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間章 皇都アジェの鳴動・3

「あなた…カルメルに来てから何度お母さまのお心遣いを拒否しているか分かってるの?」

ルイシアはアリオスの煙るような紫の瞳にたじろぎながらもやや厳しく問いかけた。

「……俺は、クルテアでは身の回りに人を置きませんでした。それが必要だと思うことなく育ちました。…カルメルに来て、第一皇子として振る舞わなければならないことは理解していたつもりです。けれど…大勢の人間に囲まれていたら………なんというか、ここが苦しくなるんです」

アリオスはルイシアに問われてからしばらくしてぽつりと答えた。元々無口な彼にしては饒舌で、胸をとんっと叩きながら答えたアリオスの答えにルイシアは目を瞬かせた。


「………ユリアさまが」

〈その名前〉を聞いてアリオスは僅かに目を細め、伏せた。

「亡くなられてからよね。あなたが周りに人を置くのを嫌がり始めたのは。あなたが拒否する理由はそれなのかしら?」

「………」

「お母さまはね……ユリアさまが亡くなられてからはご自分があなたの母代わりになろうと努めているわ。あなたによかれと思い心を砕いてあなたに母として接している……あなたもお母さま、アヴィーナ皇妃殿下に母として接しなければならない。今のあなたはお母さまのお考えを踏みにじっていることが分からないの…?」

ルイシアは努めて冷静に語っていたが、アリオスには姉が静かに怒っていることが察せられた。


リクスル皇王の三人の子どもたちは美貌の持ち主ではあったが、三人とも気難しい性格の持ち主でもあった。それが顕著に表れているのはアリオスである。…とはいえ彼は出生のことがあるので仕方のない一面もあるだろう。

アリオスの腹違いの弟にあたるアスエル皇子、リクスル皇太子である彼もまた内気で引きこもりがちな少年であった。今年、十一歳になるアスエルはユリシスとアヴィーナの長男、正統血統の皇子になる。そのため兄皇子を差し置いて皇位継承権第一位の地位を与えられていた。だがアスエルは聡明ではあったがふたりの兄姉には劣っていた。加えて身体も強い方ではないために次期皇王の頼りなさに不満の声をあげる声も少なくない。

アリオスは皇宮に戻って四年にも満たない。しかし彼の頭脳の優秀さには王立学院の選ばれた教師たちの舌を巻くほどのものがあり、武芸に関しても今は亡き先代リクスル右府将軍、ダルク・タル・リクスル――皇王ユリシスの双子の弟だ――を彷彿させる才能の片鱗を見せつつあった。現在、アリオスが成人の儀を迎えたら右府将軍の地位に就く話もカストール公アディス、左府将軍ルイ―ドらのもとで内々に進められている。容姿に関して言えばリクスル皇家の紫の瞳と黒髪の持ち主だ。リクスルを含め、周辺諸国にも黒髪の持ち主はほとんどいない。…黒髪は<森ノ民>の血をひく証であるからだ。

<森ノ民>とは森で一生暮らし、一族以外の者とは結婚せず、滅多に人里に現れない者たちのことを指す。<森ノ民>は黒髪と緑の瞳を持ち、それは他の国の者たちはけっして持たぬ色だ。だがその、<森ノ民>の中にはまれに一族以外のものと添い遂げる者もいる。一族を離れ、捨てた彼ら<ハナレモノ>の子は、黒髪や、緑の瞳を持って生まれる可能性が高くなる。…アリオスの母、ユリア側妃は生粋の<森ノ民>だった。アリオスが皇宮に戻った当初はその黒髪を人々は好奇の目で見たが、やがて<森ノ民>の黒髪と、リクスルでは至高の色とされる煙るような紫の瞳のふたつが、逆に神秘的な雰囲気をアリオスに纏わせたのかアリオスは美貌の皇子として人々に受け入れられた。むろん、<森ノ民>を卑しい身分の者と侮蔑し、アリオスのことを軽視する者もいたが。



ルイシア皇女はユリシス皇王の長子、第三皇位継承者だ。年はアリオスより二歳年上であり、王立学院に通う才女でもある。難解なローディア語に通じ、訛りのない美しい発音で会話をすることができるほどであった。ローディアとは現在<聖女王>の敬称で呼ばれる女王オクタヴィアの治めるリクスルの友好国だ。女王には双子の子ども、イリス王子とユーニス王女があり、イリス王子が王位継承者である。

