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この地は……?

食事会が満を持して開かれる。

ダンが狩ってきた猪に似た生物(舌がとろける旨さらしい)が盛大に振る舞われ、新鮮な取れ立ての野菜と、温かいスープと共に食卓を賑わせた。


アリスは小さい口で懸命に頬張り、その様子を微笑ましそうに見守っているダンの姿に、平和な一家の日常を垣間見る。


食事をしながらの軽口が、場を堅苦しい雰囲気にするのを妨げた。

ダンは軽快な冗談を飛ばし、退屈な気分にさせない様に努めていた。

アリスは余り喋らなかったが、時折口元が笑っている時があったため、満更でもないのは分かった。


そうして、食後の一服の一時を送る中、本題へ入っていく。

そんな中、またもちょっとした驚きがあった。


「私は、君達の格好を見た時、かつて同様の服装をした少年少女の姿を思い出した」


((((また変わってるーーー!!!!))))


ダンの口調や様子がまた変わっていた。

今度は自分のことを私と言う言い方をし、喋り方や仕草が理知的な学者然としている。

何が理由で切り替えているのか不明だが、いい加減突っ込みたくてしようがない4人だった。

しかし、娘のアリスはその父の姿に驚いた様子はなく、自分達がようやく踏み込みたいと思っていたことに突入しているため、水を差す行為を行うのは本意ではなく、空気を読んで、その件では今は何も言わないことに決めた。

とりあえず気を取り直し、今言われた聞き流せない言葉に反応する。


「俺達と同じ制服をした奴らと会ったことがあったのか!」

「うむ。君達の着ていた服は特徴的だからね。印象に残っている」


ダンがそう言うのも最もだった。

学園の制服を着込んでいたが、ただの制服ではなく、野外活動用として学園側が用意していた特注品だ。

元々、学園の通常制服でさえ、防刃・防弾に優れた機能を持った優れものだった。

それを、野外での調査・戦闘用に調整された制服で、防刃・防弾以外にも、耐熱、耐寒を始めとした諸々の耐性が付与された魔術装具なのだ。

濃い緑を基調としたその制服は、簡易な補修機能や洗浄機能により、長期間着続けることも可能とする。


「その者達は、君達同様、迷子になってしまっていてね。しばらくここに滞在した後、遠くにある街に向かっていったよ」

「それってどのぐらい前の話なんです?」


レベッカのその問いに、ダンは少し考え、その後ようやく思い出したようで5年前と答えた。


(5年前……)


自分達以外にもこういう目に遭った者がいるだろうと思っていたため、前に学園の者と会ったことがあるという返事にはやはりという想いが込み上げてくる。

だが、同時に思ったよりも期間が空いてるとも思った。

しかし、よく考えてみたら、そうそう追放される奴が出ないのかもしれない。

頻繁に出るようなら、さすがに隠蔽しきれず、噂の一つや二つが出回っていたはずだと思い直す。


(または、迷子になってもこの小屋には来なかっただけかもしれない)


全容は分からないが、相当広い森だ。

必ずしもここに辿り着くとは限らないのだ。


「ところで、ここは何と呼ばれる地域なんですか」


エッダはいつものおちょらけた話し方をせず、きちんとした言葉使いで尋ねた。

エッダは基本、おちゃらけた喋り方をするが、空気が読めないわけではない。

だいたい空気を呼んでも、意図的に無視して、マイペースを貫くが、真面目な方が得策だと思えば、いくらでもシリアス全開な雰囲気で接することが出来るぐらいの分別はあったのである。

そんなエッダが、真面目な調子でいるということは、緊急事態発生と言えるのかもしれない。


(んん?ひょっとして、今って危うい?)


