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鏡の中のアキコ

作者: 阿久根 想一


     1


 その日の放課後、私は駅前のショッピングセンターに足を向けた。私の家は父と兄と弟の4人家族なので、家事はどうしても私が多く受け持つ事になる。そのためのエプロンがだいぶくたびれてきたので、この際新しい物に買い換える事にしたのだ。


(どれにしようかな……)


 身長こそ平均より高いものの、色黒で肩幅の広い私に似合うデザインの物はどれかとあれこれ迷った挙句、ようやく一枚を選び、店員に断ってから売場に設置されている試着室に入った。後できゅっと結んで前を見る。


(へー。まっ、こんなもんかな……)


と、まんざらでもない気持ちでポーズをとった途端、


「こんにちはアキコ。元気にしてる?」


事もあろうに鏡の中の自分に声を掛けられた!


──────


「で、それからどうしたの?」


 翌日の喫茶店で、クリコこと南原久理子は私――世良明子の話を面白そうに聞いていた。


「クリコ!何よその顔。あんた私の話信じてないでしょ!」


「だって――」


 クックッと笑うクリコに、


「私だって信じてもらえるとはおもっちゃいないわよ。でも本当なんだから!」


「アキコ、あなた昨日は変な物食べなかった?」


「もう、クリコったら!」


 まさか脇目も振らず一目散に逃げてきたとは言えず、大きな声を出した私に、


「まっ、アキコさん落ち着いて落ち着いて」


 と、クリコは広い額を指でピンと弾くと私に向き直った。

 

    2


「もう一人の自分か……。そういう話聞いた事があるわ」


 と、クリコ。私は色黒のノッポだが、小柄で色白なクリコは見るからに華奢で儚げだが、それはあくまで見かけだけだという事を私は知っている。


「人気のない路ですれ違った人が自分そっくりだったり、誰もいない放課後の音楽室で自分そっくりな女生徒がピアノを弾いていたりとか……。まっ、一種の都市伝説ね」


「なんか気味が悪いなあ」


「アキコってこのテの話苦手だったっけ?」


「わかってて話してるんでしょ?」


「ピンポーン」


「もう……」


 私はむくれた。


「で、もう一つ訊きたいんだけど、何でこの話を私のところに持ってきたの?」


「だって……」


「何でそこで言葉を濁す?」


「だって……、こんな話、まともに聴いてくれるのはクリコくらいしか……」


「まっ、そんなことだろうと思った」


「ごめんね、クリコ」


「いいのよ。どうせ腐れ縁だし」


「ありがとう。そう言ってもらえてほっとしたわ」


「何か引っ掛かるけど、まあいいか……。腐れ縁はお互い様だしね。あっ、アキコ。コーヒーとサンドイッチごちそうさま」


 そう言うなりクリコはレジに向かって歩き出した。


「ち、ちょっと待ってよ。わたしはあなたにおごるとは一言も――」


 私は慌てて後を追いかけたが、もう遅かった。


     3


「ち、ちょっと待ってよクリコ! 私をどこへ連れてくつもり?」


 心ならずもクリコにコーヒーとサンドイッチをおごるハメになってしまい、ふくれっ面をしている私を、クリコは駅前のショッピングセンターに引きずっていった。


「一度スタート地点へ戻りましょ。アキコがもう一人の自分に会ったのはここだったわよね」


「うん」


 店内には様々なデザインのエプロンが所狭しと吊るされている。


「わあ。こんなにあると目移りしちゃうね」


 私は手近な一枚を手に取ると、早速腰に巻き付けようとした。


「でもアキコじゃウエストがきついんじゃない? それに胸の所はだいぶ生地が余ると思うけど……」


(それが一言多いのよ!)


 私は手を握りしめた。


「私は色が白いからやはりパステルカラーが似合うかなあ」


 横で睨んでいる私のことなど無視して、クリコは自分のお気に入りをあれこれと物色し始めた……


(クリコ……。あんた……)


