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プロローグ③

 家に帰ってまた自室に入ると、あの日もらった手袋と手紙が机の上においてあった。手に取ると、また涙がこみあげてきた。このプレゼントにこめられた彼女の気持ちの大きさを知って、今更後悔した。何でもっとこれをもらった時に喜んでやれなかったんだろう。いや、もっと、それよりずっと前からだった。もっとあいつとの時間を大切にするべきだった。もっと色んな話をするべきだった。いつも興味ないからと聞き流していたオカルト話も、時間を巻き戻せるならいつまでも聞いていたかった。今なら一語一句聞き逃さずに反応してやるのに。あんなに大切においてくれているなら昔あげたプレゼントももっと考えて選べばよかった。伝えたい気持ちもいっぱいあったのに、こはるを失うその日になるまで少しも踏み出せなかった。

 


 でも結局こんなことを今更考えても全部ただの自己満足なんだと気付いた。たとえ過去に戻って彼女との日常をもっと大切にできたとしても、畢竟あの時扉に奪われたこはるを救うために動くことすらできなかった事実は変わらない。それにこはる自身が、俺がそうやって彼女にもっと真剣に向き合うことを本当に望んでいたかなんて今となってはもうわからない。どうやってこの悲しみを悔いればいいのかもわからなくなった。そしてそんなとりとめのない過去を悔いて自分を責めることも、彼女の喪失を無視してその向こうにある許しを求めているみたいで気持ち悪くなった。



 そんな思考がぐるぐると回って頭を悲しみの色に染め上げている中で、いまだにどこか冷静な自分がいるのを感じた。そいつは俺の意思とは裏腹に、これからのことを考えていた。そんな冷静な俺も今日、彼女の部屋で生まれたんだろう。彼女の部屋を見て、俺は図々しいことにどこかで彼女に許されたように思ったらしい。そんな浅ましい俺に気付いた俺はそれを混ぜて溶かすように頭を振った。でも消えなかった。支配できない俺は俺の頭を乗っ取って、勝手にあの瞬間を映し始めた。彼女の呆気にとられた顔、俺に向かって伸ばした手が明瞭に再現された。何度も目を開けて閉じてを繰り返すが、焼き付いて離れない。だから、助けを求めてこっちに手を伸ばす彼女から目をそらそうとした。何か他のものを見ようとした。やっぱり俺には彼女の喪失に向き合う勇気はなかった。そうすると冷静な俺は、あっさりとそれを許した。支配から逃れた俺の目に次に映ったのは、あの扉だった。それと同時に俺は、浅ましく冷静な俺と同化した。そして何をすべきか理解した。それはただ自己満足の悲嘆にくれるよりも、よっぽど合理的な考えのように思えた。まだあそこに扉があるかもしれない。今ならまだ彼女の後を追えるかもしれない。


 

 時計を見るともう2時を過ぎている。既に電車も動いていないので始発で向かうことにした。一刻も早くあそこに行きたかったので、寝過ごさないように一睡もしなかった。興奮して眠くはなかったけどコーヒーを飲んだ。さっきまでとは違って現実と向き合えているような感じがした。こはるに会った時に引かれたくないなと思って久しぶりにシャワーを浴びた。彼女のことを考えていると少しずつ気力がわいてきた。

 


 スマホとICカードをもって五時ぐらいに家を出た。外はまだ真っ暗でとても寒かった。歩いたり、時々我慢できなくなって走ったりしながら最寄り駅に向かった。



 駅に着くと丁度電車がきた。一両目の端っこに座った。酔っ払ったような人やスーツを着た人が何人か乗っていた。そういえば今日って何曜日なんだろうと思って見てみると一月四日の土曜日だった。あの日からもうそんなに経っていたのかと思いつつ、そのまま時間つぶしにネット記事を見ているとクリスマスイブの扉のことがニュースになっていた。こはるのことを書いたような記事が目に入って、何となく不快になったので画面を閉じて向かいの窓から外の景色を見ることにした。とはいってもまだ暗いしほとんど住宅街だったので外の世界に意識が集中することもなく、約一時間まだかまだかと待ち続けた。

 


 終点に着いた。たしかあれは駅前のイルミネーションの前だったなと思い小走りで駆けていく。まだ朝早く、都会といえど割と閑散とした、当たり前の景色に何故か違和感が生じる。



 駅出口の階段を上ると、駅前はクリスマスのイルミネーションから新年っぽい飾りつけに変わっていた。いつの間にか夜が明けて、正面に太陽が顔を出し始めていた。俺の後ろには長い影ができていた。目の前のでっかいモニュメントの端っこがその光を浴びてキラキラといろんな色に輝いていた。この向こうには大通りがあって、その真ん中に扉があるはずだ。


 

 モニュメントの横へ移動して大通りを見ると、何にも遮られない太陽の光が視界全てを覆った。まぶしくて一瞬目をつぶったが、その瞬間には全てを理解していた。大通りにはもう何もなかった。遅かったんだ。また俺の頭から冷静な部分が離れていく、その姿が見えなくなる。浅ましいあいつは逃げていった。ただ臆病で、何もできない自分が残る。



 ……本当は扉がまだあるかどうかなんてちょっと調べればもっと前にわかっていたはずだ。あの記事にだって書いていたかもしれない。それにもしこの通りにまだ扉があるなら、警察が誰も入らないように周辺をもっと見張っていたはずだ。そうだ。結局俺は現実から逃げるためにあいつに縋っていただけだったんだ。今から逃げるために過去を後悔したり、彼女の優しさにおぼれていたんだ。そんな愚かさに耐えられなくなって、自分を騙して、幻想を希望に見立てたせいで結局俺は逃げようとしていたすべての前に無防備に晒された。



 もうこの大通りに背を向けることは許されない。前のように倒れてそこから逃げることも許されない。いっそこのまま冬が終わるまでここで立ち続けて、春がきて雪が溶けるように消えてしまいたかった。現実を突きつけられると俺はどこまでも臆病で、希望がなければ向き合うことも、否定し続けることもできなかった。

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