そう不穏な空気を感じ取り始めたカイン達だが、とりあえずはエッダの様子を見守る事にする。


「ここかね。ふむ。この森は、狼の森とこの地域の者は呼ぶね」


ダンのその返事に、更に追撃を試みるエッダ。


「正式名称はご存じですか?」

「正式名称には興味なかったから知らないな。所詮人が勝手に命名しているのだから、意味さえ通じればそれで十分だろう」

「なるほど。では、近くの街の名前は何というのですか?」

「ここから一番近い街は、ウルズという街になる。が、近いって言っても相当な距離があるぞ。この森を超えて、川を渡航して、更に進んだ場所だ」


正確な距離は分からないが、ここから相当あるというのは伝わる。

更に、駄目押しになることをダンが告げる。


「それに、今の時期はこの森から出られないのだ」


この森から抜けられないことを告げられたことにカイン達の間に動揺が走る。


「な、何故ですか?」


アルヴィスのその問いに、肩をすくめながら、ダンは説明をした。


「原因は分からないが、この季節は霧が発生する。ただの霧ではないぞ。範囲内の存在を閉じ込める結界的なものだ。怪異と分類していい現象だろう」


怪異。

それは、自然現象とは異なり、純粋に人為的な仕業とも言い難い、理不尽とさえ言える怪現象をいう。

既存の法則を無視し、突如発生することもあれば、徐々に染み渡るように広がっていく場合もある。

一つの事例として、まったく同じ現象になることはなく、そこに法則性と言えるものはない。

一見似ていたとしても、どこかは必ず異なり、その差異が致命的要因にもなりうる。

唯一、一致することは、魔力が絡む点と言うだけだ。

人の意思が影響していると見られる事例はあるが、それは一部に過ぎない。

予測不可能性を帯びた神秘的脅威。

神出鬼没で、何が起こるか分からず、危険性も高いため、突発的なことに対応しやすい魔術師が対応するのが適任として、魔術師にその解決が持ち込まれやすい。

最も、魔術師も本音では、怪異解決はやりたくない仕事として1、2位を争うぐらい嫌がる仕事だが。


「ええ!な、何だってそんなことが発生するこんな所に住んでいるんですか。アリスちゃんまで連れて」


レベッカは、思わず責めるような口調で問いただしてしまう。

そんなレベッカに対して、ダンは怒るでもなく、冷静沈着な態度でその答えを言う。


「ふむ。驚くのは無理もない。ただね、この霧が発生するのはこの時期だけなのだよ。霧の発生区域から出られないというだけで、他に実害はない。そして、私にはその現象は脅威でも何でもなく、むしろありがたいと思っているぐらいだ」

「ええっ!?」


ありがたいという言葉に驚き、二の句を告げられないレベッカに変わり、エッダがその後を引き取る。


「ありがたいとはどういう意味を指すのですか」

「私は所謂、世捨て人と言う奴だ。私はかつて色々あって、人々の喧騒に包まれた生活が嫌になった。いや、それどころか、人と接する事自体を嫌がる程になった。それ故、私は誰もいない所で生きていこうと考え、彷徨い、その果てにこの地に落ち着いた。そんな私にとって、この地は理想郷だ。霧も、その平穏を保証してくれるツールとさえ思っている」


世捨て人のダンにとって、ありがたい現象という説明に、こりゃ相当拗らせているなという感想を抱く一同。

更にダンの説明は続く。


「それに、私は魔術師の端くれ。魔術の研究に当たってはこの静かな環境はもちろん、ここの生態系は興味深い研究対象なのだ。例えばだ、君達は遭遇したことはあるかね。魔術を喰らう獣に」


そう言われ、狼に似た大型の獣を思い出した。


「ええ。ここに辿り着くまでに何度か遭遇しました」

「ほう。遭遇して生き述べることが出来るぐらいの力はあるようだね。まあとにかく、そういった興味深い生物の生息地がここなのだ」


オーバー気味な手振りで熱を持った説明を続けるダン。

一連の言動を観察していて、エッダと同じタイプだなとエッダ含めた4人全員が悟った。

だが、エッダは自分の同類と思っても嬉しがる気配は無かった。


「迷わせる霧を発生させる怪異も、私には研究対象だよ。最も、私にも未だに詳細が分からないがね。どこが発生源なのか、どのような条件があるのかも分からん」

「……研究には持ってこいな場所という事も、世捨て人という事も分かりました。ただ、アリスちゃんはこの地に生きて寂しがったりしないんですか?」


レベッカはお節介と分かっていながらも、尋ねずにはいられなかった。

気を悪くするだろうなと、覚悟しながら様子を伺うと、予想に反して、朗らかな調子でダンは答えた。


「そう懸念するのは最もだ。いずれ、アリスにはこの地から旅立たせようと思っている。だが、今はまだその時ではないと思っていてね。もっと力を付けさせてからだ。私は色々あって、大衆へ不信感を抱いている。私に言わせれば、あんな所に今のアリスを放り込むことは危険に思えてならない」