 いつもこんな調子なのだ。


「あ、あれ」


 クリコの指す方を見ると、一枚のエプロンを手にした背の高い帽子をかぶった女性が二人の前をレジに向かって歩いていく……


「ね――、あの人の背格好……」


 クリコに言われるまでもなく、彼女の後姿は私に似ている。


「どうする? クリコ」


「尾けてみましょ。気付かれないように」


 そう言って二人、足音を忍ばせて彼女の後を歩いていく……


 だが彼女は思ったより、遥かに足が速かった。人ごみでごった返す中、何度も見失いそうになりながらも、彼女の後を歩いていく――


 やがて、彼女は最上階のアウトドア売場に来ると、そのまま屋上へと向かった。私たちに気付いた様子はない。


「どうする? クリコ」


「ここまで来たら乗りかかった舟、毒を食らわば皿までよ」


「クリコ、気付かれたら、いざという時はお願い」


「アキコ、立場が逆じゃない?」


「お願いよクリコ……」


「しょうがないなあ。腐れ縁だし……」


 そんなことを言っている間に、彼女は二人に気付いた様子もなく、売場の隅のペットコーナーを通り抜けると、そのまま屋上へと出て行った――


     4


 屋上は駐車場になっていて、四方を金網に囲まれたスペースに数台の車が停車していた。


 入口の脇にはいくつかの自動販売機とソフトクリーム等を売っている小さな屋台があった。


「あっ、ソフトクリームだ!いいなあ。食べたいなあ。アキコ、食べていこうよ」


「まったく……、空気読めないんだから……。好きにすれば。でも自分の分は自分で払いなさいよ」


「ふん」


 不満そうな顔ながら自分の分の料金を払ってベンチに腰を掛けるクリコだったが、ソフトクリームを半分食べたところで、


「あれ、あの人は?」


「えっ」


 慌てて見回してみたが、ついさっき屋上に出たはずの彼女の姿はどこにもなかった。


「いない──。ちょっとクリコ、何やってんのよ!」


「そんなの私のせいじゃないもん」


 他人事のようにソフトクリームを食べ続けるクリコ。


「いい加減にせんか! このボケクリコ!」


 私に頭を小突かれてようやく我に返ったらしく、クリコはキョロキョロと周りを見回した。


「本当だ――。どこに行っちゃったんだろ!」


「訊きたいのはこっちの方よ!」


 こいつに訊くだけ無駄だった……


 私もクリコと並んで金網にしがみついてみた。と、眼下に広がる住宅地で何かが動いた。


「クリコ、あそこで何かが動いた」


「だから……、なあに?」


「それを現在から確かめに行こうっていうんじゃないの! このボケクリコ!」


 まだ状況を飲み込めていないらしいクリコの尻を叩きながら、私たちはショッピングセンタ―の外に出た。


     5


「確か……、この辺だったかな……」


「クリコ、他人の家をじろじろ覗き込んだら失礼だよ。っていうか犯罪だよ!」


 ホントに世話の焼けるヤツ。


「あ、ここかな?」


 同じような家が立ち並ぶ住宅街の一軒の家の網戸の向こう側で何かが動いた。


「ちょっとすみません」


「クリコ!」


 出てきた品の良いお婆さんは、クリコの話を聞くと頷いた。


「それはたぶん、この娘のことでしょう」


部屋の中の姿見、その前に佇む一人の少女。その顔は――


「私にそっくり!」


「そう、それはもう一人のあなたですよ」


「はい。私は世良秋子。この人の孫娘です」


と、少女が自己紹介。


「ひっ――」


 私はぺたんと畳に尻もち。


「おとなしくしていればいいものを、いつの間にか鏡の外に出歩くようになりまして……。何か迷惑をかけていなければいいんですが」


「いいえ、何も」


 頭を下げたお婆さんに、クリコがいつもとは違うしおらしい態度で応じた。


「ならよかった……」


「これで無事解決ね。よかった」


 クリコがそう言ってバッグから何やら一冊の本を取り出した。


「何それ?」


「知らないの?これ」


 表紙の題名を見ると、私も知ってる、今流行りの推理小説だ。


「もう、本格的な密室もので、それでいてスリルとサスペンスもあって――」


「クリコ」


 私はあえて事務的に言った。


「犯人は×××よ」


 クリコの顔が鬼のようになった。


「意地悪!」


 私はペロリと舌を出した。


     6


「まっ、なんやかんやあったけど、丸く収まってよかったよかった」


 クリコはそう言ってテーブルの上のプリンをスプーンですくうと口に入れた。ここはショッピングセンターの側のファミレス。二人のテーブルの上にはパフェやサンデーなどが所狭しと置かれている。


「自分のおかげだって言いたいわけ?」


「まあね。私がそこであのお婆さんの家を探し出したから解決したんだしさ」


「この女狐が」


 私はクリコの広い額を指でピンと弾いてやった。


「痛っ。でもアキコも私のおかげっていうのは異存はないでしょ?」


「今イチ引っ掛かるけど、まあそれは認めましょ。でも、そうやっていつも私を巻き込んで振り回すんだから……」


「それはほら、二人は腐れ縁なんだもの。そこはあきらめてよ」


「ホントにもう」


「さっ、いつまでもふくれっ面してないで、アキコも食べなよ。美味しいよ」


「私はあまり……」


「何、その顔は? ははあん。またスカートやワンピースがきつくて着れなくなるのを恐れているな……」


「こいつ……。言いたいことを言いやがって!」


 私はクリコの額をもう一度弾いてやってから言った。


「あんたこそ気をつけなよ。さっきかた大分食べてるわよ」


「大丈夫。私は誰かと違って細いもん」


「ホントにこいつは……」


「それにこっちだって推理小説の犯人、ばらされちゃったんだからお互い様よ」


 それは私のセリフだ。


「ところでクリコ……」


 私は心の中をクリコに悟られないように猫撫で声を出しながら言った。


「まあ、クリコのおかげで無事解決したんだし、その事については素直にお礼を言うわ」


「そうそう、いつもそうしていればいいのよ」


 椅子に座ってそっくり返るクリコ。


「それでね、クリコ」


「なあに、アキコ」


「今日はごちそうさまでした」


 私はそう言うなりいきなりテーブルの上の伝票には目もくれずに、スタスタと出口に向かって歩いていった。後ろで目を三角にしたクリコが何やら喚き散らすのを聞きながら、私はペロリと舌を出すとガラス戸を押して外へ出た。いつもいつもやられているものですか―― 見上げる空は青く高い。秋だな――。


 上空をゆっくりと流れる白い雲を眺めながら、私はそう思った。

Copyright(C)2022 - 阿久根 想一

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