リクスル皇族たちは代々紫の瞳をもって生まれる。


髪の色はさまざまだが大抵は金髪であり、アリオスのような黒髪は通常ではありえなかった。ルイシアとアスエルは金髪の持ち主だ。二ヶ月後に十六歳の誕生日を迎えるルイシアは両親の美質を受け継いだ少女だった。ユリアを敬愛し、第二の母と慕っていたルイシアは腹違いの弟のアリオスのことも心から大事にした。…だが彼女自身にはどこか冷めているというか人嫌いな部分も心にあった。皇女宮の侍女たちも自らが選び、ルイシアの不興をかった従者たちは他の宮殿に回されてしまった。…とはいえ臣下たちに慕われている皇女の不興をかう者というのは、大抵位の高い者であり、下位の者に差別的に振る舞う貴族意識の高い者であった。特にルイシアは〈森ノ民〉の血をひくアリオスを侮辱されることを殊のほか嫌った。


それを知っていたアリオスは今まで姉の意に背くことはあえてしなかった。アリオスはこの、皇国の皇女としてふさわしい振る舞いを周囲に見せて満足させてはいるが実は人の心の機微を鋭くさとることができる、繊細な感性をもつ姉が好きだったのだ。



たがらこそ、ルイシアの苦味をはらんだたしなめは心に響いた。だが…アリオスにも譲れない部分はあった。


「申し訳ありません。俺は…母上のお心遣いを踏みにじりました。でも…俺はやはり人を側に置きたくない。母が死んで、人が側にいるということがたまらなく嫌になったのです。母が死んで俺は皇子宮で母への…〈森ノ民〉の血をひく側妃への中傷を幾度となく耳にしたのです。…酷い言葉ばかりでした。俺と母が皇宮すべての人間に受け入れられることはないのはアジェに戻り、カルメル入りをしたときから分かっていたつもりだった…。けれど俺は、そのとき宮廷の悪意に触れて傷つくと同時に、カルメルでユリア母上に守られていたからそれまで周囲の好奇や悪意にさらされることも、危険な目に遭うこともなかったのだというのを思い知った。自分がいかに無知で、幸せな感情の持ち主だったかを身をもって知った。そして…人とはこんなにも残酷なのか、それを知らなかった自分はなんと愚かだったのか――そう考えるようになってから……なんというか、心がさめてしまいました」


アリオスは一貫して淡々とした口調だったが、心が激しく揺れているのは言葉遣いの変化でルイシアには伝わっていた。

(〈これ〉はこの子の心だ。二年間封じ込めてきたこの子の、心の叫びだ)

ルイシアは二年前にアリオスと引き合わされてから初めて弟の本当の想いを聞いた気がした。こんなにも真っ直ぐに弟が自分に想いをぶつけたことは今まで無かった。

アリオスの煙るような瞳が自分を映しているのにルイシアは気付いた。わたしの答えを待っている。真剣に言ってくれた弟に自分も言葉を返さなければ――ルイシアは口を開きかけたが、言葉が直ぐには出てこなかった。

「あなたが」

やっと出てきた自分の声がか細いことに気づかぬままルイシアは続けた。

「人を側に置かなくなった本当の理由はそれなの?」

「多分」

そう答えたアリオスの顔は、迷子になった子どものようだった。ルイシアは目を見開いて弟を見た。アリオスは煙るような瞳でルイシアの様子をながめて、どこか諦めきった表情を浮かべた。

「姉上に分かっていただける理由だとは自分でも思いません。とても自分勝手な、愚かな理由でしょう。でもきっと…母が死んだとき、俺の心は死んだ。許してください、姉上。…許して…」

アリオスは、無表情を装ったがルイシアには最後の許して、という言葉を言ったときのアリオスに十三歳の幼さを見た。

ルイシアはこのときようやくアリオスがまだ十三歳の親に守られなければならない子どもであったことを知った。

同時に、アリオスの時間がユリアが死んでから止まり続けていることも――


鳴動編の3です。アリオスとルイシアの話はこれで終わりで、次話は鳴動になるか、一章に入るか検討中です。


‐‐‐‐

設定ミスがあり、改稿しました。


ローディア女王はユーナ→オクタヴィアです。

これから話を続けていくと矛盾する部分があることに気付いたので変更しました。ごめんなさい。



世界観としてはユーナの時代からはかなりの時が流れている…ということで。

オクタヴィアは暫く出ませんが…


予定タイトルと登場予定人物を載せておきます。人物たちは名前だけで…(次章に登場する方々です)


一章 帰郷

二章 目指すは皇都アジェ

三章 皇宮カルメル

四章 サリューの咲く庭で

五章 アース

六章 皇女ルイシア

間章 アウル

七章 未定(※)

八章 遠乗り

間章 アスエルの日々

九章 第一皇子生誕祝祭

十章 雪見

間章 オルラーヌ

十一章 未定(※)

十二章 ローディアの王子


※…まだタイトルが決定していません。

‐次章登場予定人物‐


◆リンダ・ベルデ

◆ナイゼル・ヨナ・ヴィラン

◆ソフィア・マルキア

◆リーナス・セオ・アルヴィトー

◆アディス・レイ・ヴィラン

◆アントーニア・アルヴィトー・ヴィラン

◆ユリス・ベルデ



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