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歓待と絵本

魔術師らしさがまったくない男の言葉に、驚愕の表情を皆浮かべる。

確かに魔術師は、自分がそうであるという看板をぶら下げているわけではない。

だが、多くの場合は魔導具や魔術装具を身に付けていたり、魔術と相性のいい服装を纏っている。

また、魔術師には特有の雰囲気があり、その気配でなんとなく感づく事例も少なくない。


無論、魔術師と気取られたくない者は、そういった装備はしないし、雰囲気も一般人ぽくなるよう努める。

しかし、その様にする者は、魔術師と普通は自分から自己紹介しない。


この家主は、相当型破りなタイプなのか、何か意図があるのか、いまいち読めなかった。

それでもアルヴィスは、いち早く気持ちを切り替え、家主である自称魔術師の男に質問した。


「魔術師なのですか……?そうなって何年程。得意な魔術は……」

「おっと、若い魔術師の兄ちゃん。まだ親しくもないのに、相手の手の内に迫るような不躾な質問は、しない方がいいぜ。下手したら、戦争になるからな。そういう事は、お互い信頼しあってからだ」


快活に、だがはっきりと拒絶した家主の男は、にやりとしながら、ウインクをし、まだ気が早いと告げる。


家主のその様子を見て、カイン達は第一印象と違うなという感想を抱いた。

初めて会った時のやりとりは短かったとはいえ、印象は、気はいいが、野暮ったい田舎の親父さんといったものだった。


しかし、今目の前にいるのは、快活かつ洒落た雰囲気の男だった。

先程よりも若くさえ感じさせる。


この変化は何だろうか?

只の気のせいなのかもしれないし、自分達の第一印象が間違えていただけなのかもしれない。

それとも何か別の要因があるのだろうか。


腑に落ちない気持ちになりながらも、確かに非礼だと鑑み、先程の質問について謝罪するアルヴィス。


「申し訳ありません。確かに不躾な質問でした」

「ははっ。分かりゃいいのさ。それに、色々聞いてみたくなるのも最もだ。実は、俺もおたくらに色々尋ねたくてウズウズしてんのよ」


そう言うと、魔術師の性かねえといいながら、タバコを取り出す。

タバコを勧められたが、カイン達の中で吸う者はいなかった。


「ここは俺の家だから、遠慮なんてせんぞ。許せ」


そう言い、おいしそうに吸い込み、更においしそうに煙を吐き出す。

至福の表情をした後は、彼は自己紹介をした。


「俺の名はダン。ダン・クラフト。で、この子は娘のアリス・クラフト」

「え、娘!その子が?!」


てっきり孫と思っていたが、娘という言葉に驚いた。

そして、アルヴィスとエッダはダンと名乗った男の一人称が、儂から俺に変わっていることに気付く。


(気分屋なのかな)


さっきから感じている違和感が気になりつつも、ダンの言葉に意識を向ける。


「何だ?そう見えなかったのか?」

「いや……、すみません。てっきり孫かと思ってしまいまして」

「アッハッハ。やっぱり。そう見られると思ってたんだよ。大抵、そう勘違いされるんだ」


ダンはアリスの頭を撫でながら、そう愚痴る。


「遅まきながら生まれた子でね。まさかこの年でこんな可愛い娘を得られるとは思わなかったよ。神様からの贈り物だな、こりゃ」


嬉し気にそう言った後、今度はカイン達に尋ねる。


「で、おたくらは何なんだい。迷子っていう事は分かったが」


そう言われ、アルヴィス以外はまだ自分達の自己紹介さえしていなかった事に気付く。


「あっと、俺の名前はカイン」

「レベッカ・ニュートンです。よろしくお願いします。おじ様」

「エッダ・カーペンターでーす。よろしくお願いするぜ、親父さん」


他3名が名乗りを上げた後、アルヴィスが代表して話を続ける。


「先程も言いましたが、僕達は迷子になってしまいまして。とりあえず街を目指そうと思っているのですが……」

「ふうん。まあ積もる話があるだろうが、とりあえず自己紹介が終わった事だし、風呂に入ってきなさい。せっかく沸かしたのに、醒めてしまう」


そう言われ、風呂に入れることを思い出した4人は、先にさっぱりする事を優先する事にした。

先に女性陣が入浴し、男性陣は後となった。

遠くから聞こえる少女達の楽し気な声を聞きながら、カインはうたた寝をしていた。

気を張っている毎日だったため、他人の家とはいえ、くつろげる場所に滞在できるようになったことで気が抜ける部分が出てしまったのだろう。、

隣では、アルヴィスが荷物の点検をしている。

足りない物資、足りなくなりそうな物資を把握しておこうと努めているようだ。

その様子を横目で寝そべりながら見ていたら、いつの間にか睡魔に襲われていた次第だ。


こっくりこっくりしていると、つんつんと突っつかれる夢を見た。

いや、夢かと思ったが、徐々に意識が覚醒に近づくに連れ、そのつんつんは現実のものと認識するようになっていた。


(うん……。夢じゃなくて、誰かに突っつかれている……?誰……?アルヴィスか?)


