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プロローグ④


 どこか遠くで声が聞こえた。


「キミは臆病なんかじゃないよ」


 沈んだ思考を透かしたような言葉は、氷を溶かしてゆく春の陽のように柔らかく、暖かさをもって冷え切った脳みそまで響いた。


 意識が氷解して働き始める。そしてまた浅はかな俺が戻ってくる。


 顔をあげると、同い年位の少女の姿があった。どこか現実離れしたような美しさを持つ女の子だった。ブラウンの髪に少し青みがかったきれいな瞳。


「キミ、イブにあの子といた男の子でしょ?」


「……そうですけど。あなたは誰ですか?なんで俺を知っているんですか。」


「私の名前は斎藤桜。キミを知っているのは……あの日のできごとが全国的に話題になったからね。色々個人情報漏れてるかも…」


「それで何か用ですか?」


人の気も知らないで話しかけてきたこの人にイライラして、それを隠さない態度で尋ねた。


「私はね、キミがここに来ることを期待してたんだ。現実に向き合ってここまで来ることをね。」


「意味が分かりません。勝手に期待されてたところ申し訳ないですけど、別に俺は向き合うためにここにくる決心をしたわけじゃありません。」


質問に答えなかったことと知ったような口調に余計にイラついた。俺は現実を見られなかった結果として今こんなところに突っ立っているんだ。


「…じゃあ、どうして来たのか、聞かせてくれる?」


「それが俺への用ですか?……話したらもうどこかに行ってくれますか?」


「私が納得できれば」


「…はぁ」


 初対面の人に話せるようなことじゃないとも思ったが、何よりも彼女にいなくなってほしかった。ずっとこんなところにいられたら、ここから逃れる方法がわからない今の俺には迷惑この上なかった。


 頭の中はぐちゃぐちゃだったけど、なぜか気持ちと拙い言葉は、自分が頭の中から捻り出さなくても、次々と口から溢れ出た。伝える気もないと思えるようなひどいその言葉の羅列から俺の気持ちが彼女に伝わったかどうかはわからないけど。




 彼女は黙って聞いていた。じっと俺の方を見つめながら。俺の言葉が出し尽くされても、彼女は去ることはなく、俺の目を見ていた。納得できなかったのだろうか。気持ちを言葉にすることで少し冷静になれた俺は、彼女の真っすぐなきれいな瞳を見ると、なんだか邪険に扱うのも申し訳ないような気持ちになってきた。真摯な態度の彼女に少し気を許してしまった。




 暫しの沈黙の後、まるで心の底からそう思ったように、彼女は静かに俺に救いの言葉を投げかけた。


「やっぱりキミは臆病なんかじゃないよ。きっと……きっとキミは自分の弱さを理解している強い人なんだよ。キミは浅はかな希望に流されてここまで来たんじゃない。ここに来て、向き合うための勇気を生み出すために、自分の中に見せかけでも希望を求めたんだよ。………そして自分の弱さに挫けないために、勇気はキミに前だけ見させたんだ。だから、キミの言う浅ましさは勇気のことだ、キミはそれで自分の臆病って弱さに勝ってここまで来たんだ。もし向き合う気がなかったら、やっぱりこの場所にも来ないはずだよ。きっと扉が消えてることを知って、行動もせず彼女を失った悲しみに暮れているだけ。」


 そんなことはないと思った。俺はそんな強い人間じゃないと思った。でも、不思議とさっきみたいに俺を知らないくせに、という気持ちは浮かんでこなかった。それどころか冷静で浅ましいあいつが脳みそのどこかで「そうだ!」と誇っているような気もした。たとえこの少女に自分の行動を肯定してもらえたからってこはるが帰ってくるわけじゃないのに、救われたように感じた自分に腹が立った。結果の伴わない行動は無意味なんだと意地を張った。


「でも結局意味がなかった…向き合ったところでどうしようもなかったんですよ。結局ここにあったのは絶望でしかなかった。それと対面するとどうしようもなくなった。」


「うん。私が何を言ってもキミ自身がキミを許せないのは私もよくわかってる、だからね?」


一旦言葉を切って彼女は俺の目を見つめた

 

「だから、私は今日、そんなキミに希望を示すためにここで待っていたの」


「こはるにもう一度会える方法があるってことですか?」


色々と聞きたいことはあったが、とにかくこのどうしようもない現実を何とかしたかった。彼女は少し困ったような微笑みを浮かべて答えた。


「それは私にもわからない。でもね、その希望でしか私は前を向けなかった。たぶんキミもそうなんじゃないかなと思ってる。」


彼女の表情を見ると、彼女の言うことが舌先三寸ではないことは明確だった。


「俺があなたと同じってことですか?」


「昔ね、私の大切な家族……お父さんがね、向こうに行っちゃったの」

 

