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一章 帰郷・6

「――今みたいに…美しいものを美しいと感じられ、隣には心から信頼できる者がいる。帰るべき場所がある…」

「………」

「俺は、――幸せなんだな」




------


「ね、ミシェル」

「………はい」



フェールン城にはアントーニア夫人の愛しむ温室がある。

公爵家の者たちの憩いの場ともなっているこの温室は、夫人のはからいで城に住む使用人たちにも開放されている。

温室の中にはリクスル皇国各地で見られるものから、隣国ローディアやライドールの珍しい花までが揃っていた。

リンダもまたこの温室に足繁く通うひとりであり、お付きの者を伴って温室で過ごすのはそう珍しいことではなかった。リンダはドレスを汚さぬよう慎重にかがみ込むと、自分より低い位置に咲く薄紅色の小さな花―――ラティカをそっと撫でてふっと笑うと振り返り、律儀に離れて控えていたミシェルを見る。

「ごめんなさい。旦那さまの従者であるあなたの時間をとらせてしまって…」

ミシェルは瞠目したが、いえ、と首を軽く振る。

「元々旦那さまにはお休みは頂いてましたし、」

―――あなたとお話できるのは嬉しかった。ミシェルは一瞬続けようか迷い、だが慎重に言葉を選び直した。


「…あなたのお召しでしたから」

「…ありがとう」

リンダの礼にミシェルははにかみ、いえ、とちいさく呟いた。





「私ね…皇都へ行くの。…旦那さまと一緒に」

「え?」

ミシェルの怪訝な声色に気付いたリンダはぽつりぽつりと話し始めた。

アディスに打診された皇都行きのこと、その内容が皇都に住む妾腹の第一皇子の侍女として皇宮へあがるものだったこと――――そして自分は受諾する旨を昨夜アディスに伝えたことをリンダはミシェルに告げた。

「そう、なのですか…」


リンダが―――皇都へ行ってしまう。

ミシェルとてアディスの侍従のひとりなのだから数日後にカストールを発つことになっている公爵について当然皇都へ戻ることになる。

皇族は皇都では最高権力者であり、まして直系の第一皇子の側付きになるということは女性として将来を約束されたも同然だ。カストール公爵家もさらなる繁栄を約束されたのだろう。

第一皇子、アリオス・エル・リクスル。リクスル皇族の中でも飛び抜けて優秀で、そして飛び抜けて気難しい気質の皇子だとか。

アディスの侍従とはいえ、平民階級のミシェルにとっては雲の上の人物に思えてしまう。

「お母さんはね」

リンダの声にミシェルは意識をリンダへと傾ける。


「『自分の心に従いなさい』―――そう、言っていたわ」

「ユリスさまが…」

ユリス・ベルデ。リンダの母で―――<森ノ民>。リンダと同じく黒髪に緑の目を持つ女性。

アントーニア夫人を貴族的な優美さを漂わせる女性と表現するならば、ユリス・ベルデという女性は春風のようなしなやかさを秘めた芯の強い女性だ。

<森ノ民>は一生を森で過ごす世捨て人、と世間では囁かれているが、ユリスを見るとそんなものは人々の噂のひとり歩きに過ぎないのだとミシェルは思う。

<森ノ民>とは、本当は陽気で歌語りや笛を好む心豊かな人々で<外ノ民>――<森ノ民>は自分たちをこう呼んでいるらしい――が評している神秘的な雰囲気や世捨て人、というのは真実の端くれに過ぎないのだという。


ミシェルの知るユリスは気さくでやさしく、ミシェルたち使用人たちにも心を砕いてくれ―――もちろん主と使用人の距離をかたく守る程度にだったが―――、それでて陽気さや茶目っ気さを会話の端々で感じさせることができる明るい目をした女性だった。

――そしてその気質は目の前にいる少女も受け継いでいるのだ。


「ねえ、ミシェル」

「…はい、リンダさま」

「私ね、ヨナさまに皇都行きを勧められたとき、正直どうして受諾したいと思ったのか分からないの」

「………」

「ただ…話を聞いていて、皇子さまに会いたい、そう思っただけなの。でも…私がお仕えする相手は…この国では至高の血脈の頂点に立っている方で、私はけして貴族ではないわ。カストール公爵の縁者のただの平民の小娘よ・・・・・・・・・

「いけませんっ!」

ミシェルは不意にリンダの言葉をさえぎり、常の彼からは想像もできない強い声を出した。


「あ…」

リンダが呆けたようにこちらを見つめているのに気付いたミシェルは青ざめて申し訳ありません、と小声でわびた。

「…自分を貶める物言いはおやめください。あなたは、あなたです。リンダさま」

「ミシェル」

「自分の判断が本当に正しいのか…それを迷わない人などいません。でも…明確な理由がなくとも…あなたはもう答えを出しているはずです。それなら…自分の心に従うべきです」

「自分の心に…」

リンダは胸に手を置き、呟く。


思いがけないミシェルの叱責に目が覚めてしまった気がした。ヨナに答えたときから心を占めていた奇妙な感触がほんの少し和らいだ、――のかもしれない。

この時点では彼女自身、<どうして>かは分かっていなかっただろう。しかしこのときこそがリンダが皇都へ向かうと決めた理由わけをおぼろげながらも理解し始めた瞬間だったのだ――。



やっと更新できました…放置すみません…

久々のリンダです。亀更新ですが次話からゆっくりとですが物語が転換期を迎えます。


このミシェルとの会話がのちのリンダにとってある意味とても重要なものになる予定です。



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