アルヴィスの仕業と見当をつけて、眠りを妨げた報いを受けさせるため、デコピンの構えをこっそり取ったカインが、今まさに意識を完全に覚醒させて、放とうとしたら、予想外の声に中断を余儀なくされた。


「お兄ちゃん。その指はなに?」

「う、うわっ!」


予期せぬ声だったため、慌てた大声を出してしまった。

すると、隣のアルヴィスが、何やってるんだ?と言わんばかりにため息をこれ見よがしに付いていた。

とりあえず、放とうとしていたデコピンを予定通りアルヴィスに、腕を伸ばして叩きつけると、声の主に向き合った。


「やあ、アリス。さっき俺を突っついていたのは君かい?」

「うん」


そう頷くと、それ以上は何も言わず、カインをまじまじと見つめていた。

ぎゃあっというアルヴィスの悲鳴と抗議を聞き流しつつ、アリスの相手をする。

それにしてもと、カインはアリスを見て、つくづく不思議な娘だと思った。

何を考えているのか読ませないのは、その無表情振りだった。

ダンがいる時は、はにかむ笑顔も見せていたが、今は感情が乗らない顔をしている。


(この娘。急にスイッチが入ったかのように饒舌になる時があるみたいなんだよな)


カインは、さっきのよく分からない単語も混じった怒涛の演説を思い出していた。


(そういえば、収穫期ってなんだ?普通に畑から取れる作物の事を指しているのだろうか?いやでも、畑にある作物は、収穫日にはまだ掛かりそうだった……)

そうはいっても、カインは作物には素人なため、実際の進捗具合は分からない。

(まあ、何のことか分からないならダンに当たって聞いてみるけどさ)


カインがそんな事を考えていると、またもアリスはツンツンと突っついて来る。

何か訴えたい事でもあるのかもしれない。

そう思い、言葉を発するのを待ってみるが、中々切り出さない。


自分から切り出すことが苦手な娘なのかと思い、なら、自分から話しかけてきっかけを作ってあげようかと、カインは思い始めた。

だが、何と言って切り出せばいいか思い付かない。


そこで、ふと隣を見てみると、今度はアルヴィスがこっくりこっくりと舟を漕ぎ始めていた。

さっきまで抗議をする等でエネルギッシュだったのに、今は糸が切れたかのように眠りに着こうとしている。

さっきのデコピンも効果がなかったらしい。

何かいい考えでもないか、知恵を借りようと思っていたが、これでは役に立たなかった。


(こいつは肝心な時に役に立たないな)


思わずカインは、反射的にそう身勝手な怒りを抱いた。

だが、同時に、このお坊ちゃんも気を張り詰めていたんだなと、同情のような思いが浮かぶ。

そんな感じでカインが内心四苦八苦していると、ようやく言いたい事が定まったのか、アリスが口を開いた。


「お兄ちゃん、この絵本を読んでくれる」


アリスがそう言い取り出したのは、一冊の本だった。

この家に負けず劣らずの、だいぶ年期が入った本だった。

表紙がボロボロで、かつてはきちんと製本されていたが、今ではもうほつれ、見映えが悪いが修復した形跡があった。

それぞれのページにも皺がより、何度も読み返していたのが伺える。


カインは仲良くなる糸口にもなると思い、読み聞かせてあげようと決めた。


「ああ、いいとも。貸してごらん」


そう返事をし、絵本を受け取ると、対面で座る少女に読み聞かせてあげた。

内容は、ある王国を襲う怪物を勇者が倒し、捕らわれていた姫を救うハッピーエンドで終わる話であり、そう長い話ではない。

カインも孤児院で読んだことがあった、昔から伝わっている古典的作品だった。


正直、もっと幼い年齢の子向けではあるが、アリスは熱心に聞き入っていた。


(よっぽどお気に入りなんだろうか。まあ、こんな辺鄙な所じゃあ新しい本も手に入りにくいだろうし、何度も読み返すことになるか)


聞き入っている最中、アリスは幸せそうだったのが、印象的だった。


読み終えると、アリスは余韻に浸るかのように目を閉じ、何度かうんうんとうなずいていた。


「アリスはこういうのが好きなんだな」


カインの問いかけに、アリスは目をパチパチさせる。

まるで、思ってもみなかった事を言われたとばかり。

その反応に、カインは呆気に取られた。


「え、違ったの?てっきりそうだとばかり」

「……よく分からない。でも、読むと温かい気持ちになれる。これが好きって事?」

「さあ?俺は他人の本当の気持ちなんて分からないよ。でも、好きなんだと思えてしまえる反応だと思うよ」

「ふ〜ん」


アリスは思案気になりながら返事をした。

そして、その状態からしばらくすると、答えを得たと言わんばかりに大きく頷き、カインにいった。


「お兄ちゃん」

「なんだい?」

「やっぱり物語ってハッピーエンドが一番いいね」


夕日が窓から差し込み、黄昏を呼ぶその輝きで顔を照らされたアリスのはにかんだ笑顔は、とても美しかった。


カインは後に、この時の会話の意味を理解する。

その結果、彼にとってこの時見た美しさは、生涯忘れる事のない思い出となるのだった。

読んで下さり、ありがとうございました。

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