 表情や声色から、やっぱり彼女が嘘をついて俺をからかっているようには見えなかった。彼女は多くは語らなかったけど、どうして俺を気にかけているのかが何となくわかった。もしかしたら彼女は俺と同じような思いをしたことがあるのかもしれない。そう思うと、余計に親近感が沸いた。


「その希望って……」


「あの、酉ちゃんって占い師知ってる?」


「…ああ、こはるに聞いたことあるような気がします。」


結構有名な占い師の動画投稿者だったような。すごく的中率が高いんだとか言ってた気がする。


「でね?なんと本人曰く祖父が扉の向こうから来た異世界人なんだとか。」


「…え?いやそんなはずないでしょう?何か証拠でもあるんですか?」


「うーん…証拠といえばあの超能力的な予言的中率しかないけど…でもこの世界にそんな特殊能力があるとしたらさ…」


尻すぼみにゴニョゴニョと発せられる言い訳のような言葉を遮って確認した。


「はあ、つまりもしそれが事実なら、扉の向こうには何か別の世界があるってことですよね?」


彼女の目が輝いた。


「そうなの!私はそれを信じてるの!」


少し呆れた。そんな根拠を頼りにして向こう側が、例えばただの死でしかなかったとしたらどうするんだ、と思った。でも今の俺と同じような気持ちをその希望で抑え込んでいるであろう彼女を否定したくはなかった。それに向こうで生きていける保証なんかなくても、俺だってこはるにもう一度会うためなら、扉を開く覚悟はあるつもりだったはずだ。


「でももしその仮定が本当だったとしても、そもそも扉を見つけるのが難しくないですか?」


「ふっふっふっふ~……」


彼女は待っていたかのようにポシェットをガサゴソと探り、その中から四角い機械のようなものを取り出しこれ見よがしに突き上げた。


「扉出現地予想機〜!これは扉の出現を予測する機械なんだ!外国で扉の研究をしてたお父さんの同僚に無理を言ってもらったの!実は今日この場所に来てたのもこの機械の実験もかねてたりして」


色々と驚く要素が満載の発言だった。


「安直なネーミングですね」


「えへへ…今考えた名前だからね。ってそれより他に聞くことはないの?」


「あー…とりあえず聞きたいのは、入れそうな扉は見つかりそうなんですか?」


お父さんの仕事とか、機械の仕組みとか、他にも気になることはあったけど、まずはそれを聞きたかった。


「うん!実はね、私の高校のそばで出現しそうな兆候があったの!だからこそその高校に入学したんだけど。この地点の昨日今日のメーターの溜まり具合からして後二年ぐらいかな?何とか高校にいるうちに見つけられるかも」


「二年ですか。ちょっと長いですね…」


「まあいつどこに出てくるかわからない扉を待ってるよりはよっぽど効率的じゃない?」


「確かにそうですね。じゃあもし扉が発生したら俺にも教えてくださいよ、俺も向こうに行きたいんで。」


彼女は眉をハの字にして困ったように言った。


「うーん、それは厳しいと思うよ。今回もそうだったけど、扉が発生してからすぐに入らないと警察に監視されちゃうからね。」


「……じゃああなたと同じその高校に入れば、扉が出てきたらすぐに俺も一緒に連れて行ってくれますか?」


「もちろんだよ!私がキミに伝えようと思ってた希望ってまさにそれだもん!後、もしキミの入学前に扉が出現したら、この機械をうちの高校のオカルト研究部に隠してから向こう側に行くからねって言おうと思って」


「えらく親切にありがとうございます。ちなみにその高校って何て高校なんですか?」


「日月高校ってところ、わかる?」


結構な難関高校だった…あと一年必死に勉強したら何とかなるだろうか。


「近くのもうちょっと簡単な高校じゃだめですかね…」


「あはは!それじゃあこの機械はあげられないねえ〜。頑張ってよ、まだ間に合う!」


「…とりあえず頑張ってみます。まだ何とか頑張れる気がしてきました。ありがとうございます。」


「いえいえ!じゃあまた!あ、あとこれ私のLIMEのID、聞きたいことがあったら連絡してね~。」


彼女はにこりと笑って手を振りながら大通りの向こうの方へ走って行った。


 よく考えたらあの機械の信頼性とかイマイチなような…後でLIMEで仕組みとか聞いてみようか。

 

 でもあの人のおかげで何をすべきかわかった。あの人の話の真偽はともかく、まだあきらめちゃダメな気がする。まず扉について色々調べてみよう。

 



 彼女に救いと希望をもらい、俺は何とか大通りから解放された。


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