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寂れた小屋に住む親子

そこは、粗末な小屋だった。

辺りは開墾され、伐採され開かれた空間が広がっている。


小屋は年季があり、長年の雨風で使われた材木は痛んでいた。

その小屋だけを見れば、誰かが住んでいるとは思わなかったかもしれない。

誰かが住んでいると思わせる理由は、小屋の近くで育てられている作物の存在だった。

誰かが植え、育て、手入れしているとしか思えない形で、規則正しく整然され、実っている作物。


「マジか。本当に誰かいるようだぞ」


小屋を見て、畑も見て、カインは驚いた声を上げた。

深い森が続き、太陽の日差しが昼間でも届きにくい場所だ。

まだ昼間だというのに、辺りは薄暗く、どこかいい知れぬ不安が込み上げて来る地だった。


「ここ、やっぱり誰か住んでるよな」

「ああ、恐らくな。小屋だけ見れば、廃墟と思ったろうが、この畑を見るに、誰かがここで暮らしている。仮に今は住んでなくとも、いなくなってからそれほど経ってはないだろうな」


カインの同意を求める声に、アルヴィスは同意で応じた。

彼だけでなく、全員が戸惑っていた。

もしかしたら、人がいるかもと思っていても、実際にその時が近づくと、まさか本当にという気持ちと、無事にコミュニケーションを取れる相手かどうかという不安と期待に包まれる。


とりあえずノックをしてみようということになり、代表としてアルヴィスが門戸を叩いてみる。

トントン。

だが、返事はない。

再度、叩いてみたが、やはり返事はなかった。

耳をすませても、物音は聞こえて来なかった。


「留守なんじゃないの」


レベッカは、あまりの静かさに、今は人がいないと判断し、出直しを主張した。

皆もその提案には異論はなく、時間を置いて出直そうと決める、直前だった。


ギギィィィィィィィ


突然の出来事だった。

さっきまで、まったく人がいる気配はなかったにも関わらず、今では確かな存在を持って、そこにいた。


第一印象としては、小柄な幼い少女といった姿をしている。

年の頃としては、10歳〜12歳程だろうか。

黒髪のおかっぱ頭で、黒き瞳を無感動に4人へ向けている。


服装は地味で、素材も粗末なものを使っているようで、至るところがほつれ、ボロボロになっている。

思わず新しいのを買ってやればいいのにと考えてしまうが、このような場所に住んでいる以上、なかなか新しい服とは言えないのかもしれない。


この子は格好さえ気にしなければ、等身大のお人形が意思を持ち、動いているかのような印象さえ受ける。

魔術的要素を考慮すれば、それも実際にあり得た。

それ故に、カインとレベッカは、さりげないジェスチャー(あくまで本人だけがそのつもり)で、看破の魔術が得意なアルヴィスとエッダにやってみるように合図を送ったが、さすがに本人、それも幼子の前で術を掛けるような真似は憚られたため、二人してひきつった顔をして、首を横に振った。


どう対応したものかと迷っている内に、少女の方から問いかけて来た。


「あなた達どちら様?」


その言葉は、はっきりと、自分達にも理解出来る言語だった。何故なら、普段自分達が使っている言葉だったからだ。


一瞬、驚愕に固まったが、すぐに返事を返す。

とにかく今は情報が欲しいのだ。


「僕の名はアルヴィス。迷ってしまってね。お父さんやお母さんはいるかな?」


アルヴィスの問いかけに、少女はフルフルと首を可愛らしく振る。

後ろの方でレベッカが可愛いを連呼していたが、ほっておくことにした。


「ふむ。では、いつ頃戻られるか分からないかな?」

「きっと、すぐに帰ってくるわ。見逃すはずがないもの」

「うん?見逃すはずがない……?」


子供の言うこととはいえ、変な物言いに違和感を覚える一同。

どういう意味か、尋ねようとするが、その機先を制するかのように、少女は突如、饒舌になる。


「久々のお客様。心から歓迎いたします。この出会いは運命。貴方達ならば、悲願を達成できることを期待しています。寒くはありませんか?暑くはありませんか?私は貴方方を歓待しなければなりません。収穫期まで誠心誠意ご奉仕させていただきます。それから……」


流れるように言葉を紡ぎ、怒涛の勢いで喋り続ける少女に皆あっけに取られた。

さっきまでの大人しい雰囲気は何だったのと言いたくなるぐらい、人が変わったかのように喋り出す。

途中、気になる単語も出てきたが、それの意味を聞き返したくても、こちらが話をするタイミングなど与えないと言わんばかりの濁流のごとき勢いだった。


さすがに少女の異質さを無視できず、一旦、回れ右をして離れた場所で、今後の事について協議したいなと各々が考え出したその時だった。


「これこれ、その辺にせんか。客人が戸惑っておるではないか」


そう諫める声が、少し離れた後方より聞こえてきたのだった。

やはり、自分達が使用している言語に違いなかった。

そして、その声を聞くと、少女はピタリと話すのを止めて、その声の主に駆け寄ると、その人の後ろ側に隠れながら、カイン達のことを伺っている。


諌めた人間は初老の男だった。

口元には長い髭を生やしているが、背筋はピンと伸びており、老いを感じさせない若々しさがある。

そのため、威厳と年の頃を読ませない不思議な雰囲気を兼ね備えていた。

服装は作業着で、長靴を履いており、野良作業に適した格好をしている。


パッと見て、祖父と孫娘といった関係性と伺える二人を見やりながら、改めて自己紹介をすることとなった。


「僕は、アルヴィスといいます。突然の訪問をお許し下さい。実は迷ってしまい、困っていた所、御自宅を発見した次第です。差し支えなければ、ご助力いただけませんか」


アルヴィスらしい丁寧な頼みだった。

カインは自分だったらもっと雑な頼む方をしているだろうなと思いつつ、こういう時の人当たりの良さは、アルヴィスが一番適していると認めざるを得ない。


(こいつは他人行儀なやりとりの時の猫の被り方は上手いからな)