ダンなりにアリスを気遣っているのは伝わる。

最も、レベッカを始め、カイン達はその考えに賛同できているわけではないが。

しかし、これ以上は赤の他人であり、それも行きづりの自分達が踏み込むべき問題ともいえず、だんだん口を挟めなくなっていく。


「この子は私が思いがけず授かった奇跡の子なのだ。大事に思っておる。だが、私には縁者はおらず、この子が頼れるのは私だけなのだよ。この子には、私が味わった苦労などさせたくはない。そのためには、色々学ばせねばならん。旅立たせるのはそれからだ」


そうアリスに関してのセリフをダンは締めくくった。

話題の中心だったアリスは、その間、一言も口を挟むことは無く、じっとしていた。いや、幼いその目でじっと自分以外の存在を注視していた。

そのことにカインはいち早く気付いたが、そのカインの視線にアリスは気付くと、そっと目を下に落とした。


(今の会話にアリスは何を感じたんだろう……)


その答えを知りたいと思ったが、それは今ではなかったことは、カインにも分かっていた。

それ故、いつか尋ねてみようとカインは思った。

そんな中、ダンはある提案をしてくる。


「私はね、君達に提案したいことがあった。実を言うと、今日の食事会も、そのための下準備とも言える」

「提案……ですか?」


アルヴィスが聞き返すと、ダンは力強く頷く。


「そうだ。私は君達が得てきた情報が欲しい。あらゆる分野のだ。もちろん話したくないことがあるなら、話さなくてもいい。私はこうして世捨て人の生活を送っているが、それ故、外の世界の情報に飢えてもいるのだ。だから、君達のような存在は貴重なのだ」


苦笑いをしながら、ダンは言う。

世捨て人の癖に外の世界の事に関心がある一面を自嘲しているのかもしれない。


「私は有象無象の大衆が嫌いなだけで、情報そのものや、個々の人間を嫌っているわけではない。今の生活に満足しているのは事実だが、その一方で、人恋しさも覚えているのは事実なのだ。ふふ。自分でも都合のいい奴だと思うけどね」


そう言い、一度言葉を切ると、皆を見渡しながら、その反応を楽しむように提案を続ける。


「その代わりと言ってはなんだが、君達が聞きたいことに、可能な限り答えることにしよう。君達も私から色々知りたいことがあるんじゃないかな?」

「それは確かにそうですが……」

「代価あっての報酬の方が魔術師らしいではないか。ああ、それとも私が君達の要望に応えられるか疑っているのかな?……ふむ。それも無理はない。何と言っても私は世捨て人だからね。情報は古いと思われても仕方ない。確かに私の持っている情報は最新のものとは言えないだろうからね。でも、君達の希望には応えられるかもしれんよ。……よし。では、こうしよう。今、私に君達は、2、3質問してみなさい。その質問にどれだけ応えられるかで判断してくれていい。特別サービスだ」


ダンの提案は、カイン達にとって、悪い提案ではなかった。

そもそも今の自分達にとって情報が古くても、大いに意味がある。

自分達が言いたくないと思った事は言わなくていいという提案内容も、自分達には都合がよかった。

とりあえず、いくつかの質問をすることが出来る機会が生まれたため、これ幸いと一番知りたかったことを尋ねることにした。


「あの、では質問します」


そう代表して切り出したのは、アルヴィスだ。

ごくりと喉を鳴らしながら、こう尋ねる。


「ここは、禁忌領域なのですか……」


その質問に、ダンはあっさりと簡潔に答える。


「禁忌領域?何なんだね、それは?」


初めて聞いたと言わんばかりの顔で、疑問で返された。

読んで下さり、ありがとうございました。

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