ということで、ただの聞き間違いということになった。現場が真っ暗の教室だったことも幸いして、私が撃ったところも、その後の蘇生も、記憶のない田辺君は別として、誰かに見られたりはしていなかったみたいだ。この二人を除けば。
「それで、あなたたちは何者なんですかっ?」
事件から二週間、長い長い連日の警察の調書と学校の話し合いが終わって、ようやく日常が戻ってきた頃。放課後のファストフード店で、私は拳銃のジェスチャーをしながら前の席に妹の空と並んで座っているクラスメイト、藤峰陸都に問いかける。
事件の後に軽く自己紹介めいたものはしたけれど、事件の衝撃や大きさから立ち直るのに時間を要して、本格的に話し合うのはこれが初めてだった。
藤峰陸都。長くも短くもない黒髪に、黒縁のメガネをかけた男の子。顔はやや暗そうな、優しそうな印象を受ける。体格は平均的と言えるだろう、身長は百六十センチ近くある私と頭ひとつ分も離れていなかった。私が彼について知っていたのはそれだけ。半年間クラスメイトとして同じ教室で過ごしていたけれど、私が田辺君を監視するのに忙しかったというだけではなく、単に接点がなくて一度も話したことがなかったのだ。席も前と後ろで離れていて、私が前の方だったので視界にすら入らないのが当たり前だった。拳銃になった彼を撃つまでは。
「俺は藤峰陸都、それでこっちは妹の空、って、それはもう話したか」
学校が終わってさあ帰ろうとしていたとき、智枝乃亜から話をしましょうと誘われて、妹も呼んでファストフード店にいる。俺と妹の方も、乃亜ともそろそろあのときのことを話しておきたかったからちょうどよかった。
智枝乃亜。青みがかっているように見えるセミロングの髪に、猫のような緑色っぽく反射した瞳、色白の肌に、スラリとした体躯、身長は女子の平均より少し高く、男子の平均ほどの自分と頭ひとつ分も離れていない。顔は何かに困っているように下がり気味の眉と、優しそうな表情が印象的だった。全体的な印象を端的に言うと、まあ、可愛いと思う。そして、あの曰くショッカー病院の元経営者の娘。俺が彼女について知っていたのはそれだけ。あの日、彼女の魔法を見るまでは。
「というか、何者か聞きたいのはこっちもなんだけどな」
身を乗り出しかねない勢いで顔を近付けて話してくる乃亜に向かって、やや引き気味に答えると、彼女ははっとした顔で、すみませんっ、と後ろに下がる。
「私は智枝乃亜と申しまして、その、せ、先日は、あり、ありがとうございましたっ!」
か細いようなよく通るような声で勢いよく言った後、ぶん、と音がしそうな速さで頭を下げる乃亜。ああ、なんだかとても緊張しているご様子だ。おかげでこちらの緊張が急速に解けていくのでありがたい。
「あ、頭を上げてください。むしろお礼を言うのはこっちの方なんですよ。あのとき、妹を助けていただいて、本当にありがとうございました」
そう言って俺は頭を下げる。それに続いて妹も、
「乃亜さん、ありがとうございました」
と、言って頭を下げた。
「あわわわ、こちらこそ、すみません、怖い思いをさせてしまってっ」
それに慌てて再度頭を下げる乃亜。まるであの事件は私が悪いんです、と言いたそうな感じだ、と思っていたら、
「あの事件は私が悪いんですッ」
と、本当に乃亜がそう言ったので、俺と空は目を合わせて、ああ、やっぱりそうだったんだな、と思った。乃亜は勘違いをしている、はずだ。