事実とはいえ、こんな失礼なことも考えてしまっていたが。

親しくなっていくと、困った性格が出てくるので、エッダとは対称的かもしれない。


エッダは、最初はその変わった喋り方と、マイペースな独特の雰囲気に戸惑われ、引かれてしまうことがある。

最も、多くの場合、すぐにそんな事を気にしない面の皮の厚さと、押しの強さ、持ち前の明るさに、有能さで人気者になっていくのだが。


この先、交渉事は、最初はアルヴィスで、親しくなっていったらエッダに任せるのが一番いいのかもなと、本人達は知らないが、カインとレベッカはくしくも同じタイミングで考えていた。

ちなみに、カインとレベッカは、自分には短絡的な部分があると自覚しているため、交渉事には自分は向かないなと思ってる。


現在、アルヴィスが色々と割愛しつつも、困ってるため、助けて欲しいと訴えている。

後は、吉が出るか凶が出るかを待つのみだ。


すると、男は快諾した。

後ろに控えている少女は嬉しげに微笑む。


「おお、大変だったろう。中にお入り。いくらでも休んで構わんから」

「ありがとうございます。では、お邪魔して……」

「お、そうだ。風呂を沸かしてやろう。すっかり汚れてしまって可哀想に。それに美味しいご飯も用意せんと」

「な、何から何まで申し訳ない」

「いいからいいから!遠慮はいらんて。アリスも手伝っておくれ」

「うん♪」


押しの強い家主の男と、アリスと呼ばれた少女は先導し、小屋へ招き入れた。

カイン達は、廃墟風味な住居に多少尻込みしつつも、促されるまま、中へと入っていった。


中は、外見とは裏腹に、雨漏りしそうな箇所は無さそうな堅固な作りになっていた。

清潔さがあり、物が片付いている。

いや、住んでいるのが例え二人だとしても、物が片付き過ぎてる感はあるが、こんな場所では、服同様に家具も調達が困難なことを鑑みれば、仕方ないのかもしれない。


暖炉の前に年期の入ったソファーとマットが鎮座しており、家具を始めとした物品が少ないこともあって、4人がくつろいでも尚、余裕のある空間が広がっていた。


家主の姿が見えないが、先程の言葉通りならば、今頃は風呂の準備をしているのだと思われる。

カイン達には、正直言って風呂に浸かれるのはありがたい話だった。

それまで、川で水浴びか、タオルで身体を拭くぐらいしか出来ていなかった。

石鹸も限られているため、節約しながら使う事を余儀なくされていた。

久しぶりにゆっくりと湯船に浸かれるかと思うと、自然に上機嫌になってしまう。


風呂の用意が完了するには時間が掛かるため、それまでどうしようかと考えていると、アリスが甲斐甲斐しく飲み物を運んできてくれた。


「ありがとう、アリスちゃん」

「うん」


レベッカは愛らしい少女の健気な働きに、頬を緩めっぱなしになり、その少女の頭を撫でながらお礼を言った。

運ばれてきた飲み物は水だったが、冷えていた。

井戸でもあるのかもしれない。


エッダは、さっそくアリスに声をかけていた。


「ねえねえアリスちゃん。お水おいしいね。ありがとう。冷たいけど、井戸でもあるのかな」

「……」


しかし、アリスは首を傾げたまま、返事をしない。

エッダは質問が不発だったのを見て、すかさず別の話に切り替えた。


「使ってる言葉って私達と同じだけど、ここではその言語が共通語なの?」

「共通語って何?」


ようやく返事をしてもらえたが意味を理解してもらえなかったようだ。


「共通語っていうのはね。皆が話す時に一番使う言葉のことを言うの。ここではその言葉なのかな~って思っちゃて。えへへ」

「……」


アリスはまたも首を傾けたまま、固まってしまった。

こうなると、エッダも困ったもので、どうしようと思案していると、別方向から声がかかった。


「共通語は別にあるぞ。ただ、あんたらの言葉を使う奴らと接点があったため、自然と覚えてしまったんだ。恰好からしてそいつらに似ているもんだから、その言葉を使って声をかけたんだろうて。儂もそうだけどのう」


家主の男が現れた。

風呂の支度にはもっと時間が掛かると思っていたため、もう戻ってきたのかと意外に思ったが、その答えはこれまた意外な形ですぐにわかった。


「風呂の支度は終わったぞい。早すぎて驚いたかな。儂は魔術師だからすぐに済むのだよ」

読んで下さり、ありがとうございました。

ここからちょっとホラー風味の話になります。

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